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神仙魔伝 紅の節  作者: 真赭 碧
2 月ト星
15/25

「さて」

と、と、と駆け下り、ふたたび緋豊と星楽の間に立ちふさがる。悔しそうに歯ぎしりする

緋豊の視線は狙い通り。

「そんなに死を認められないなら、もっとわかりやすくしてあげようか?」

なにをするつもりだ、と問う間もなく、リアンはいつからか持っていた剣を振り上げる。

いつからか――――いつから? 少なくとも、緋豊と対峙した時にはなかった。

 ひゅ、とわずかな風切り音。遅れて、ごとり、と何かが落ちる音。

「あ、ああ……」

自分がそれを認識したのかも分からないまま、震えた声を漏らす。リアンの足元に転がっ

た球状の物体がなんなのか。考えることも恐ろしく。

「これでも、死んでないって言い張る?」

ふわりと美しく微笑むと、再び剣を振り上げる。

「やめろ、やめろ! これ以上一体何をするつもりだ……!」

悲鳴じみた声を上げるが、彼を止めるにはあまりにも無力。


「目を、閉じて」


突然背後から聞こえた、幼い声。驚いて振り向く間もなく、閃光が弾ける。反射的に目を

閉じると、瞼の赤が焼き付いた。

 とん、と誰かが目の前に降り立った気配に、そっと目を開ける。

 真っ先に目についたのは、豪華なフリル。およそこんな山奥には似つかわしくない。視

線を上げれば、その主は、幼い少女であった。いや、幼いといってもおそらく緋豊と変わ

らないのだろうが。

 それにしても。

「紫……?」

新緑のような生き生きとした瞳は美しいものだ。けれどその長い髪は、藤のような淡い紫。

しかも、風も吹いていないというのにふわふわと浮いていた。

「確かにこの髪はこちらでは少々珍しいかもしれませんね。ですが、それを説明している

時間はないのではありませんか?」

優しい声で言われてはっとする。弱まった光越しに見やれば、咄嗟に後ずさったのかリア

ンは随分と遠くに立っていた。そこに今までのような嘲笑はなく、ただ困惑したようにこ

ちらを、正確に言えば紫髪の少女を見つめている。

「どうしてお前がここにいるんだい。あの場所を守れって言ったはずだろう」

「ええ。ですが貴方の帰りがあまりにも遅いので。……もう10年になるではありませんか」

10年。それは緋豊の年齢にも当てはまる。それがどうにも偶然には思えなかった。それに、

それが本当ならばこの少女は一体いくつだというのか。

「いい加減、帰ってきてください。兄様(・・)

それを聞いた瞬間、リアンの纏う雰囲気が一変する。顔をおおっていたフードを外すと、

不快そうにゆがめられた表情が表れた。

 綺麗だ。

 今までの嫌悪も憎悪も忘れて、そう思う。煌びやかな金髪や深い碧眼もさることながら、

線の細い輪郭も産まれてから一度も日光を浴びていないかのような彫刻のように白い肌も、

すべてが美しかった。美の神の最高傑作とでもいうべきか。

「やめてよ、その呼び名。あの人がいなくなった時点で、僕らの兄妹としての縁は切れた

だろう」

「……では、リアン、と」

不服そうに頬を膨らませて、少女は言う。その表情は愛らしく、けれどこうしてあの男と

対峙している以上、やはり只者ではないのだろう。

「それで、貴方は一体なにをしているのですか。それ以上は死者への冒涜と見做しますよ」

キッと睨まれて、リアンは肩をすくめる。

「そうだね。これ以上は無駄だし、ここでお前と殺しあうなんてのも御免だ。退かせても

らうよ」

「ええ、そうしてください。シーナも貴方とは戦いたくありません」

ひらひらと緊張感のかけらもなく手を振りながら、リアンは茂みへと姿を消した。


 彼の気配が完全に消えると、少女はくるりと振り返った。豪奢なドレスが翻り、華憐

という言葉がとてもよく似合う。

「お怪我は大丈夫ですか? 立てますか?」

差し伸ばされた手を取ろうとして、弾かれたように顔を上げる。

「私より、星楽は、あの子は、」

「セイラ様、とおっしゃるのですか」

立ち上がろうとする緋豊を支えて――――といっても見た目通りの非力さらしく、危うく

引きずられて倒れそうになるのを緋豊のほうが支えていたのだが――――、彼女は悲しげ

に眉を寄せた。

「残念ですが、彼女は……」

そう言い淀む少女越しに星楽を見れば、そこにあったのは無残にも首を切り落とされた死

体だった。一体この現代日本で、どれだけの人間がこんな凄惨な死に方をするのだろう。

 立ち尽くした緋豊の代わりに、少女がふらふらと星楽に歩み寄る。

「蘇生ではありませんし、構いませんよね」

そう呟くと、彼女は星楽の頭部をそっと持ち上げた。

「お前、なにを……」

「このままというのはあまりにも……。ですから、せめて形だけでもと思いまして」

「……?」

その意味が飲み込めないでいるうちに、少女は手に持ったそれを『本来あるべき場所』に

置いた。

「[Exil valnus miedendi slunabit nos ameat.《其れは哀れな形を呼び戻すもの》Et convertsimini effundit

urr vitae, qui est foma Tomuyo est hic.《命の流れ、流動には逆らわざれど、ここにその神秘を具現せん》――――Acta reparationem《生体復元》]」

