長屋と火事と宵越しの銭
長屋は壁が薄く、カンタンな造りであった。いまでいえば、プレハブ住宅に近い。
現在の我々から見れば、もっと頑丈な建築物にしたほうが、長持ちして経済的だし、当時の建築技術は世界的にも高かったはずという疑問も生じよう。
なぜなら江戸時代は火事が多く、町人の家はすぐに立て直すことができる必要性があったからだ。
さらに江戸時代は慢性的な水不足であり、火事の消し方は、基本的に燃えた家の周囲を壊して延焼を防ぐ破壊消化がメインであった。なので長屋は壊しやすい造りにしたほうが、都合がよいのである。いわば長屋は燃えてしまうのが前提にあったのだ。
こうして火事が燃え広がって、町全体が延焼することを防ぐ。
ちなみに江戸時代は約260年ほど続いたが、江戸のほとんどを焼き尽くす大火は90件以上ある。つまり三年に一度は火事があった。特に寒い冬場は暖房に火をあつかうので多かったようである。
そこで町人のほとんどは必要最低限のものしか持たないようにしていた。そのほうが避難に便利である。必要なものは損料屋というレンタルショップで、衣服・日用品・家具を一時的に借りていた。
よく、「江戸っ子は宵越しの銭は持たねえ」というが、これの本当の意味は火事で焼け出されて、家財や金銭を無くすなら、その前使ってしまえという意味があった。
また当時の職人の日給平均は約8000円で、2日働けば1ヶ月分の家賃が払えた。高い住居とぜいたくな生活を望まなければ生活はできたようだ。




