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神仙魔伝 紅の節  作者: 真赭 碧
1 少女ハ言ウ
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「急げ、早くしないと怪我を」

少女の声が途切れる。目の前には、眩く輝くほど磨かれたナイフを振り上げた男がいた。咄嗟に避けようとして躊躇する。後ろには無力な子供がふたりいるのだ。自分が避ければ彼女たちの盾が無くなってしまう。

 そんな迷いが命に関わることを、彼女はよく知っている。だから、

「……っ」

襲い来るナイフを弾こうと繰り出した右足が、その白銀の煌めきにざっくりと裂かれても、僅かに眉を顰めただけだった。むしろ、これで済んで良かっただろう。

「そんな……、だ、大丈夫……?」

「うるさい」

太ももから流れる大量の血を目にして、怪我を負った本人より青ざめた顔で問う月乃に少女が返したのは、冷たい言葉。

「私は慣れている。平気だ。早くしないとお前らもこうなるぞ」

冷たい言葉、冷たい態度、冷たい視線。絶対零度の少女には、しかしその全てにふたりを気遣う優しさが滲んでいるような気がした。

 少女が右足を犠牲にして弾き飛ばしたナイフは、空中で光を反射させながら落ちてくる。それは、本来の持ち主ではなく少女の右手に収まった。風を切り裂いて、少女が男にナイフを向ける。子供には不釣り合いのそれが、なぜかよく似合っていた。

「私が抑えるから、急げ」

「う、うん」

ここは彼女に従う他ない。この少女のせいで巻き込まれたようなものとはいえ、彼女がいなければきっと無事では済まないのだから。今までの動きを見るに、何かしらの心得があるのかもしれないし。初対面の、しかも自分と然程歳の離れていないであろう少女に頼りきりというのも、なんとも情けない話ではある。が、それしか打開策がないことも理解していた。

「春陽、起きて春陽」

これが最善だと判断し、月乃は少女に言われた通り春陽を揺する。当の少女は、無力なふたりをかばうように男たちの前に立ちはだかっていた。

 自分が振り上げたはずのナイフが自分に突きつけられた彼は、何を考えているのかはたまた何も考えていないのか、腕を跳ねあげられた不自然な格好のまま硬直していた。

 ピタリ、と鼻先に付けられたナイフは微動だにしない。そのナイフより鋭い彼女の瞳は、男たちを射殺さんばかりだった。

 一人が、ぴくりと動く。不意をつこうと少女へ向かう。けれど、

 彼女はそれを見ることもなく、持っていたナイフを投げた。鋭く、けれど殺意のないそれは、男の耳を浅く裂いた。それでも、牽制には十分だった。

 月乃は、もちろんこんなことに巻き込まれるのは初めてである。それでも感じられる、圧倒的な、何か。彼女から発される重苦しい空気。それを真正面から受け止めさせられた男たちは、もう動けない。今この場を支配しているのは、間違いなくこの少女だ。

 月乃は春陽の肩を揺さぶりつつ、そんな様子を息を呑んで見ていた。と、不意に春陽が身じろぎする。

「う~ん? あれ、月乃~? おはよ~」

「おはよ、じゃないから。周りよく見て」

「んん? もうお昼なの~? 寝坊しちゃった~」

「そうじゃない!」

見当外れなことばかり言う春陽に、こいつ気絶してたんじゃなく単に寝ていただけなんじゃないかと、少々の苛立ちを覚える。が、それは一拍おかず諦めへと変わった。いつものことだ。それに春陽のおかげで少し落ち着いた。

「で、どういう状況なの~? いまいちよく分かんないんだけど~」

流石に事態の異常さに気が付いたのか、たれ目を少しつり上げて問う。

「私にも分かんないよ」

ただ、と月乃は少女を見上げた。

「あの子がなんとかしてくれる、と思う」

その言葉に、少女が振りむく。男たちを置き去りにした、どこかのんびりとした空間で、彼女の小さなため息が響いた。

 空気が少し軽くなる。

「他人任せにも程があるぞ。それに、」

ちょっぴり不満気に少女は言う。

「あの子、じゃない。私のほうが年上だ」

「そこ重要!?」

こんな状況だというのに、普段から春陽に鍛えられている月乃は普段通りのツッコミを入れる。全くそんな場合ではない。

 月乃のツッコミを華麗にスルーすると、少女は低い声で囁いた。

「逃げるぞ、正面突破だ。この山にはお前たちのほうが詳しそうだから先に行け。撒くぞ」

山そのものにはよく来るが、山道からそれてこんなところへ入り込んだことはそうそうない。二、三度迷子になったことはあるが、それも幼い頃だ。とても案内など出来ない。なにより、

「正面突破なんて、あたしたちには無理だよ~」

春陽が怖気づいて言う。恐怖というのは防衛本能。自分に可能なのかを判定するシグナル。それが今、真っ赤な光を放ち、警告音を鳴り響かせていた。

 しかし少女は事もなげに言う。

「大丈夫、私が守ってやる」

彼女が言葉を切ると同時に、重苦しい空気は吹き飛ぶ。それはつまり、男たちが動き出せるということ。

 こうなれば仕方無い。出来る出来ないではない。平穏に暮らしてきた彼女たちは命の危機など感じたことはないけれど、確かなのは今がそうだという事。逃げなければならない。でなければ……。

 覚悟を決めて、というよりは半ば自棄になって、春陽と月乃は走りだした。ふたりに伸ばされる手を、少女は叩き落としていく。ふたりは振り返らない。そんな余裕は無い。けれど、あの少女がつかず離れず守ってくれているのは分かった。

「ど、どうしよう! どこに逃げればいいの!?」

春陽の口調も、いつもの間延びしたものではなくなっていた。答える月乃も、いつものように冷静ではない。

「そんなの分かんないよ! でも、とにかく追いかけにくい道……。そうだ、なるべく細くて狭い道! それなら囲まれないはず!」

きちんと整備された登山用の山道以外に、山の管理用の細い道がある。その中でも、なるべく狭く、道の脇が急になっているところ。

「確かこっち~!」

不確かな記憶だけを頼りに、走る、走る。

 後ろから、様々な音が聞こえてくる。男たちの雄叫び、悲鳴、枝が折れる音……。けれど、少女の声は一切聞こえない。彼女が優勢と捉えて良いのだろうか。けれど、太ももに大怪我を負っていた筈だ。

 月乃は唇を噛む。私がもっと落ち着いていれば、すぐに動けていれば、彼女は傷を負うことはなかっただろう。

「こっち! この道なら!!」

幸い、探していた道はすぐに見つかった。

 それ以降は、ふたりとも口を開くことなく全力で道を駆け登った。まだまだ、音は後ろから聞こえる。それに追い立てられるように、ただ足を動かした。

「……! 待って春陽!!」

いち早く"それ"に気付いた月乃が、慌てて春陽の襟首を掴む。うきゅ、と声を立てて春陽は止まった。

「わ~、びっくりしたじゃん。何するの~!」

と抗議の声を上げる春陽に、月乃は黙って下を指差した。

 そこに続いているはずの道。けれどそれは、無残にも崩れ落ちていた。

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