89話 魔物のニナ
どうにか魔界の扉を通過することができた。
カスミが手下の魔物たちを見回す。
「父上のもとに大人数でぞろぞろと行くのもねえ。同行者を絞ることにするわ」
そういって、おれ、トアタラ、リリサを指名した。それからもう1匹、手下の中で最も弱々しく見える魔物を指差した。なんとなくわかる。そいつならば魔王を前にしたときに、おれたちを裏切ろうともたいした問題にはなるまい。
残りの魔物は扉の近くで待機となった。
扉の内側には1本の道がある。逆に道以外には何もなく、単なる空間だ。
その道はまるで闇に架かったつり橋のようであり、とても細く、どこまでも長く、延々と続いている。
2列で歩けるほどの幅はなかったので、1列になって歩いていく。
おれは前から2番目となった。
先頭はカスミに指を差された魔物だ。しかしずっと一本道なので、道案内させる意味がほとんどなくなっている。これから先、そいつが役に立つときなんてくるのだろうか。
ちなみに魔物としては、比較的人間に近い体つきをしている。頭部の大きな角、背中の小さな翼、指先の鋭い爪、臀部付近から伸びる細長い尾などの特徴はあるが、それらを除けば人間の女と見間違うかもしれない。
けしからんのが胸部だ。なんのつもりだ、その2つのスイカは。お前はグラナチャかよっ。目のやり場に困るじゃないか。てか、どうして魔物は服を着ないのだ。
おれは発情しないぞ、魔物なんかに。
「いてっ」
頭を叩かれた。この位置からして、犯人はおれのすぐ後ろを歩くリリサとしか考えられない。
ムッとしてふり返った。
「何すんだよ」
「あー、ごめん。なんとなく」
なんとなく、で叩くな。
このあと何故か、歩く順番が替わった。
おれはリリサの後ろとなった。
「あのー」
道案内の魔物の足が止まった。
「何よ」
最後尾のカスミが、不機嫌そうな声で応答した。
「す、すみません、すみません。1つだけ、うかがいたいことがありまして」
魔物は後方に向いて、何度も頭をさげていた。
「だから何よ」
「はい。そこのゾンビさんたちは、本当にゾンビさんなのでしょうか」
「あたりまえじゃない」
「でも……言葉を普通に喋ってましたけど」
これはリリサが悪い。
普通に喋ってしまったのは、リリサがおれを叩いたからだ。
それなのにどうしておれを睨むんだ、リリサ?
カスミが舌打ちする。
「わたしを誰だと思ってるわけ? わたしの魔力を以ってすれば、もとの人間に近いままゾンビにすることが可能なのよ。これらもそう。ゾンビにはしたけど、時間さえ経てば自由に言葉を操れるようになるの」
「す、すみません、すみません。グラナチャ様の魔力は偉大だったのですね」
魔物はふたたび前を向いて進む。
カスミのいうことをすっかり信じきっているようだ。
「あー、そうそう。あなたたち、それそろ顔の布を脱いだらどう?」
その言葉に甘えて、おれたちは顔を晒すことにした。
カスミが魔物に問う。
「ところであなた。名前は?」
「ニナです」
といってふり返る。
「ひぇーーーーーーー。人間!」
ニナという魔物はおれたちの素顔を見るなり悲鳴をあげた。
カスミが舌打ちする。
「みんな血色はいいけど人間じゃないわ。ゾンビだといったでしょ」
「すみません、すみません。そうでした。実はわたし、人間に体を見られるの、駄目なんです」
「ふうん。ちなみに人間に見られたらどうなるの?」
ニナは手で胸部を隠し、尾で下を隠している。
「は……恥ずかしくて死にそうになります」
「そう? でもこれらはゾンビだから安心ね」
「は、はい」
やがて道は行き止まりとなった。
終点はロータリーのような円を描いているが、かなり広々としていた。
「あのー」ニナがカスミに向く。「わたしが魔王様をお呼びしてよろしいのでしょうか」
魔王様をお呼びする?
そうか。この先に魔王がいるということか。とうとうおれたちは魔王のもとにやってきたんだ。
「ええ、そうね。あなたが呼んで」
おれは魔人のウルミをしっかりと握った。
全身に戦慄が走り、胸の鼓動が速くなった。
ニナが叫ぶ。
「いでよ、玉座の間に通ずる闇の扉よ」
また扉か。いくつあるんだよ。




