8話 レベルアップ
負傷したバクウを小屋へ運んでいたが、彼は途中で目を覚ました。歩けるといい張り、自らの足で進むのだった。森は深さを増すほど、足場は悪くなっていく。彼がつまずくたびに、おれとトアタラとで大きな体を支えるのだった。苦労の末、バクウの小屋に到着。彼は千鳥足で中へ入っていくが、突然、床にドタっと座りこんだ。相当無理して歩いていたのだろう。
おれとトアタラとで相談し、戦利品の薬草はバクウのために使うことにした。ところが薬草の使用方法がわからず、結局、あとでバクウ本人にとり扱いを頼むことになってしまった。
それ以外の戦利品についても2人で話しあった。棍棒、兜、鎧はバクウに譲ることですぐに決まった。山賊長の装備品はバクウにしか使用できないからだ。残った装身具などの小物は、トアタラと分けあうことになるが、以下のものがあった。
ネックレス、ブレスレット、青い小石、曇った小鏡
それぞれの価値がほとんどわからないながらも、ネックレスと鏡はトアタラがとり、ブレスレットと石はおれがとることになった。ちなみにブレスレットは足首にはめた。おれの細めの手首には、ぶかぶかだったからだ。
薬草処置を終えたバクウがいう。
「お前らレベルがあがってるんじゃないのか。確認してみろ」
屈強な山賊を撃退したんだから、確かにあがっているような気がする。
ではまず、おれからだ。台の上にある石板に手をかざす。光が浮かびあがった。
あなたのステータスは以下のとおりです。
レベル 2
職業 踊り子
攻撃力 8 + 1
防御力 8 + 0
持久力 7 + 0
敏捷性 16 + 15
魔力 1 + 7
魔法 使える魔法はありません
特技 インド
所持金 12,083マニー
装着品 盗賊の証 青光石
その他 特にありません
予想どおりレベルはあがっていた。プラス表記があるのは『装着品による加算』の意味だとバクウが説明してくれた。小石はポケットに入れておくだけで、装着品とみなされるようだ。1つ不満なのは攻撃力・防御力・持久力において、20歳の村人男子平均には依然として及んでいないことだ。しかし彼ら村人たちも、あれだけ山賊とやりあえたのだから、実力者がそろっているのかもしれない。
続いてトアタラの番だ。彼女は山賊長にとどめを刺しているが……。
あなたのステータスは以下のとおりです。
レベル 2
職業 愛玩動物
攻撃力 4 + 0
防御力 6 + 1
持久力 5 + 0
敏捷性 4 + 0
魔力 15 + 12
魔法 使える魔法はありません
特技 天気予報、暗視
所持金 12,088マニー
装着品 風の首飾り 白闇の鏡
その他 呪われています。ただし満月の夜間のみ呪いが解かれます。
トアタラもあまり伸びてはいなかった。彼女の場合、もったいないのは魔力だ。合計27にもなるのに、使える魔法がないとは。
おれにしろトアタラにしろ、ステータスの内容はたいしてあがっていないように感じられたが、バクウによれば、最初のうちはこんなものだという。仮に急激な上昇があった場合、体や精神に異常をきたすことになるからだとか。
「そういえばさあ、バクウは呪われているから敵に攻撃できないんだろ。でもトアタラは山賊の長にトドメを刺した。つまりは攻撃が可能ってことだよな。だとすると2人の呪いは違うものなのか」
トアタラが首肯する。
「もちろん別物です。世の中には数多の呪いが存在しています」
「そっか。じゃあ呪いには気をつけなくっちゃな」
「ですがわたしの場合、この呪いをとても気に入っています」
どういうことだ?
おれが首をかしげると、バクウが笑った。
「はははははは。呪いは人それぞれだ。さて、少年はこれからどうするつもりだ。ここへきたのは、借金があるため仕事がほしいからだったな。だが図らずもカネはじゅうぶん得ることになった。当分は飲食にも困るまい」
「はい。おカネを得たことですし、インドを探す旅にでるつもりです」
「そういえば少年の特技名もインドだったな。そこに何かあるのか」
おれは兄の言葉に従い、インドへいかなければならない。もとの世界に戻りたいのだ。そして亜澄さんに……。
「おれを待ってる人がその先にいるんです」
あー、いっちゃった。いっちゃった。
亜澄さんのことを『待ってる人』なんていっちゃった。
くゎーっ、自分でいっておきながら恥ずかしい。
でもそうなんだ。亜澄さんの心が変わらないうちに、早くもとの世界に戻らなくてはならない。
「羨ましいです、その人」
え? トアタラのセリフに一瞬、耳を疑った。よせやい、勘違いしそうになるだろ。彼女はおれの考えたような意味でいったんじゃないんだ、絶対に。
トアタラの瞳がじっとおれを見据えている。可愛い……。そのようすを見たバクウが口を開く。
「トアタラも連れてってやってくれねえか。トアタラには身寄りがなく、仕事もない。ここに住まわせるわけにもいかない。少年がひきとってくれれば、わしも安心できる。それに人見知りするトアタラが、なぜか少年だけには懐いてるんだ」
「で、でも……」
トアタラに見つめられている。まさか、おれについてくる気があるのか? いやあ、無理だろ。女の子と一緒の旅だなんて。確かにトアタラは綺麗だし可愛い。一緒に旅ができたらムフフって思うさ。でもおれには亜澄さんがいる。きっといまもおれを待っている。
もちろんトアタラとの旅は捨てがたい。捨てがたいが……。くそっ、心が揺らぐなあ。ああ、そうだ。トアタラがおれに向けているのは、単なる友情的な親しみによるものだ。恋愛感情なんてありえない。そもそもおれは亜澄さん一筋だ。なんてったって、亜澄さんとは両想いなんだからな。
きちんと断るんだ。友好的に接してくれるトアタラには悪いが、旅には連れていけない。非常にもったいない気もするが、女の子との二人旅なんていう選択肢は、おれにはない。詫びを入れよう。
トアタラに向かって静かに低頭した。
彼女が嬉しそうな顔をする。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
あ、違う。それ勘違い……。
彼女も頭をさげた。そして顔を起こすとバクウに向いた。
「わたし、嬉しいです。やっとお友達ができました。これから佐藤と一緒に旅にでます」
おれはそんなつもりで頭をさげたんじゃないって。
すぐに誤解を解かなくては!
聞いてくれ、といいかけたとき、トアタラが跳びこんできた。
おれの首に両手を回し、はしゃぐように抱きついた。
ちょ、胸部が当たってるんですけど……。
「待て待て」
絡みつくトアタラの両手を体から剥がした。
「嬉しいです、嬉しいです」
トアタラが涙を浮かべている。
しまった。NOといいだしづらくなってきた。
それでもいわなければならない。
ぐっと腹に力を入れ、口を開く。
「だけど一緒の旅はインドに到着するまでだぞ」
おれ、何をいってるんだ?
「はい、インドまでお供いたします」