96話 ショッピングモール
リリサがショッピングモールで見つけたのは、カスミではなく亜澄さんだった。
亜澄さんがおれを見咎める。
「佐藤くん?」
「あ……亜澄さん……」
「偶然だね。まさかこんなところで。家、近いの?」
「ど、どうかな。近いといえば近いかも。うち、隣町だから」
リリサが袖をひく。
「本当にカスミじゃないの? カスミにそっくりだけど。目尻のホクロも一致してるし」
まさしく瓜二つだ。おれだって、あっちの世界で初めてカスミを見たときは、そりゃもうビックリしたさ。
「ほら、あの愛嬌たっぷりの笑みを見てみろ。カスミのはずがないだろ」
「まあ、ねえ」
亜澄さんがふたたびリリサに視線を送った。
「可愛いなあ、妹さん?」
「違う。友達なんだ」
亜澄さんは膝をかがめ、リリサと同じ高さになった。
「佐藤くんの小さなお友達かぁ。わたし、クラスメイトの亜澄。よろしくね」
リリサはぽかんとしたまま会釈した。
亜澄さんを見ている目は、とても不思議そうだ。
「リ、リリサです、どうも」
ああ、そうだ……亜澄さんに確認しなければならないことがあった。この場には、ほかのクラスメイトはいないし、いまが話をするチャンスだ。
「悪い、リリサ。ここで待っててくれ。すぐに戻ってくる。亜澄さん、話があるんだ。ちょっといいかな」
亜澄さんを、やや強引に建物の外へ連れだした。
車の疎らな駐車場で立ちどまる。
「佐藤くん、急にどうしたの?」
亜澄さんの笑顔はやっぱり可愛い。
カスミも舌打ちばかりしていないで、こうニッコリしていれば、もっと魅力的だったのに。
「あのさ、きょう学校帰りに公園の前で会ったじゃないか。で、急にトラックがきて……」
……おれは亜澄さんの目の前でトラックに撥ねられたはずだ。
それなのにおれを見て驚きもしない。どういうことなんだ?
「トラック?」
「ほら、おれが撥ねられたじゃないか」
「何それー。佐藤くんが撥ねられたの?」
わけがわからない。
覚えてない、なんてことはないはずだ。
「佐藤くんも冗談をいうようになったんだね」
「じゃあさ、おれたちって、あのとき最後にどうやって別れたんだっけ」
「公園前でのことだよね? 普通にじゃあねって、いったじゃない」
なんだ、これ。まさか記憶が改ざんされている……のか?
気味が悪くなってきた。
ただそうなると、やはりこのことも確かめなければならない。
おれは死ぬ直前、亜澄さんに『つきあってください』といわれた。
改ざんされた彼女の記憶の中で、おれはどう答えているのだろうか。
「ええと……亜澄さんは、その……公園の前で……」
もしおれが『YES』と答えていたらどうしよう。
もしおれが『NO』と答えていたらどうしよう。
特に後者の場合ならば、普通は聞いちゃいけないことだ。
しかしそこをハッキリさせないことには、今後の接し方がわからなくなる。
聞きづらい。聞くのは怖いけど、聞かなくちゃ。
「……おれに、つきあってって……」
亜澄さんがにっこり笑っている。
ということは?
「いいのよ。土曜日は用事があるんでしょ? みんな、佐藤くんも来るの、期待してたんだけど仕方がないわ。でも次の機会があったら、今度こそ映画につきあってもらうからね。それともカラオケの方がいいかな」
映画につきあう? みんなが期待して?
ああ、そういうことか。よくあるオチで終わってくれたのか。なんだ……。
まっ、そりゃそうだな。話がうますぎてた。ありえるわけなかった。
いろいろ考えちゃって損した気分だ。
でもホッとした。
YESといって、つきあったんじゃなくて。
「おーい」
兄の声だ。おれを呼んでいるようだ。
ふり向くと、建物の出口で手をふっていた。
サラとリリサも一緒にいる。
亜澄さんの視線もそっちに流れた。
「兄貴だ」
「お兄……さん?」
「そう、あれが兄貴だ。隣にいるのは義姉なんだ」
「姉っ!?」
亜澄さんが明らかに驚愕している。
あたりまえだ。イギリス人とインド人のハーフをアネとかいったら、そりゃビックリするだろう。どう見ても日本人ではなくて、コーカソイドだもんな。
「兄の嫁ってことだよ」
「ああ、そういうことね」
納得してくれたみたいだ。
「じゃあ、またあした学校で」と亜澄さん。
「うん、じゃあ」
ここで別れることとなった。
亜澄さんは兄たちに一礼してから踵を返した。
おれは兄たちのもとへ戻った。
兄は視線を亜澄さんの背中からリリサに移した。
それからおれに耳語する。
「おいおい三角関係なんてやめてくれよな」
「そーいうんじゃないから」
彼女はおれとは真逆で、クラスで1番人気がある女の子だ。立ち位置が違いすぎる。それにリリサともそんな関係じゃない。
リリサが不思議そうにおれの顔を見あげている。
「えっと、なんだ?」
「そういえばさあ、佐藤がもとの世界に帰りたがっていたのって、待っている人がいるからだって言ってたでしょ? さっきの子のことなの?」
全身から汗が噴きだした。
「ち、違う。そんなことあるか。待ってる人って……祖父のことだよ。ホント、孫が可愛くてしょうがないみたいでさ」
ということにしておいた。




