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神仙魔伝 紅の節  作者: 真赭 碧
3 死ニ絶エル者タチ
24/25

「お~は~よ~!」

「あいだだだだ! ちょ、待てダイブすんな痛え!」

朝8時。すっかり日も昇ったころに、まだパジャマ姿の春陽は勢いよく圭の布団に突っ込んだ。随分と騒々しい目覚ましに不満を覚えるも、時計を見れば、もう少し寝かせろなどと文句を言うには遅い時間。空が白み始めるころようやく眠りについた圭だったが、安眠はここまでのようだ。

「お早う。珍しいな、お前がこの時間まで寝ているなんて」

隣から聞こえた低い声。先に起きていたらしく、緋豊が優しく見下ろした。が。

「緋豊か?」

目の前にいる彼女が、緋豊なのかヒトミなのか。口調は緋豊だったものの、ずっと彼女たちは一緒だったのだ。まねることなど造作もないだろう。ヒトミが平然と出てくるようになった今、彼女が緋豊であるという確証はどこにもない。

 訝しんで見上げる圭に、緋豊は首を傾げた。何も知らない彼女には、圭の疑問は不可解以外の何物でもない。

「なにを言ってるんだ? 寝ぼけているなら顔でも洗ってこい」

「あー、悪い。そうするわ」

このぞんざいな物言いは、間違いなく緋豊。そう確信して、圭は頭を振った。彼女を少しでも疑ってしまったことに罪悪感を覚えて、足早に洗面所へと向かう。

「あ、おはよう。着替えたら緋豊たちも連れて降りて来てね、卵焼き作ってるから」

途中、朝食の準備をしていたらしい月乃と会った。何でもない日常。彼女たちにとっては当たり前の光景。その尊さに恐らくは気付いていない彼女たちに、思うところがないはずがなく、逃げるように軽い返事だけをして洗面所の扉を閉める。


 日常が欲しかった。けれどそれが痛かった。温かさに触れたかった。けれどそれが怖かった。欲しかった平穏がやっと手に入った。けれど、それを緋豊から奪わなければならないのが、なにより辛かった。

「なんでだよ……。どうしろってんだ」

やるせなさが、思考を奪う。圭の望みなど、最初からひとつしかなかった。どうしても叶わない、そのひとつ。本当は、緋豊とずっと一緒にいたいだけなのに、それだけは叶わない。緋豊を、殺さなければならない。────せめて、身代わりになることができたら。

「ああ、そうか」

気が付いて、顔を上げる。

「代わればいいんだ。それだけだった」

鏡に映ったのは、据わった眼で笑う自分。その異常さに気が付いてくれる人間はここにはいない。


 着替えを済ませた4人は、月乃の作った朝食を食べていた。普段3人の街野家のテーブルに春陽の両親も含めた6人が座れるはずもなく、また、学生は夏休みだが大人は仕事という夏の平日だったためもあり、両親は先に食事を済ませすでに不在であった。

「うわなんだこれうめえ」

もっもっ、と一心に頬張って圭が言う。相変わらず食べる量が尋常じゃないななど思う緋豊の隣で、春陽も満足そうに笑った。

「月乃、お料理上手だもんね~。あたしにも教えてよ~」

「それは卯月さんに頼んでお願いだから」

真面目な、というより怖い顔で月乃が拒否したことからも、春陽の料理の腕は察することができるだろう。そんな微笑ましい会話を横目に、緋豊は圭に尋ねる。

「圭は今日帰るのか?」

「そうだなー、そろそろ帰らねえと」

「そうか」

淡々とした態度は、いっそ素っ気ないともとれるほど。そこに寂しさが含まれていることに気が付くのは、この世界で圭だけだろう。

 また来てやるから、とは言えなかった。「また」などないから。「未来」などないから。


「じゃあなー! 緋豊のこと頼んだぜ! お前も元気でやれよ、ちゃんと困ったら周りを頼ること、いいな?」

「お前は私の親か……。まあ、分かったよ。またな」

「……」

 ひとしきり挨拶をして、別れを惜しんで、圭は旅立った。また会えるかのように笑顔で、最後まで嘘をつき通して。やらなければならないことは山積みだ。なにから片付けるかと思案を巡らせる。そっと忍び寄る人物に気付かなかったのは、それに気を取られていたからなのか。いや、きっと圭は「彼」の気配には気付けない。単純な実力の問題だ。

「本当によかったの? 全部僕に任せて、逃げてもよかったんだよ」

もう緋豊たちは見えないというところで背後からいきなり声をかけられて、思わず飛び上がりそうになる。なんでもない風を装って振り返ると、やはりというべきか、そこにいたのはリアンだった。常に余裕を湛えるこの男、隙を見せれば殺されそうで圭はどうにも好きになれない。彼の立場を考えれば、圭を殺すことなどはおろか逆らうこともできないのだが。

「馬鹿言え。お前なんかに緋豊は殺させねえ」

そんな内心は覆い隠して、努めて冷静に圭は答える。

「そう」

それ以上は何も言わず、リアンは追及の手を止めた。彼には彼の目的があって、今ここにいる。圭の固執は、その目的にはなんの関係もなく、したがってなんの興味もない。年端のいかない子供にここまでの思いを背負わせる“彼ら”に憤りを感じるほど、リアンの性質は善ではないのだ。圭や緋豊の境遇の哀れさには多少の同情は覚えるが、それとてリアンにどうこうできる問題ではない。彼は雇われの兵にすぎないのだから。

 それよりも、やらねばならないことが。

「まあいいや、そろそろ真面目に仕事をしようと思うんだけど、お前も来る?」

唐突な提案に、圭は目を丸くした。

「は? なんでだよ。お前の仕事だろ?」

「いや、手伝えって言ってるんじゃあなくてね。知っておいた方がいいと思って」

「知るって……なにを」

ばさり、とマントを翻し、リアンは圭に背を向ける。首だけを回して見下ろすと、ゆるく弧を描いた青い目が不気味に圭を貫いた。

「なに……って」

 面白がっているのか、はたまたこれが常なのか、薄ら笑いを湛えたままリアンはそっと答える。

「人を殺すってのが、どういうことなのかをさ」

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