90話 残念。魔王を殺すの
玉座の間に通ずる闇の扉が開いていく。
その向こうに魔王がいるのかぁ……。いよいよだな。
扉が完全に開くと、魔物の大群がとびだしてきた。それらが魔王ではなくてホッとしたような、またガッカリしたような気分だった。
カスミの手下・ニナが叫ぶ。
「ず……頭が高いです。こ、ここに御座すはグラナチャ様ですよ」
魔物たちの動きが止まった。奴らは仮面をつけたカスミを、怪訝そうに見据えている。
もともと土の魔女の所有物だった『魔人のウルミ』を、カスミに持たせておいた方がよかったかもしれない……なんてことを一瞬思った。だがそんな小細工したところで、バレるのは時間の問題だ。
で、これからどうする? もちろんやるしかない。こんな奴らに苦戦するようでは、魔王なんて倒せないだろう。
「みんな、覚悟はいいな?」
「いつでもどうぞ」とトアタラ。
「当然よ」とリリサ。
「早くして」とカスミ。
「えっ? えっ? 何のことですかぁー」とあたふたするのはニナだった。
超長剣『魔人のウルミ』をふり、ビュンと鳴らした。魔人のウルミと相性バッチリの特技『カラリパヤット改』を見せてやる。
魔物が大群で来ようと、負ける気はしなかった。
奴らに向かって叫ぶ。
「来いよ、おれが相手だ。殲滅してやるぜ」
魔物たちの猛突進。角の生えたもの、牙の生えたもの、爪の生えたもの、棘の生えたもの、翼を持つもの、尾を持つもの、甲羅を持つもの、触手を持つもの、4つ足や6つ足……などがやってきた。
魔人のウルミがそれらを、切り裂き、屠っていく。
「どうしたの、その魔人のウルミ! 以前と比べて、切れ味が格段にあがってるじゃない」
リリサめ。おれを褒めずに武器を褒めるのか。
まあ、確かに切れ味は抜群だが。
「よくわからんけど、魔人のウルミってぇーのは、使い手の技量に応じた力を発揮するのかもな」
しかし敵は雲霞のごとき大軍だ。斬っても斬っても切りがない。
こりゃ、ちょっぴり参る。
「佐藤。わたしと交代してくれませんか」
「トアタラ? 構わないけど……いいのか?」
「はい、任せてください」
トアタラは『黄龍の聖剣』を両手で高く掲げた。
煙や蒸気のような白い気体が、ゆらゆらと剣を覆う。
その剣をゆっくりとおろし、刃を優しく撫でた。
「佐藤、そこを退いてください!」
黄龍の聖剣を覆う白い気体が濃密になり、剣先から一気に噴出した。
白い気体を浴びると、宙を浮遊する魔物は落下し、地に立つ魔物は伏していった。まるで殺虫剤を吹きかけられた虫けらのようだ。
「トアタラ、すげえな。なんだ、それ」
「はい、黄龍の聖剣が放つ瘴気のようなものです」
「黄龍の"聖"剣なのに瘴気ってか。滅茶苦茶だな」
「佐藤、そこは気にするところじゃないでしょ。トアタラ、わたしも加勢するわ。氷柱や氷剣だとちょっと物足りないから、ここで見せるのはやっぱりフレアね」
リリサが指で菱形を作る。ふっと息を吹きかけると、灼熱の炎が放出された。
みるみるうちに魔物たちが、真っ黒に焼きはらわれていく。
「ひいいいいい。あなたがたはなんなのですかぁー」
傍で悲鳴をあげたのは、カスミの手下である魔物のニナだ。
澄ました顔でカスミが答える。
「わたしたち? もちろん魔王を倒しにきたのよ」
「そんなそんな。わ、悪い魔物たちだったんですね」
「そうよ。知らなかった?」
「ひいいいいい。わたしはどうしたら……」
ニナが頭を抱えて狼狽する。
「あなたも同罪よ、ニナ。魔王に逆らうわたしたちに、味方してきたんだから」
「ひいいいいい。でも……た、単なる父娘喧嘩ですよね」
「いいえ、残念。魔王を殺すの」
「そんなーーー。わたし、どうすればいいんですかぁーーー」
魔物のニナは膝をつき、わんわん泣きだした。
さすがに可哀そうに思えてきた。
だからといって、何か声をかけてやるのも、ちょっとなあ……。
「佐藤、どっちを見てるのよ! わたしのフレアやトアタラの剣の瘴気に耐性のある魔物が、まだまだいるでしょ。それらを片づけてって」
手落ちの始末はおれの役目らしい。
まあ、確かに大軍は2人に任せた方が効率的だな。
ニナは大粒の涙を流してまだ泣いていた。




