95話 居間
「どうして兄貴が向こうの世界を知ってるんだ。おかしいだろ」
「おかしくはない。俺もいってきたからな」
兄も異世界に?
「じゃあ、おれがきょう死んで、きょう生きかえったって、なんで兄貴にわかったんだ」
「そりゃ占いにでたからさ。お前がそろそろ向こうの世界から戻ってくるってな」
「占いだって?」
兄はニヤリとした。
「嫁のサラ、向こうの世界で占い師やってたんだ。凄腕として有名だった」
「ホントかよ」
「疑うんだったら、聞いてみればいいさ」
おれは兄の嫁に向いた。
「あのう、占い師だったんですか?」
「What's that?」
「ああ、えーと。イ、イエス......」
彼女とはまだ1度も会話が成りたったことはない。挨拶以外では。
このようすに兄が鼻で笑った。
「そんなことより、いつまでその子をそこに立たせてるんだ? 早く家にあげてやれ。居間で話をしようか」
そのとおりだ。リリサを居間に通した。
彼女は靴を脱ぐ習慣に驚き、家の造りに驚き、テレビにも驚いていた。
そして何よりも、ガラスが潤沢に使用された窓に驚愕するのだった。
「ガラスがこんなに。佐藤の家って大富豪だったのね」
耳語する彼女に頭をふった。
「こっちの世界じゃ、ガラスはさほど高価じゃないんだ。どこの家の窓だってガラスくらいはある」
「へえー、すごい」
共稼ぎの両親はまだ帰宅していない。
いまここにいるのは兄とその嫁サラ、それからリリサとおれだ。
兄は向こうの世界に3年もいたそうだ。おれは1年もいなかった。
ただし『兄のいた世界』と『おれのいた世界』が、一致するのか否かは不明だ。
「いいか、うちは部屋が足りない。その子を居間に寝かせるわけにもいかないから、お前の部屋で寝泊まりさせるんだ。いいな?」
別に問題はなかろう。リリサとはずっと雑魚寝をしてきた仲だ。
一応、彼女に尋ねてみる。
「リリサ、構わないよな?」
「えっ? ええ」
こらこら、顔を赤らめるな。こっちまで恥ずかしくなるじゃないか。
そういえば、いまは体が完全にオンナに戻ったんだっけ……。
なんだかおれまで落ちつかなくなってきた。
兄が首をかしげる。
「どうかしたか」
「なんでもない」
あっちの世界にいた頃、リリサがオンナに戻る満月の夜がずっと楽しみだった。
しかし本当に普通のオンナになってしまうと、どうも戸惑ってしまう。
いいのだろうか、おれの部屋に寝泊まりさせて。
それにしてもなんだろう、この違和感。
リリサを横目に見る。いつものリリサだけどなあ……。いいや、違う。リリサらしくない。まるで借りてきた猫のように大人しいじゃないか。ちょっと笑えてくるほどだ。
まあ、何もかもが勝手の違う異世界にきてしまったのだから、こんなものかもしれない。
リリサをこの家に居候させることについて、両親の説得には兄も協力するといってくれた。なんと心強い。
そしてサラがぼそぼそと何かいうと、兄は首肯した。
ちなみにおれのヒアリング力では、彼女の英語はまったく聞きとれない。
「サラのいうとおりだ。隣町のショッピングモールにでもいってみるか? 店が閉まらないうちに。その子の衣料品とか日用雑貨とか、買いそろえなければならないだろ」
確かに着替えとか必要だ。
しかも信じられないことに、兄はおれにカネを貸すとつけ加えた。
あのケチん坊が貸してくれるなんて……。あしたは雨か?
いやいや、感謝しなくては。
両親への説得の件といい、きょうの兄はいつもと違う。
4人でショッピングモールへいった。
陳列された商品は、リリサにとって初めて見るものばかりだ。
子供のようにはしゃいでいる。
ああ、また1つ違和感を見つけた……。
はしゃぐのはイイのだが、いちいち胸部が揺れている。
こんなのリリサではない! 良いリリサだ。
下着に関しては、いっさいをサラに任せた。
こういうとき義姉がいてくれるのはありがたいことだ。
「そろそろ帰ろうぜ」と兄。
もう買うべきものはすべて買った。
だけど楽しそうにしているリリサを見ていると、もう少しここに居させてやりたくなる。兄たちには先に帰ってもらおうか。
そのときだった――。
リリサが声をあげる。
「カスミ!」
えっ、カスミ?
リリサの視線の先を目で追う。
本当にカスミがいるではないか。
おれたちはショッピングモールで奇跡的に再会した。
……と思った。
「カスミって誰のこと? わたし、亜澄だけど」
愛嬌たっぷりの笑顔がそこにあった。