緋豊には聞き取れない言語で早口になにかを呟く。ぞわりと空気が背筋を撫でるような感覚に反して、目に見える変化は見受けられない。

 いや――――。

「どういう、ことだ……」

切断面が、消えていく。端的に言ってしまえば、首がつながっていく。不可解な現象に困惑しつつ、この少女なら、星楽の命を取り戻すことができるのではないかという淡い期待が浮かんだ。――――そんな期待(こと)をするからだ。立ち上がった彼女の

「助けられなくてごめんなさい。こんなこと、詫びにもなりませんけれど」

などという言葉に打ちのめされるのは。

「駄目、なのか? 星楽はきっと、こんなところでこんな死に方をするはずの子じゃなかっただろう。生き返らせる、なんてことは」

自分の口からそんな言葉が出てきたことに、驚きを隠せなかった。本来彼女は、魔法のような安っぽい奇跡などを信じる性格ではない。

「いけません」

少女はぴしゃりと言う。

「どのような形であれ、死は死です。それがどんなに残忍で、どんなに理不尽であっても、人に、いいえ、生き物にその事実は変えられない。変えてはいけない。それは世界の流れ、ひいてはこの世の理すら揺るがしかねない行為です」

そう言う表情は、ともすればあのリアンより冷徹で。この少女が自分とは別世界の存在なのだと否が応にも知らしめた。

「お前たちは、何者なんだ」

鋭く少女を睨みつければ、彼女は大きく肩を震わせて怯えたように緋豊を見つめた。

「たち、というのは、シーナと兄さ……リアンのことでしょうか。……話したところで、どこまで信じられるか。本来シーナたちは関わるはずのない存在同士ですもの。ですが、問われた以上は答えるべき、なのでしょうか……?」

そこになにかを隠そうとする響きはなく、ただ単純にどこまで語るべきなのかを思い悩んでいるように思えた。

「わたしはシルファナ=フローリアと申します。その、一応魔法使いですし、人間ではなく妖精です……と言っても、信じられませんよね」

どう伝えたものかと考え込んでしまった、シルファナというらしき少女に、しかし緋豊は頷いてみせた。

「いいや。というより、そうでも言われないとさっきのあれに説明がつけられない」

後から思えば、緋豊がすんなりとシルファナの言葉を信じられたのは、目の前で人が死んだ――――しかも直接とどめを刺したのは自分だという、混乱を極めた思考状態だったからなのかもしれない。

「それはよかったです。けれど、残念ながらシーナはここで貴方の信用を裏切ることになりそうですね」

言い終えるか否かといううちに、シルファナは小さな手の平を緋豊に向ける。緋豊がそれに危機感を覚え、身を引くその前に。

「――――!?」

意識が遠のいて、膝から崩れ落ちる。その体をなんとか受け止めようとして一緒に押しつぶされ、じたばたと抜け出そうともがくあたり、悪人とは言い難いのだろうが、意図が読めない以上警戒しなくてはならない。ならないのに、深い眠りに引き込まれていくように朦朧としていく。

 なんとか脱出した彼女の視線を感じながら、唇を噛む。

「あの、ごめんなさい。でも、ただの睡眠魔法なので安心してください」

そういう問題ではない。それに、睡眠であれ気絶であれ意識がなくなるということに変わりはない。それは、自分の身を守れないということだ。

「セイラさん、といいましたか。どうか彼女のことを忘れないであげてくださいね。もしかしたら、彼女は家族の記憶にすら残れないかもしれないので」

「どういうことだ……どうしてそんな」

「約束です。貴方が彼女を忘れてしまったり死んでしまったら、彼女を知る人がいなくなるかもしれません。ですからどうか――――」

緋豊の声を無視してシルファナは言う。その言葉を聞き届ける前に、緋豊の意識は暗転した。






「まったく、お前はやることがえげつないね」

「貴方に言われたくはありません。それに、シーナがここにいなければ貴方が言っていたのでしょう?」

シルファナの問いには答えず、リアンはただ笑った。


 この日から、緋豊の命は彼女のものではなくなった。『星楽という少女』の存在証明のためだけのもの、そう仕向けられたもの。呪いのように彼女の命をつなぎ留める。そこに彼女の意思はない。

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