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神仙魔伝 紅の節  作者: 真赭 碧
1 少女ハ言ウ
7/25

 崩れた道を渡り、男たちの頭上を越える。ふたりを背に庇うように戦うと、流れ弾があちらへ飛んでいってしまう。それだけは避けなければならない。

 着地した瞬間に、切り裂かれた右足がずきりと痛む。僅かに息を詰めるがそれも一瞬のこと。厳しい目で見渡し、状況を把握する。

 相手は10人。普段であればなんなく逃げおおせるが、今回は事情が事情だ。しばらく時間を稼がなければならないし、なにより、決して軽くはない怪我を負っている。不利なのは火を見るより明らかだった。

 問題の拳銃は3丁。人数にしては少ない。出し惜しみしているのか、隠しているのか。手に入らなかった、というのはまずないだろう。大掛かりな罠まで用意する彼らが、装備も不十分なままやってくるとは思えなかった。

 あの不自然に崩れた道。あれは恐らく、彼らが罠を張った跡。彼女が先程落ちた落とし穴もどきだ。一体、仕掛けるのにどれだけかかったのだろう。突然の人との邂逅で多少の混乱はあったとはいえ、分かりやすい罠にかかるほど彼女も間抜けではない。つまり、カモフラージュがうまく施されていたということだ。事実、なんの違和感もなかった。つまり、それ相応の時間と労力をかけて準備していたということだろう。それも、彼女に気付かれないように、だ。当然、少女の居場所を把握しておく必要もある。そこまでの用意をしていたのに武器も足りないなど、不自然極まりない。

「……」

 無言のままに、男たちを厳しく見渡す。僅かな恐怖と、消せない不安。けれどそこに、冷静に状況を判断するだけの理性があることも、また確か。最善の道を探し、周りにある全てを頭に叩きこむ。

 ひとまずの行動を決め、一歩を踏み出す。構える時間は与えない。空間を切り裂く矢となって、まず一番近くにあった拳銃を弾き飛ばした。あのふたりには「壊したら」と言ったが、鉄の塊を壊すなどほぼ不可能だ。そんな余裕もない。それならば、茂みに紛れ込ませてしまったほうが速いだろう。彼等が探しだすまでにに逃げおおせることはできる。

 彼女の速度に、男たちは反応しきれない。ざわつくことも許さずに、拳銃を持っていた男の顎を蹴り上げる。崩れる巨体には目もくれず、水面を舞うカワセミのように鋭く男たちのなかへ飛び込んだ。

「―――――っ」

なんの躊躇いもなく、銃口にその身を晒す。襲い来る銃弾を避けられるから、ではない。捨て身のその行動は、彼女の彼女自身への評価の現れ。怪我を避けようと思うほど、自分を大切には思えていない。ただ、それだけのこと。

 だから、弾丸が自身の薄い肉を裂いていっても、彼女は意に介さない。それを、そこにある事実としてのみ受け止める。

 拳銃を持った男の手首を鋭く打ち、取り落としたそれを細い道の外へと投げ捨てる。あとひとつ。とにかく出してきている分だけでも壊してしまおうと、再び翔ける。

 ――――が。

「!?……なん、」

突如としてつんのめる。後ろから髪を掴まれたのだと一瞬で判断できたのは、彼女の経験故。

 ――――しかし、遅かった。頭上で閃く白刃は、もはやどんな回避行動も間に合わないほど迫ってきている。

 頭だけを逸らせば、当然避けきれない。

「いっ……、ぐ」

けれど脳天にナイフを生やすよりはマシだと、右肩を犠牲にした。痛みに耐え切れず、呻き声を上げる。けれど、こんなもので男の攻撃は終わらない。

「死、ねぇえええええ!!!」

野太い声で叫びながら突き刺さったナイフをそのまま滑らせ、少女の細い喉を裂こうとする。彼女の顔が青ざめたのは、出血量のせいかあるいは。


「耳元で叫ぶな、うるさい」


けれどそんなものはほんの一瞬。元通りの冷めた目で男を見上げると、ナイフを持つ手をひねりあげた。痛みに男がナイフを離すと、なんの躊躇いもなく自らそれを引き抜く。血が伝ったが、この程度の怪我では怯まない、怯めない。

