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神仙魔伝 紅の節  作者: 真赭 碧
1 少女ハ言ウ
5/25

 前方には崩れた道。右には登るのはほぼ不可能な斜面。左には落ちたらただでは済まない斜面。そして、後ろには。

 全てが裏目に出た。逃げ場がない。

「そんな、なんで……」

月乃の顔は青ざめ、唇が震える。春陽も、目に涙を溜めていた。

「こんなのどうすれば……」

彼女なら、なにか出来るだろうか。そんな淡い期待から、そっと振り返る。少女は変わらず、男たちを軽くあしらっていた。それに少しばかり安堵したが、状況はなにも変わっていない。

 ふたりの視線に気が付いたのか、少女が振りむいた。

「どうかしたのか?」

とても多数を相手に戦っているとは思えない落ち着いた口調で少女が問う。けれどよく見れば、やはり右足をかばっているようだった。

「あのね、道が崩れちゃってて~」

春陽はおどおどとして説明する。少女はその言葉にも平然とし、言葉を投げ返した。

「考える。待っていろ」

「う、うん」

「それと、出来れば詳しい説明。どんな崩れ方だ?」

「ちょっと待って」

月乃は改めて崩れた道を調べた。少女が冷静に答えてくれたことで、月乃もある程度の落ち着きを取り戻していた。

 それは、今まで気付いていなかったのが不思議な程、奇妙な道であった。

「崩れ方は普通なの。地滑りがなにかだと思う。崩れてるのは一部だけで、20mくらい先に続いてるのが見える。それで……」

そこで少し口ごもる。なんと説明していいのやら、よく分からなかった。

「どうした?」

「えっとね、うーん」

少女に言われ、どうにか説明しようとするが、うまく言葉にまとまらない。

「なんか生えてるの」

「生えてる?」

「そう、崩れた斜面から、木の棒が生えてる、いや刺さってるの。なんだろうこれ」

他にもなにかないか目を凝らす。春陽も月乃にならい、なにか見つけようときょろきょろと見回した。

 あ、と春陽が声をあげる。

「下にビニールシートが落ちてる~。なにか使えるかな~」

「取りに行けないじゃない」

「あ、そっか~」

その会話をなんとか聞き取ると、少女は退こうとした。それでも男たちは追ってくる。しかし、やはり細い道。縦一列に並んでいる。少女に倒されるのを順番待ちしているようで、なんともシュールだった。

 先頭の男(仮に整理番号1番)が振りかざしたナイフわずかに身を引いてかわすと、空いた肩を蹴り飛ばす。1番は2番を下敷きにして倒れたが、少女のほうもわずかによろめいた。軸足にしていた右足を引きずって、なんとか倒れないようにバランスを取る。それでも出来てしまった大きな隙。それを狙って3番が投げたナイフは、わずかに逸れて春陽の目の前まで飛んできた。

「……!」

しまった、と少女が振りむく前に、月乃が慌てて春陽を引っ張った。

 なんとか無事。かすり傷もない。

「こっちは大丈夫! 前見て!!」

そのまま後ろに倒れこんで、月乃は言う。視界に入ったのはこちらを見つめる少女と、その後ろでナイフを振りかざす男。あのままでは刺されてしまう。

 が、少女は振り返りもせずに男の腹に肘を叩き込んだ。見えていないはずなのに正確に放たれたそれは、大の男を昏倒させるに足る威力をもっていた。

 崩れ落ちる男に巻き込まれないよう体をずらすと、彼女は今度こそ撤退した。大きく後ろに跳ぶ。着地のときに多少バランスを崩したものの、見事な跳躍は美しい放物線を描いていった。

 1、2、3番を踏み越えてこようとする4番を、小石を投げつけて牽制すると、少女はざっと見渡し状況を把握した。

「行けるな」

低い声でぼそりと呟く。なにが行けるのか分からないまま、ふたりは少女を見上げていた。

「暴れるなよ?」

 と、突然少女がふたりを両脇に抱える。まさか、と思う間もなく、彼女ははばたいた。鳥のように軽やかに、稲妻のように強かに。と、と、と。軽い音を立てながら、飛び石のように細い木の棒をつたっていく。間隔は3mほど。それをなんなく飛び越えていく。

「きゃ~!」

「ちょ、お、降ろし、怖いって!」

暴れるなよ、などと言ったが、パニックにならないわけがない。下まではおよそ15メートル、いや、20メートルほどあるかもしれない。そのうえ、ふたりを支えるのは少女の細い腕のみである。そこらの絶叫マシンの比ではない。

 それでも少女は止まらない。

「馬鹿か、降ろしたら落ちるぞ」

「そりゃそうだけど! でもこれ危ないって!」

「あいつらに追いつかれるほうが危ない」

「そりゃそうだけど!」

月乃がなんと言おうと、春陽がどれだけ怖がろうと、逃げるにはこの道しかない。ふたりにとっては、成人男性が集団でひとりの少女を襲っているのも、その少女が怯みもしないのも、彼女がたまに人間らしからぬ動きをするのも、全て未知の世界なのだから。そんなことあるわけがない、などと言ってみたところで、圧倒的な五感全てからの情報は、思考にもならない思い込みで覆りはしない。それに、常識外れで在り得ないことから目をそむけ見なかったことにできるほど、ふたりは大人ではなかった。

「っ……」

軽い着地。それでも、右足で着地したときには、少しばかり眉を寄せて息を詰めた。無理もない、かなり大きな傷だっただろうから。今までよく動けていたものだ。目の前の出来事への恐怖や驚きに、僅かな罪悪感が混ざる。特に月乃は。私がもっと早く動けていれば、と。

 視界に大地が広がる。なんでもないただの地面だが、やっと越えたのかと安堵するには十分。知らず知らず詰めていた息を、ふぅ、と吐き出した。

「放すぞ」

言い終わるか終わらないかのうちに少女がふたりを下ろす。いや、下ろすというより落とすに近かったかもしれないが。

「歩けるか?」

「無理~」

少女の問いに、春陽は即答する。これには月乃も同意した。疲れたというより、怖くて腰が抜けた。これでは、歩くどころか立つこともままならない。

「あまりのんびりもしてられないが」

それはふたりも分かっている。うしろには目的も見えない男たち。捕まれば一貫の終わり。分かってはいる、が。

「そうか……。じゃあ少し休め。距離はないとはいえ、越えてくるには時間がかかるだろうしな」

無理をさせているとは思っているのだろう、少女が男たちを振り返りながら言う。と、慌てたように身を引いた。

 パン、と乾いた音。

 漂う、花火のような匂い。

 仰け反る、少女の細い上体。

 飛び散る、赤い何か―――。

驚いて振り向けば、こちらを睨む無機質な鉄の瞳と目があった。

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