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92話 呪いを解いてあげる


 タララッタ、タァータァー、ターターター♪


 魔界の空間に懐かしい音楽が鳴りひびいた。

 特技インドの『ボリウッド』だ。


 男とは踊りたくないのだが仕方がない。

 さあ、頼むぞ、トアタラ。奴がおれと一緒に踊っている間に、黄龍の聖剣でぶっ刺してくれ。


 おれの体がリズムに乗る。

 リリサが踊る。カスミが踊る。ニナも踊った。


 おれの体が魔王にひき寄せられていく。

 魔王の体もおれにひき寄せられて……いない!?


 魔王は片手を高くあげ、指をパチンと鳴らした。

 すると音楽が止まった。

 特技ボリウッドを無効化しやがった。とんでもない奴だった。

 やはり魔王は次元の違う怪物だ。おれたちに為すすべがないのか。


 急に踊りを止められたリリサやカスミたちは、ゴロンと転んでしまった。


 カスミが舌打ちする。

 リリサは歯を食いしばって立ちあがった。


「負けないわ、絶対に魔王を倒すの」


 得意魔法の『氷柱』を放ち、『氷剣』を放つ。

 しかしどちらも魔王には届かなかった。


「聞くけどさあ、キミはボクを倒して何がしたいの?」

「決まってるじゃない。かけられた呪いを解くのよ!」


 魔王が指でアゴをこする。


「ああ、呪いね。呪いを解きたかったのかぁ。だったら解いてあげるよ」


 えっ、解いてあげる?

 リリサにかけた呪いを解いてくれるのか。

 

「だけど解くのは、キミのじゃなくて、あっちの子の呪いにしよう」


 魔王が指差したのはニナだった。


「えっ? えっ? イヤですぅー。こんなところでイヤですぅーーーーー」


 ニナが大慌てで逃げる。

 魔王の指先が光った。ほぼ同時に、走るニナの体も光った。


「きゃああああああ」


 ニナが悲鳴をあげた。

 魔物の体は徐々に変化し、人間の体となっていく。


「ひやーん、見ないでください。見ないでください」


 ニナの足が止まった。両手で体を隠し、その場にしゃがみこむ。

 て、ことは……。


「お前、もとは人間だったのか?」

「そうですぅ。呪いで魔物に変えられたのですぅ。見ないでくださーい」


 そして彼女は完全に人間の姿と化した。

 おれは後頭部に、リリサからゲンコツをもらった。


「こらっ、全裸の女の子をガン見しない! 早く上着を貸して」


 リリサはおれから上着を剥ぎとると、泣いているニナに被せた。

 さらにトアタラも自分のローブを脱ぎ、ニナに掛けてやるのだった。だけどあのローブ……確か『魔女のローブ』とかいう魔力の込められたアイテムじゃなかったか。貸すだけとはいえ、ちょっと勿体ないような気がしないでもない。


 突然、リリサがハッとした顔になる。


「あ……あなたはもしや……ミトラルダ国の王女ニナーリャ様ではありませんか」

「そうですぅー。でも魔物に変えられたのですぅ―」


 魔王が笑う。そしてその目が光った。

 その瞬間、おれは胸騒ぎがした。嫌な気がしてならなかった。


「もう1人だけ、呪いを解いたら面白そうな子がいるね」


 まさか?


 魔王の指がトアタラに向く。

 そんな……。やめろ。


 おい、やめてくれ。


 やめろ、やめろ、やめろ。

 やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ。

 トアタラに手をだすな。


「やめろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 魔王の指が光る。

 おれは自分の体でトアタラを覆い隠そうとしたが、まったく間に合わなかった。


 トアタラの体が光った。


 嘘だろ。トアタラが人間でいられなくなるってことなんて、ないよな?

 お願いだ。人間のままでいてくれ。


「トアタラっ」


 彼女に向けて手を伸ばした。


「佐藤……」


 トアタラも手をだす。

 その手にはうっすらとウロコが現れはじめていた。

 おれは思わず手を引っこめた。


 ああ、おれはどうして……。

 それでもトアタラは笑顔を見せてくれた。


「いいんです。気にしないでください」


 気にするさ。だって、あたりまえじゃないか。

 トアタラの首筋にもウロコが広がってきた。

 そして頬のあたりにも微かにウロコが見えている。


 魔王は愉快そうだ。


「醜いね。ああ、醜い」

「醜くなんてない! トアタラはこんなに綺麗な人じゃないか」

「でも、ほら。醜いだろ? 気持ち悪いだろ? ハハハ」


 魔王はさらに大声で笑った。


「黙れ! 醜くなんてない。気持ち悪いなんてこと、あるものかっ」


 おれはトアタラにもう1度、手を伸ばした。

 しかし彼女は手をだしてこない。


「トアタラ?」


 彼女が首を横にふる。


「お願いだ、トアタラ。手を!」


 彼女は小さく腕をだした。

 その手は震えていた。


 五指は完全にウロコで埋めつくされてしまった。

 爪も鋭くなっている。


 おれはその手を捕まえた。ぎゅっと力を入れる。


「ほら、大丈夫だ」


 だってトアタラはこんなにも美しいのだから。

 おれはどうして、これまでウロコに触れられなかったのだろう。気持ち悪いと思っていたことが、いまではまったく信じられない。


 両腕で彼女を抱きしめる。


 もっともっと前から、こんなふうに彼女と触れていたかった。

 ずっとずっとこうしていたい。永遠に。


 トアタラの目から涙があふれだした。


「わたし、最後にあなたと手をとりあうことができて嬉しい……。夢がかないました。短い間でしたが、人間になれてよかった」


 涙によって瞳が星のようにきらきらしていた。

 これが彼女が見せる最後の笑顔なのか。もう2度と見られないのか。


 ウロコが口もとや額にも生じてきた。

 まもなくウロコは全身を覆い尽くした。

 尾が伸び、手足が縮んでいく。


 やがてトアタラはおれの懐で、完全な爬虫類の姿となった。


 許さねえ、魔王。


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