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神仙魔伝 紅の節  作者: 真赭 碧
3 死ニ絶エル者タチ
22/25

「風呂!」

圭が高らかに宣言する。

「緋豊、一緒に風呂行こうぜ」

いくら幼馴染とはいえ、この歳になって男女で風呂はどうなのかと言いかけて、圭が女であることを思い出した。すぐ忘れてしまう程度には少年のようなのだ。

「いやしかし……お邪魔しているのに一番風呂はどうなんだ」

「春陽の母ちゃんが入れって」

「ええ、いってらっしゃい」

卯月が優しく微笑んで言うと、緋豊も納得したように頷いて着替えを抱えた。

 ふたりが出ていくと、興味津々といった様子で卯月が尋ねる。

「ね、あのふたり、どうなの?」

「どうって~?」

「いやあね、どう見てもカップルっぽくない? どうなの?」

「ママ、そういう話好きだね~。うん、カップルだって言ってたよ~。ふたりとも女の子だけど~」

「あら、いいじゃない。微笑ましいわ~」

楽しそうに笑う卯月に、月乃は苦笑いをこぼす。この人は誰よりもこどもっぽい。悪い意味ではなく、童心を忘れない、といったところだ。

「いきなり連れてきたときはどうしようかと思ったけど。いい子たちだしかわいらしいわ」

卯月――――春陽の両親だからだろう、このようなことが許されるのは。いきなり山で出会った少女たちを泊まらせたいなど、普通ならば聞き入れられない。それくらい彼女らは異常なのだし、それを受け入れている春陽や月乃もまたどこかずれているのかもしれない。

 それでも、一度関わってみれば分かる。彼女たち――――特に緋豊は、きっとずっとさみしかったのだろうと。ひとりにならざるを得ない境遇の中でひとりに耐えてきたけれど、本当は誰かと一緒にいたかった、ただの女の子なのだろうと。

 ならば、少しでも長く一緒にいてあげたい。星楽のことも調べなければならないし。そう決意する月乃の胸に不安を落とすのは、やはりあの黒衣の青年の存在だった。

 のんびりとした時間はゆっくりと流れる。とはいえ当然のことながら夜は来るもので、緋豊たちに続いて春陽と月乃も風呂を済ませると、広間に布団を敷いた。さすがに春陽の部屋に4人は寝られず、客間を貸してもらったのだ。

 楽しげな声が、部屋に満ちる。女子が4人も集まれば当然とも言えるが、話に花を咲かせ夜更かしなどしているところだった。といってもそこは中学生、まだ日付も越えない時間ではあるのだが。

「ごはんおいしかったね~」

「一度卯月さんに料理を教えてもらいたいな……」

「月乃のお母さん、お料理微妙だもんね~……。今度一緒に教えてもらお~! 緋豊と圭くんもどう?」

「お、いいな! 緋豊においしい料理作って食べさせられるんだな!」

「圭くん、緋豊のこと大好きだよね。いつも緋豊のことばっかり」

「もちろんだぜ! なんたって緋豊の彼氏だし?」

「女の子なのに?」

「そこはそれ。つーかさ、緋豊を呼び捨てにするならボクもそうしてくれよ。なんかやだ」

「ん~! わかったそうする~!」

わいわいと騒ぐ3人を、緋豊はただ黙って見つめている。話に入ってこられないのかと思ったが、見ているだけでも楽しいと眺めているようだった。

 一番に脱落したのは月乃だった。普段優等生らしく規則正しい生活を送っている彼女は、11時を過ぎたあたりですでに寝息を立てていた。次いで春陽。なにかと騒がしい彼女は、騒ぎつかれたのか話さないと思った瞬間にはもう眠っていた。

「なあ緋豊、眠れる?」

「まあ」

急に静かになってしまった部屋で、圭は緋豊に尋ねる。緋豊はあいまいな返事をすると、少しだけ目を閉じて今日のことを思い返した。ありきたりな表現をするならば、夢のようだったと思う。自分が普通の少女のように、友人と買い物などしたのだから。二度と手に入らないと思っていた『平凡』を、たった一日でも再び味わえた。考えられないことだった。

「いろいろあったな」

「そうだな」

「……私は疲れた」

短い問答でも、言いたいことは分かる。それだけの時をふたりは過ごし、それだけのことをふたりで乗り越えてきた。

「疲れたけど、楽しかったろ?」

「ああ」

圭がどれだけ尽くしても与えられない『平凡』。緋豊はそれを一番望んでいるのだと知っていたから。だから、これがずっと続けばいいと思った。それが叶わないことも、それを終わらせるのが他でもない自分だということも、圭は知っていたのだけど。