 ぷつん。

 髪を、切った。自身の血に濡れたナイフで、掴まれた一房を。不格好になってしまったが、致し方がない。

「止めにしないか」

淡々と、少女は告げる。

「もういいだろう。私もこれ以上、戦いたくはない」

彼女の言葉を、本心を、男たちは許さない。

「ふざけるなよ、お前が俺たちにしたことを忘れたのか!?なにが戦いたくないだ、ふざけるな、ふざけるな!!」

暗い憎悪が、少女を突き刺す、押しつぶす。憎悪(それ)の理由も分からないままに。

 けれど、表面だけは繕って、

「そうか」

とだけ呟いた。

 もう少し、もう少し時間を稼がなければ。あのふたりを、無事に逃さなければ。頭にあるのは、ただそれだけ。それだけで――――彼女は再び、拳を固めた。

 そうして、また翼を羽ばたかせる。血に濡れた翼でも、”痛みがなければ”存外飛べるものだ。

「私も、今回に限っては怒っている」

まず、ひとり。

「あの子たちは、関係ないだろう」

最後の拳銃を、男の手から無理やり引き剥がす。

「なぜ巻き込んだ。なんの関わりもないのに、どうして簡単にこちらに引きずり込める?」

凶暴な鉄の塊を、またひとつ茂みに捨てる。

「……許さない」

 知らなくてもよかった恐怖を味わわせたことを。

 知らなくてもよかった存在を認識させたことを。

 久々の憤怒、久々の哀しみ。感情などひとりでいればどこかへ行ってしまうものだ。それが、ふらりと帰ってきたような。

 重力に任せた急降下。その鉤爪は、男たちの弾丸より鋭く、彼等を蹴散らす。

 男たちも慌てて残りの拳銃を取り出すが、もう、遅い。


 ――――そして。


 彼女が立ち去るときに残されたのは、動けなくなった男たちと無数の血痕のみ。ある者は気絶し、ある者は小さな呻き声をあげ。なんにせよ、見事に急所を殴られ、もしくは蹴られ、彼女を追いかけられる者はいなくなっていた。それでも、点々と落ちる血痕はそのほとんどが少女のもの。それが、足跡のように続いている。

 その先には、当然のことながら少女の姿が。ぜ、は、と荒い息を吐き、ゆっくりと進んでいく。やはりあの怪我で挑むべきではなかった。拳銃だけ捨てて逃げるべきだった。そうすれば、もう少しまともに歩けたはずだ。感情で動くとこうなるのだと、よく知っていたのに。

 ――――どこまで行った?

 あのふたりは、どこまで逃げただろう。かなり時間はあった。遠くまで逃げられたのなら、合流せずともよいのではないか。無事に登山道に出さえすれば、あとはどうとでも逃げられる。

 ふとそんなことを思ったが、すぐに考えを改める。どのみちここは一本道。引き返すのは危険。となれば、はやく合流したほうがいいだろう。

 突然、乾いた銃声。最早聞き慣れたと言っても過言ではないそれに、しかし反射的に振り向く。

 後ろには、何もない。誰もいない。

「もう動けるようになったのか……?」

無機質な声に、僅かばかりの驚きが染みる。決して手を抜いたつもりはない。もうしばらくは起き上がれないだろうと思っていたのだが、銃声が聞こえたのは事実。

「急ぐか」

 左手で右肩を押さえ、右足を引きずりながら、少女はひとり、山道を登っていった。





「おやおや……」

少女が立ち去ったあとに、ひとりの青年が姿を見せる。

 黒いポンチョ風のマントに、黒いブーツとズボン。マントのフードを被り、顔もこれまた黒い布で覆っているものだから、表情がうかがい知れないどころか碌に肌も見えない。

「気になって来てみれば、随分と手酷くやられたものだね」

けれど、布のせいかわずかにくぐもったその声は、楽しそうな色を含んでいた。

 どこか異質なその青年に警戒しようにも、男たちは誰ひとりとして動けない。それをいいことに、青年は倒れた男の手から、そっと拳銃を取り上げた。

「なんでこんなもの持ってるくせにここまで一方的なんだか。大方あいつが引き下がるときに一斉に撃ってやろうとでも思ってたんだろうけど、もっと上手いやり方があっただろうに」

なんの殺意もなく、青年はあっさりと引き金を引いた。足元の男の鼻先の地面に、小さな穴が開く。

「ほら、起きてよ。頭は誰?」

慣れない手付きで拳銃をいじりながら、青年は言う。男たちは答えられない、答えない。意識のある者も、懐疑からか恐怖からか、口を開こうとはしなかった。

「誰って聞いてるだろ? 話がしたい」

2発目を、なんの躊躇いもなく撃とうとして……、しかしその前に彼を止める者があった。

「俺だ……」

ひとりの男が、切れ切れに声を上げる。それを見るや青年は、拳銃をゴミでも捨てるかのように放り投げ、真っ直ぐに歩いて行った。

「何の用だ」

睨みつけるように青年を見上げる。が、そんなものは虚勢でしかない。まだ体は動かないのだから。

「あはっ、そんな怖い顔しないでよ。せっかくあんたたちを手伝おうと思って来たんだから」

「手伝う?」

「そう、協力してあいつを殺そうってことさ」

目深に被ったフードの下に、楽しそうに弧を描く青い目と、零れた金の髪が覗く。空とも海ともつかない青が、獣のように冷たく光っていた。

「テメェ、何者だ?」

その言葉の全てが、その仕草の全てが、妙に芝居がかっていた。そんな男に「協力しよう」などと持ちかけられあっさりと認めるほど、浅はかではない。

「何者ってのはどういう意味だい?僕の情報のなにを明かせば、あんたは僕を認めるんだろうね?」

ふふ、と笑い、そんなどうでもいい言葉を並べる。

「まあいいや。僕の名はリアン=オースディ」

それでもしっかりと名乗り、彼は笑う。

 そして、声を低め、こう付け足した。


「あんたたちと同じ、あいつを殺さなきゃならない者だ」

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