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神仙魔伝 紅の節  作者: 真赭 碧
3 死ニ絶エル者タチ
21/25

「よい、しょっと……」

荷造りをしながら、月乃は声を上げた。

 一通りの買い物を済ませた一行は、緋豊と圭を春陽の家に泊めることにした。もともとしばらく一緒に生活するつもりだったし、親の許可は取ってある。月乃の家でないのは、どれだけ気にしていないように振舞っていても、やはりそこかしこに星楽の記録が残る場所では楽しめないだろうと判断したからだ。せっかく人と関わるのだ、どうせなら楽しく過ごしてほしいと思うのは当然のこと。

 3人は先に街野宅に向かっていた。圭はもともと持っていた荷物があるし、緋豊の着替えは今買った。泊まりの準備が必要なのは月乃だけだということで、帰り道に家に寄って服をまとめているところである。

「パジャマと着替えと、あとは歯ブラシとか……」

ひとつひとつ確認しながら詰めていく途中、お菓子の袋が目に留まった

「……いや、やめとこ。体に悪いし」

太るし、ではないところが、月乃らしいところなのだろう。

 家同士は近所で、親同士も知り合いなため、忘れて行って困るものは特にない。どうしても必要なものなら取りに帰れる距離だし、春陽に借りることもできる。なにより夏で服も薄いため、大きめのトートバッグにすべて収まった。

「じゃあ行ってきます」

「あんまり迷惑かけないようにね」

「うん」

声をかけてきた母親にそう返事をすると、月乃は足取りも軽く家を出た。どんな話をしようか。圭は結局、フリルのスカートを履くのだろうか、などと考えながら歩き――――ふと、足を止めた。話しかけてくる者があったから。

「こんばんは」

「あ、はい。こんばんは……」

見知らぬ人に戸惑いながらも、月乃は挨拶を返す。知らない人でも、挨拶くらいは交わすだろう。ただ、真っ黒なマントなどという異様な服装はこのような田舎には不釣り合いで、どちらかといえば西洋らしさを感じるものではあるが。

「ツキノ……といったっけ。はやく離れたほうがいい」

「……! あなた、誰?」

見ず知らずの人間に名前を知られているなど、もちろん月乃には経験のないこと。驚きと警戒心から月乃は少し後ずさった。ふふ、と笑って男はフードを外す。現れたのは、真っ白な肌に金の髪、青い瞳。思い当たる人物が、ひとりいた。

「誰といって。リアン、で通じるのかい?」

「そんな……!」

その視線に射抜かれて、月乃は持っていたバッグを取り落としへたり込む。微笑のはずなのに、どんな顔より恐ろしい。恐怖で、体が動かない。どう足掻こうが無駄だと突きつけられるよう。緋豊はこんな人物を戦ったのかと、どこか他人事のように感じた。

「おやおや、あいつは僕のことまで話したのかい? 存外口が軽かったりするのかな?」

そう言っても震えるばかりの月乃にやれやれとため息を吐くと、リアンは見下ろしながら言葉を続ける。

「そんなに怖がらないでよ。お前たちが必要以上にあいつと関わらないのなら、僕も命までは取るつもりはない」

「それでも……あなたは星楽を……」

半ば無意識に月乃が呟くと、リアンは少し驚いたように眉を上げた。

「どこかで見たような顔だと思ったら……、なるほど、あの子供の姉かなにか、かな?」

ひょい、としゃがんで、月乃の顔を覗き込む。うんうん似てる、などと笑う彼に僅かな殺意を覚えると、微妙な表情の変化にでも気づいたのか、すぐに立ち上がってこちらを見下ろした。

「うーん、しかしそうなるとなあ……。今日のところは忠告だけで済ませるつもりだったんだけど」

仕切り直すような口調に、月乃ははっとして身を固くする。星楽の姉だから? 姉妹そろって関わってしまったから? だから、殺される?

 頭が真っ白に、とはまた違う。自分の思考を遠くから眺めているような、目の前のことなのに、道路の向こう側で起こっていることを第三者として傍観してるかのような。そんな距離感。逃げたい、という気持ちとは裏腹に、体は全く動かない。

 けれど。

「うん、ここはあれだね。ごめんなさい、だね」

予想もしていなかった言葉に、先ほどとは別の意味で思考が止まる。

「ちょっと、そんな変な顔しないでよ。……もちろん、謝ったってあんたの妹を返してやることはできない。僕にそんな力はないし、あったとしても禁忌に触れる。こっちも仕事でね、あまり詳しいことは言えないが、あれの行動をある程度縛る必要があった。ああいう惨い殺し方をすれば、もう他人と関わろうなんて思わないと踏んだんだけど、無駄だったみたいだ。現にこうしてあんたたちがいるわけだし。僕だって、無駄な殺生は好まない。こうして機会に恵まれたんだから、詫びのひとつも入れるのが筋ってものだろう?」

月乃は、真面目な顔でそう語るリアンをただ見つめていた。どうにも一致しなかったのだ。緋豊が語った星楽を殺した人と、目の前の人が。嘲笑いながら命を弄ぶ人と、それを詫びるこの人が。どちらが本当の姿なのか、判別などつくはずもないけれど。

「じゃあ、これが最後の警告。あれには関わるな、死にたくなかったらね」

呆然とする月乃に背を向けて、彼はそのまま立ち去ろうとする。それでいいはずなのに、どうしてか引き留める言葉が口をついて出た。

「待っ……て。あなたは一体なんなの……。なんで、こんなこと」

「言っただろ? これは仕事だ、雇われて動いているにすぎない。指示の意味をいちいち考えたりはしない。だから僕は、どうして自分がこんなことをしているか分からない。そういうものだ」

それでは星楽は、理由も考えられないまま、そういう指示だったからというだけで殺されたのか。絶望感とやるせなさと、純粋な怒りが湧いて出た。

「恨みたいなら恨めばいい。それが当然だ」

そう言い残すと、今度こそリアンは歩き出した。その姿が見えなくなるまで、月乃は座り込んだまま思考を巡らせていたのだった。






 どうするべきか、と唇を噛んだ。リアンという人物に出会ったことを、緋豊たちに伝えるべきか否か。

 伝えるべき、なのだろう。だがそれでは、間違いなく彼女たちはここから離れて行ってしまう。それでは、星楽のことも調べられなくなる。どうしてもそれは嫌だった。せっかく手に入れたチャンスを逃したくはない。久しぶりの泊まりにわくわくとしていた気持ちは一瞬で沈んで、そのことだけが頭を占領する。

「おじゃまします」

「あら、いらっしゃい」

もうずいぶんと慣れた家。春陽の母・卯月に挨拶をして、二階の部屋へ向かう。軽くノックをして扉を開けると

「いや……なにしてるの……」

おそらく春陽のものであろう、薄いピンクのスカートを履いた圭が、スカートだというのに仁王立ちをしていた。

「昼間に約束したからな。私で散々遊んだんだ、これくらいはしてもらう」

「悪かったってば。もうほんと、勘弁してくれ……」

そうは言いつつ、なかなか楽しそうにポーズなどをとっている。こうして見ると、少し荒っぽいところはあれど少女に見え、なぜ普段あのような少年じみた格好をしているのかが不思議である。

 なんだか、どうでもよくなった。いや、よくはないのだが。こうして楽しく過ごせているのなら、それでいいと。わざわざ不安にさせるようなことは言わなくていいと。そうして月乃は先ほどの出会いを自分の胸の内に留めた。留めてしまった。それが、愚かな選択であると知りながら。

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