 静かな寝息が隣から聞こえ始めると、圭はこっそりと布団を抜け出して家を出た。






『ねえ』

誰かの声を聴いた。

『ねえってば。あたしの声、聞こえてるでしょ』

どこかで聞いた声。ずっと聞いているような声。

「誰」

姿の見えない相手に向かって、緋豊は問う。おそらくは夢なのだろう。自分がどこにいるのかも分からない真っ白な空間で、見下ろしてみても自分は見えない。体も動かせない。そもそも、体があるのかもはっきりと分からないし見下ろせているのかも分からない。これが夢でなくてなんだというのか。

『誰って、声を聞いても分からないのかしら?』

「分からないから聞いている」

『ひどいわね。どうせあなた、あたしのことなんて見てもいなかったんでしょ。それどころか存在にすら気付かれていなかった? あたしはあなたのこと、ずっと見ていたのに』

声も、どこから聞こえてくるのか分からない。そもそも、体を感じられないということは目も耳もないということなのに、声は聞こえるというのはどういうことだ。

『そんな細かいこと考えなくていいわよ。で、ほらどう? あたしの声、本当にわからない?』

「だから知らないと」

『そ、残念』

思考を読まれたことへの気味悪さから素っ気なく緋豊が答えると、似たような声色で誰かも返す。それを聞いて確信した。――――この声は、自分であると。

『なんだ、分かってるんじゃない』

やはり、読まれている。

『当たり前でしょ。あたしはあなたの中にいるんだもの』

「お前は、私か?」

わざわざ声に出したのは、読まれている不気味さを少しでもぬぐいたかったから。会話にしておけば、対等だと感じられる。そんな意図も、あるいは読まれているのかもしれないが。

『ちょっと違うわね』

軽い調子で彼女は言う。

『あたしはあなたじゃない。でもあたしは〈里緋豊〉』

くすくす、とかすかに笑って声が紡いだ。

『いいえ、あたし()緋豊だと言ったほうが正確かしら?』

「それはどういう……!」

『ねえねえ、それよりさ』

人の話を全く聞かない。声は自分でも、どうやら人格は全く別人らしい。

『あたしと変わらない? どうかしら?』

「変わる? どういう意味だ」

『ん? 入れ替わるの。あたしがちゃんと緋豊として活動するってこと』

「だからそれは……」

『それに、これから先は辛いだけだと思うわよ? 何かに期待を寄せて、それが報われたことが一度でもあった? どうせ裏切られるのよ。なら、綺麗な思い出のままあたしに引き継いだほうがいいと思わない?』

答えられない。もちろん、春陽や月乃が裏切るとは思えない。けれど、本人の意思には関係なく離れて行ってしまうこともある――――星楽のように。

『あと、あなたの幼馴染くん。あの子は信じないほうがいいわ、ずっとあなたをだましてる』

「ふざけるな」

緋豊が、突然声を荒げた。圭を罵倒するようなことは許さないと、その怒りはきっと声の主にも痛いほど伝わっているだろう。その証拠に、彼女はひとつため息を吐いて言った。

『まあいいわ、そこまで信じるのならあたしの言葉では動かないでしょうし。でも裏切られて泣くのは自分なんだから。覚えておきなさい。……ったく、怒りたいのはこっちだってのに』

いきなり意味の分からない話を持ち掛けて、一番信頼する人間を貶めて、それなのに怒りたいとはどういうことか。問いただそうとすると、面倒臭そうに声が言った。

『あーもう、いちいち口にしなくたってこっちには分かってるわよ。……だってさ、本当はあたしが緋豊として生まれてくるはずだったのよ? それをあなたが横取りしていったんじゃない。それをもとに戻そうってだけよ。なにが悪いの?』

分からない。彼女が何を言っているのか、何を言いたいのか、まるで分からない。

『説明してあげるのは簡単だけど。あなた、それで信じるの? どうせ信じないでしょ。それなら無駄じゃない』

それに、と彼女は続ける。全く理解の追い付かない緋豊を差し置いて。

『別に信じなくてもいいわよ』

そう聞こえた声は、今までと少し違った。急に焦点を結んだように、はっきりと、それは、目の前から。

 突如、空間が歪む。声の主が現れる。

 予想はしていたものの、それは自分の顔。けれど、その顔に浮かんでいたのは緋豊は決してしないような悪意のこもった笑み。

『力ずくで奪うだけだもの』

彼女が、こちらへ手を伸ばした。

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