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神仙魔伝 紅の節  作者: 真赭 碧
1 少女ハ言ウ
3/25

 人影が見えた。瞬時に、自分を追っている男だと悟る。

 都合の良い事に、少し下にもう一本の道が見える。あちらに下りれば、うまく彼らをおびき出せるかもしれない。今はあの2人から彼らを引き離すことが最優先事項だ。とん、と軽く踏み切って、今度は道ですらない斜面を滑る。

 ふわりと着地、しようとした。

「なん、だ……?」

体が宙に浮く感覚。着地し損ねたのか。いや、"そもそも地面がなかった"のだと気付いた頃には、もう体は転がり落ちていた。

 地面に打ち付けられ、息がつまる。バサリ、と何かが遅れて降ってきた。ガサガサとしたそれはビニールシートで、視界の端に写った、斜面から生えるように突き刺さった木の棒と結び着いて罠の姿を浮かび上がらせた。

 斜面に支えとなる木の棒を差し、上からビニールシートを被せる。さらにその上に土や草花を乗せてカモフラージュすれば、それは道のように見える。さながら、斜面を利用した応用版落とし穴、といったところか。誰が仕掛けたのかは分かりきっているし、先程から向けられている刺すような殺気にはとうに気付いている。

 急とはいえ斜面であったことや、落ちたのが柔らかい草の上であったことが幸いし、動けないほどの怪我は負っていないようだ。それに少し安堵しながら立ち上がろうとした瞬間。

「う、動くな」

「……やっぱり」

おびき出されたのは私の方か。のしかかってくる殺気と喉元に突きつけられたナイフ、かけられた言葉は、しかし、予測し得たものだった。

 うつ伏せに倒れた姿勢のまま押さえこまれれば、もう抵抗するのも面倒になる。なるようになれ、と静かに目を閉じた。

 僅かに、突きつけられたナイフが震える。冷たい金属の感触はただでさえ気持ちのよいものではないのに、それが喉元で震えるとなると気味の悪さは一層増す。姿勢のせいで男の表情は伺い知れないが、その震えが歓喜のためなのか恐怖のためなのかは容易に想像できた。

 ほんの一瞬、少女の手が霞む。半拍遅れて、男の手から弾けたナイフが軽い音を立てて地面に突き刺さった。

 突然のことに頭がついていかない男の手を細い指が掴む。うつ伏せという力の込めにくい体勢にも関わらず、少女は男に美しい放物線を描かせ、その反動を利用して自分はバネのように跳ね起きた。

 彼女が抵抗したためだろう、物陰から数人の男たちがばらばらと現れた。気配、というよりは殺気が溢れていたため、今更驚くこともなかったが。

 少女は言う。

「私は死んだって構わない」

長い前髪の間から、暗い暗い瞳が覗く。見据えられた者か息苦しくなるような鋭い視線が、投げ飛ばされた男に注がれた。

「なら、抵抗するな……!」

「構わないけど、」

ガタガタと震えながらやっと紡がれた男の言葉は、無情にも遮られた。

「これ以上、誰かに何かを背負わせる気はない」

明らかに彼は怯えていた。それは、自分を殺すという目標を達成した後のことが頭をよぎったのかもしれないし、単純に人を殺すのが怖かっただけなのかもしれない。その点に関しては、知る由も、意味も、価値も無いことだ。

 だが、ひとつだけ言えるのは、自分を、人を殺したという事実はきっと彼らを苦しめるという事。その記憶は、一生逃れられない枷となるのだ。自分自身がそうであるように。だからこそ、死んでなお誰かを苦しめるのはまっぴらごめんだった。

 ────ならばいっそ、彼らの生きがいになっていようではないか。

 そんな言葉は、喉につっかえて消えた。私が狙われるのにはそれ相応の理由があるだろうに、あまりにも恩着せがましい。そんな思いのなかで臨戦態勢をとる。

 その時、耳に飛び込んできたのは、

「やめて、離してよ!」

まだ少し幼さの残る声。聞き間違う筈もない。先程うっかり出会ってしまった少女のものだ。

「やだ、離してってば!!」

黒髪の少女が、ひとりの男に抱えられてジタバタともがく。が、少女と大柄な男とではそれが無意味であることなど考えずとも分かることだ。茶髪の少女の方は意識がないらしく、別の男に抱えられぐったりとしている。

「お前ら……」

こんな奴らを気遣っていた数秒前の自分が、とてつもなく馬鹿らしくなった。

「大人しくしろ」

男が、今度はふたりの少女の首筋に刃物をあてがい言い放った。つまり、人質作戦というわけだ。

「なんで」

聞き取れない程掠れた声が、薄い唇から漏れる。

 なんで、無関係の人間をこうも簡単に巻き込めるのだ。

 そんな、怒りとも悲しみともつかない感情は、鉛のようにどろりと溜まっていく。感情を表す術を忘れた少女の中に。

 形容しがたい感情を振り払うように、少女は大地を蹴る。男たちが驚くより先に、人質を捕らえていたふたりを昏倒させた。目に写らない早技。それは、子供の動き、いや、人間の動きを超えていた。

「馬鹿か」

耳に心地良い低い声。だがそれはどこまでも冷ややかで、

「私を目で追うことすら出来ないくせに、人質など無意味だろう?」

睫毛の長い切れ長の目も、恐ろしいまでに暗く鋭い光を宿していた。

「お前、名前は?」

男たちに向けていたのに比べれば幾分柔らかい声で、不意に少女が問う。と同時に、ふたりを庇うように、男たちと相対した。

「つ、月乃。この子は春陽……」

少女が男たちを見据えていたために自分と目が合わなかったのは幸いだったと月乃は思う。あの瞳に見つめられればまともに返事も出来ないかもしれないと、そう思わせる眼光が、そこにあった。

「そうか。じゃあツキノ、ハルヒを起こせ」

「え?」

あまりにも突飛な出来事に、普段ならすぐに理解出来ることにも発生するタイムラグ。

「逃げるから、早く」

一言毎に苛立ちを帯びる。背を向けているというのに、さらに厳しい目つきになっているのが分かった。

 いまだに戸惑っているらしき月乃に、少女も忍耐の限界を迎えた。もともと短気だという自覚はあるが、それ以上にこの切羽詰まった状況では怯えているのも時間の無駄。

 ちらり、と振り返る。追い打ちをかけるように催促するつもりだった。

 だが、そんな隙を見逃すほど、男も甘くなかった。


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