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神仙魔伝 紅の節  作者: 真赭 碧
2 月ト星
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 なにかを引きずる音に、月乃は目を覚ました。張り詰めていたものが切れたからか、こんな状況で眠ってしまっていたらしい。肩にかかる重みは、寄りかかって寝ている春陽。彼女を起こさないようにそっと音のしたほうへ目をやるとそこには。

「ちょっ……!?」

つい数秒前まで春陽を気遣っていたというのに、そんなことはさっぱり忘れて弾かれたように立ち上がる。と、当然のことながら。

「!? いった~!」

「あっ、ごめん」

ごちん、と聞こえそうなほど勢いよく、春陽は地面に突っ込んだ。

「すまない、起こしてしまったか」

「いや、そうじゃなくてさ!」

月乃の切羽詰まった声に、春陽も顔を上げ固まった。そこにあったのは、大怪我と称するほかないほど真っ赤に染まった彼女の姿。

「だ、大丈夫なの~?」

「ん? ああ、この程度なら」

言いつつ、ふらりと倒れそうになる。月乃が反射的に右手を掴んで引くと、かすかに呻いて振り払った。

「あ、ごめん。怪我……」

「別に」

愛想など欠片もなく、ふいと視線を外す。が、すぐに顔をこちらに向けた。

「お前たち、ここから元の道に戻ることはできるか?」

その問いに、月乃は困ったように眉を寄せる。

「……多分、戻れない。ここがどの辺りかも分からないから」

「そうか……」

細い指を、なにかを考えるように顎に当てる。少し目を伏せたその顔は、血で汚れてはいたが、それでも美しいと評価されるものであった。かわいいというより綺麗。可憐というより端正。そんな顔立ち。

 しばらくそうしていたが、思い立ったように顔を上げる。

「少し行ったところに、私の荷物がそのまま置いてある。ひとまずそこへ行こう。走った道は覚えているから、そこからならあの登山道に戻れるはずだ」

言ったあとに、ただし、と付け加える。

「ただし、その場所はあいつらに割れている。奴らもしばらくは動けないとは思うが、絶対に安全とは限らない。襲われたら、守りきれるか分からない」

「……そっか」

仕方がないだろう。耳に心地良い低い声は無機質。けれどそこには、確かに優しさが含まれている。でなければ、こんな怪我をしてまで逃がしてはくれなかっただろうから。

「それじゃ、行こう。それしかないなら迷ってても仕方ない。いいよね、春陽?」

「もちろん~」

こくこくと頷く。そのいささか幼い仕草に、場の張り詰めた雰囲気が少しだけ和らいだ。

「あ、でもその前に~。その怪我、手当したほうがいいんじゃない~?」

「そういえばそうだ。どうしよう、少しでも安全な場所探さないと」

春陽にしてはまともな意見。月乃も頷いて、辺りを見渡した。しかし、当の本人はそれを断る。

「そんなことをしている時間はない。急ぐぞ」

こっち、と言って、スタスタと山道を登る少女。けれどその足取りはどこかふらついていて、彼女の傷の深さを物語っている。無茶をしているのだろう。手当が必要なのは明らかだ。

「そんなこと、じゃないよ。フラフラじゃない。春陽、隠れられそうな場所探そう」

「おい、だからこの程度の怪我なら問題ないし、それより今は……」

逃げるほうが先、と言おうとして、しかしその前に崩れ落ちる。

 頭がぼんやりとする。ふたりの声がやけに近くに聞こえるのに、言葉として認識されない。視界が、端から黒く染まる――――。

 やはり血が足りないか。そう結論づけた直後、彼女の意識は暗転した。






 右足に走った痛みで、彼女は目を覚ました。

「……あ、ごめん。痛かった?」

見れば、月乃が右足の血を拭っている。そっとした優しい手付きだが、それでも痛いものは痛い。が、それを言ったところでどうしようもない。

「構わない。それよりここは?」

「手当しようと思ったんだけど、それには水がなくて。ちょっと歩き回ってたら運のいいことに小川を見つけたの。さっきの場所からそう離れていないし、道も覚えてるから大丈夫だよ」

