人魚姫の舞台裏
「ねえ、愛。ちょっと気になるのだけど」
私、岸澪は、村山愛に微笑みながら言った。
もっとも、自分でも人を凍らせるような視線をしていることを理解している。
「何かしら」
愛も同様の表情を浮かべながら答えた。
「何だか愛が、人魚姫に思えて仕方ないのだけど」
「だって、私が人魚姫役とクラス全員の話し合いの結果で決まっていたでしょう。そして、私が子ども向けなのだから、人魚姫の台本を作り変えたい、と言って作ったのだから。こうなっていいと思うけど」
「そりゃ、踊りや歌の技能から言って当然だけどね」
自分でも、周囲を凍らせるようなやり取りをしている、と理解しているが、我慢できなかった。
ちなみに土方鈴やジャンヌ・ダヴーも、自分達と似た表情をしているようだ。
「この化物」
自分や他の2人、ジャンヌ・ダヴーや土方鈴も同様の身であることを棚に上げて、愛を内心で罵った。
自分達の外見は、10代前半の少女だ。
しかし、中身は完全に違うといってもいい。
4人共が前世や異世界経験の記憶持ちだ。
(土方鈴は自分には異世界経験はないと言い張っているが、会話の節々からすれば自分達と同様の筈だ。)
その記憶を併せれば、100年を軽く超える人生経験を全員が持っている。
そのために、愛は前世等で芸妓として学んだ日本舞踊等については、師範どころか独立した流派を開ける程の腕前だ。
本人曰く、
「伊達に100年以上も人生を積み重ねた訳ではないわよ」
とのことだ。
ちなみに、鈴の天然理心流の武術も半ば極めたレベルに達している。
本人曰く。
「単なる素質の問題よ」
とうそぶくが、自分達が異世界に行った際に、鈴も別の異世界に行っていたのではないか。
そうでも考えないと、急に腕前が向上した説明がどうにもつかない。
今や格闘戦における能力は、真の護身に鈴は達している、と私は見ている。
校内で無差別格闘戦が行われたなら、鈴は優勝候補筆頭なのではないか。
更に疑うのなら、その異世界で「彼」と結婚でもしていたのではないか。
婚約止まりだった筈なのに、あの時以来、また結婚生活を送りたい、と鈴は言うようになった。
ジャンヌ・ダヴーは、ある意味でもっとも怖ろしい力を秘めている。
今の体は処女なのだが。
「1000人以上の男と以前、伊達に街娼として関係した訳ではないわ」
と豪語する男性遍歴を前世では誇っている。
「彼」、かつての夫が今の彼女を一度でも抱いたら、と想うと私はゾッとする。
実際、異世界で「彼」は、ジャンヌの体と技に溺れてしまい、私を捨ててしまった。
(ジャンヌ自身は、違うと言い張っているが。)
何だか私だけ平凡な人生を送っている気がしないでもない。
それはともかくとして。
「ねえ。人魚姫に子どもができないのは分かるけど。義子と人魚姫が仲良くなるのは、私への嫌み」
「そんなつもりは全くないわよ。でもね、千恵子も総司も、私を大事にしてくれたけど」
私の問いかけに、愛はそう答えた後で、言葉を切って続けた。
「あなたが、千恵子や幸恵を大事にしたことは1回もないわよね。「彼」と私が結婚するかどうかはともかくとして、「彼」を看取るのは私よ」
「ふふふ。聞き捨てならないことを言うわね」
「ふふふ。どこが聞き捨てならないのかしら」
私と愛は笑いながら、冷たいやり取りをした。
「はあ、「彼」を看取るのは今度も私に任せてね。あなた達には任せられないわ」
ジャンヌが言った。
「いいえ、今度は「彼」を看取るのは私よ。「彼」に私は看取ってもらったのだから」
鈴が聞き捨てならないことを言った。
「「彼」に看取ってもらったあ?」
私とジャンヌ、愛が突っ込んだ。
「聞き間違いよ。「彼」を看取るのは私だと言ったのよ」
鈴は開き直った。
マダム・サラは、目の前の「祖母」4人のやり取りを聞いて、胃の痛みを覚えた。
また、いい胃薬を「祖父」に探してもらい、頼んで送ってもらおう。
それくらいしてもらってもバチは当たるまい。
それにしても、「祖父」は目の前にいる「祖母」の誰か以外と結婚した方がいいのではないだろうか?
それはそれで血の雨が降りそうな会話が、私の目の前で繰り広げられているのも事実なのだが。
こんな修羅場は本当に嫌だ。
目の前にいるのが、外見上は10代前半の少女4人なのに。
まだ、この世界では誰を選ぶのか、「祖父」が何も言わない内から、誰を選ぶのかを通り越して、「祖母」達は「祖父」の最期の看取りを誰がするのかという話まで始めているのだ。
もう少し目の前のことから、「祖母」達は考えて欲しいものだ。
それにしても、今、自分が飲んでいる胃薬は、「祖父」が選んでくれた「ハスタテン」という名前の胃薬で、これはこれで効くのだが、何だか飲むたびに胃が治る一方、正気度が削られるように思えるのは何故なのだろう。
胃薬の名前が良くないのだろうか?
マダム・サラは、どうにも疑問を覚えてならなかった。
「神よ、私をお救い下さい」
マダム・サラは思わず祈りを捧げた。