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神仙魔伝 紅の節  作者: 真赭 碧
1 少女ハ言ウ
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 ざく、となお力強く大地を踏む音がした。希望を込めて、というよりほとんど反射で少女を見上げれば、無表情で、けれど侮蔑を含んだ眼差しで男を睨む姿があった。

「だ、大丈夫なの!?」

「この程度」

ぽたぽたと落ちる紅い液体は、彼女の細い左肩から。袖を赤く染めながらも、少女ははっきりと言う。その口調は、強がりなどというものではない。傷口を押さえもせず、痛みなどまるで感じていないかのようにふるまっていた。

 銃口から目を逸らさないまま、少女は言う。

「悪いが、休んでいる暇はなくなった。ふたりで逃げろ」

「あなたは?」

「……あの面倒なものを壊したら逃げる」

不安げな月乃に、少女は答える。安心させるように、ぽんぽんと頭を撫でた。血が付かないように、右手で。

「弾の届かないところまではなんとしても逃げろ。私も流れ弾がお前たちに当たらないように配慮する」

春陽は複雑な感情を覚えた。無事に帰りたいのはもちろんだし、怖い思いなどしたくない。それでも、自分たちと年の変わらないであろう彼女にも、無事でいてもらいたかった。もっとも、太ももを切りつけられ肩を撃ち抜かれている時点で、無事とは言い難いのだが。

「早く」

言い残して、少女は跳ねる。来たときと同じように軽やかに木の棒を跳びながら、迷いなく危険な場所へ。

 ほんの僅かな間、ふたりは黙って少女を見ていた。けれど、

「い、行かなきゃ。逃げなきゃ……」

震えて力の入らない足を言い聞かせ、月乃は立ち上がる。怖かった。襲い来る男たちも、それをなんなく払いのける少女も。怖いものからは逃げたい。ごく自然な感情だ。

 それに、これ以上ここにいては足手まといにしかならない。分からないことだらけのなかで、それだけは明らかだった。少女の人間であることを疑わなければならないほどの身体能力と、それをもつ彼女自身は怖いが、それでも守ってくれる『味方』である。これ以上のけがはしてほしくない。

「行くよ、春陽」

「え、でもあの子……あっ、あの子って言ったら怒られるんだった~」

「今はそこ、限りなくどうでもいいから」

こんな時になにを言っているんだと思いながら、月乃は座り込んだままの春陽を引っ張り上げる。本当に状況を理解出来ているのだろうか。

「私たちがいても意味ないどころか邪魔でしょ。あの子……じゃなくてあの人も逃げろって言ってたじゃない」

「う~。確かに……」

呑気な春陽につられ、いつの間にか足の震えは収まっていた。

 ちらり、と振りかえれば、男たちの向こう側にあの少女が見えた。なるべく速く逃げなければ、彼女の戦闘を長引かせてしまう。その程度のことは、いまだに混乱している頭でも分かることだ。


 ふたりは、山道をひたすら走った。舗装などされていない道、しかも上り坂では足がもつれ何度も転びそうになる。それでも、息を切らせながら、小枝で肌を引っ掻きながら、とにかく走り続けた。それしか出来る事はなかったから。

 どれくらい走っただろう。随分長く走っていた気もするし、その実あまり進んでいないような気もする。けれど、もう振り返っても少女は見えなかったし、木々のざわめきの隙間に拳銃の咆哮が聞こえることもなかった。

 先に足を止めたのは月乃だった。手近な木に手をついて、肩を激しく上下させる。

「はぁ、月乃、大丈夫……?」

「ん、平気」

前を走っていた春陽が振り返った。全く平気ではないのだが、平気でないと言ったところで平気になるわけでもないと、月乃は言葉を返す。

 と、突然春陽が崩れ落ちる。なにが起きたのかと月乃が焦って駆け寄ると、聞こえたのは。

「ふえっ、えぐ」

嗚咽、だった。

「ど、どうしたの? どこか怪我でもした?」

「ううん、でも、でも~!」

幼い泣き声が響き渡る。ただただ泣き続ける春陽を、月乃は優しく抱きしめた。なぜいきなり泣き出したのか、それは春陽にしか分からない―――いや、春陽にすら分からないことかもしれないが、泣きたいという気持ちは月乃とて同じだったから。

「多分、大丈夫だよ。ここまで逃げて来られたんだもん。安心して、私も一緒だから、ね?」

春陽に言い聞かせるように。

「あの子も、ちゃんと戻ってくるよ。見たでしょ? あの子はとても強いの。きっと心配いらないよ」

自分に言い聞かせるように。

「大丈夫、きっと大丈夫。だってあの子はとても強いから」

「……?」

何度も、何度も。いつも春陽を気遣ってくれる、実に月乃らしい行動。けれど春陽は、月乃のその言葉に違和感を覚えた。

「月乃、あの子のこと知ってるの……?」

「分からない」

涙を拭いながら問えば、返ってきたのは不確かな答え。知っているのか知らないのか、それが分からないとはどういうことだろう。

 人の気分を考えて表現をぼかすことはあれど、月乃の回答は、常にイエスかノーだ。そんな彼女が、しかもこんな事態だというのに曖昧な答え方をするなど、珍しく、不自然なことであった。

「……さて、どうするべきかな」

ごまかすように、月乃は立ち上がる。いささか子供っぽい仕草でごしごしと目を擦り、春陽もつられるように立ち上がった。

「ここまで来れば大丈夫だとは思うけど。念の為もっと進む?」

「でも、進んでもどこに出るのか分からないよ~?」

「そうなんだよね……」

細い道を、と選んで来ただけで、道が分かっているわけではない。どうすれば山道に出られるのか、そもそもここはどの辺りなのかすらはっきりとは分からない。

「ここは、あの子と合流するのが先かな」

「ここで待ってるってこと~?」

「そうなるね」

「分かった~」

まだ若干鼻の頭を赤くしつつも、春陽は頷いた。

 無理をして動くのも、あまり良くない。ふたりは、先程の騒動など素知らぬ顔の山のなかで、しばしの休息を得ることとなった。


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