と、言う割に、近くに小川は見られない。せせらぎの音は聞こえるということは、気絶した人間を背負って行くのは不可能な場所だったのか、わざわざ過ごしやすい木陰を選んで下ろしたのか。

 おそらく後者だろう。この辺りの川は一応見ておいたが、急だったり足場が悪いところはなかったはずだ。

「ここは確か、ナイフの傷だったよね?」

「ああ……」

「うーん、じゃあ切り傷だよね。包帯巻いておけばいいかなあ」

言いながら、なにか液体の入ったボトルを取り出す。それを布に浸して傷口を濡らした瞬間。

「……!?」

滲みる、とても滲みる。

「あ、これ消毒液……」

「…………」

そういうことは先に言っておいて欲しかったと、顔を伏せ痛みに耐えながら思う。ただの水かと思っていた。

「どうしてそんなに準備がいいんだ……」

「山にくるたびに、春陽が転んで怪我するから」

と、今度は包帯を取り出す。そんなものが必要になるほどの怪我をするのなら、もう山に来ないほうがいいのではないかと思ったが、そこはふたりの自由だろう。

 とさとさ、と草を踏み分ける音がして、春陽がひょこりと顔を覗かせる。手に持っているのは、濡らしたタオルだろうか。

「月乃~、持ってきたよ~」

「ありがとう。じゃあ次こっちお願い」

月乃はタオルを受け取ると、反対に手元に持っていた血のついたタオルを手渡した。ようするに、川で洗ってこい、ということだろう。春陽も、不満気な顔もせず走っていった。が、数秒もしないうちに足を滑らせたようで、高い悲鳴が聞こえた。

「ああもう!なにやってるの!」

と言いつつ、月乃は動こうとしない。若干不格好ではあるが、それでも慣れた手付きで包帯を巻いていく。

「こんなものかな……。ゆるんでくるようなら言ってね」

きゅ、と端を結んで包帯を留めると、顔を上げて月乃は言った。少女は黙って頷く。

「さ、次は右肩かな」

「いや、いい」

伸ばされた月乃の手をやんわりと押し戻す。きょとんとする月乃を置いて、そのまま立ち上がる。

「足さえ動けば歩ける。それより、お前たちが無事に戻ることのほうが大事だ」

「ちょっ……」

わずかによろめいたが、先程より幾分しっかりとした足取りで木の根をまたぐ。

「ハルヒと合流して、登山道を目指す。ハルヒを探してくるから、その道具を片付けて動けるようにしておいてくれ」

「ちょっと待って」

月乃の制止も聞かず、慣れた様子で歩いて行く。けれど、このままでは行かせられない。

「待ってって! ちょっと!」

荷物はそのままに、慌ててその背を追う。けれど彼女は振り向きもしない。

「待って! 


……ひとみちゃん!!」



その瞬間。

 長い髪を舞わせて、少女が振り返った。今まで変わることのなかった表情が驚きに染まり、切れ長の瞳は大きく見開かれ、驚愕に満たされる。

「どうして……。私を知っているのか?」

思わず呼んでしまったことを少し悔いながら、けれどやってしまったものは仕方がないと開き直って頷く。

「確証はなかったけど……。でも、ひとみちゃんなんだね?」

「ああ……」

流れる沈黙、止まった時間。それをせき止めたのは、動かしたのは、月乃のほうだった。

「……とりあえず、手当だけしよう? といっても私はそういった知識はもってないから、気休め程度にしかならないけれど」

「…………」

渋々といった様子で、少女────ひとみは足を進める。自分の体が限界だということに、きっと本人も気付いているのだろう。

「私がどうしてあなたを知っているのかは、春陽も交えてちゃんと話す。だから、あなたもちゃんと教えてほしい」

目を合わせずすれ違おうとする彼女に、月乃は言う。

 睨んだと思われても仕方のないほどの厳しい視線を向け、その少女に背を向けた。

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