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88話 魔界よいとこ一度はおいで

 カスミがふたたび仮面をつける。

 そして麻袋から布をとりだした。


「みんな、これ被って」


 どうやら仮面の代わりに被らせるつもりだ。


「いいこと? あなたたちはゾンビなんだから、ウーとか、アーとか、ウォーみたいに吠えなさい。とにかく『あ行』以外の発音は禁止よ」


「なんだよそれ。だいたい被る必要ってあるのか? ゾンビのフリだけしてれば問題ないと思うんだが」

「それじゃ聞くけど、ずっと表情を変えない自信はある? 上空から落とされそうになっても、そのままの顔でいられる?」


 おいおい、理由については納得したが、恐ろしげな例えはやめてくれ。

 上空から落とされる、なんてことはナシだよな?


 とりあえず布を受けとった。

 カスミを見ながら、あることに気がついた。

 ――これは結構、重要なことだ。


「なあ、カスミ。布はまだあるか?」

「たくさんあるけど」

「それはよかった」


 おれはある考え(、、、、)をカスミに告げる。

 すると仲間3人から冷ややかな視線をもらった。


「ちょっとみんな、そんな顔することはないだろ?」


 カスミが咳払いする。


「忘れたのかしら? 『あ行』以外の声は禁止だといったはずだけど」


 あー、はいはい。「ウォー」でしたね。


 渡された布を被った。目の部分は少しだしておく。

 鏡など見なくてもわかる。ものすごく格好悪そうだ。もう少し工夫はなかったものか。


 カスミは手下の魔物どもを呼びつけた。

 奴らにおれたちのことを話す。


 カスミの説明によれば、おれたちは魂を食われ、彼女の眷属というものになったそうだ。

 そんなホラ話を聞きながら、鼻で「ふっ」と笑ってしまった。

 カスミに睨まれる。

 はいはい、失礼しました。「ウォー」ですね。



 ◇  ◇  ◇  ◇



 おれたちは空高く飛んでいる。カスミの城に連れられたときのように、翼の生えた魔物たちに体を掴まれている。

 ただカスミだけは立派な駕籠(かご)に乗り、優雅に運ばれていた。偉くなったものだ。


 向かう先は魔界だが、『魔界に通ずる扉』はこの世に3つあるのだという。空の扉、陸の扉、海の扉。そのうち洞窟から最も近いのが、これから行く空の扉なのだという。


 雲1つない真昼の空なのに、何故か上昇するにつれて光が失われていく。

 濃紺の中空に、朱色の光の模様が見えた。以前、シュラーが地面に描いた魔法陣に似ていなくもない。

 もしや、あそこが空の扉、すなわち魔界の扉なのか?


 カスミの声が耳に届く。


「懐かしいわ。魔界の扉……」

「お、お忘れですか? あれは魔界の扉ではありません。単なる装飾ですが」


 カスミの舌打ちが聞こえた。


「冗談に決まってるでしょ。ここ笑うところなんだけど?」


 魔物たちが慌てて笑いだす。

 おれを掴んで飛んでいる魔物は、爪を立てやがった。


「おい、お前も笑え」


 は? どうしておれも笑わなきゃいけないんだ。

 てか、『あ行』でどうやって笑えばいいんだよ!

 あっあっあっあっ、か? いっいっいっいっ、か?


「うっうっうっうっ」

「こいつ、気持ち悪い笑い方するアンデッドだな」


 余計なお世話だ。てか、やらせるな。


 魔法陣のような光の模様は、次第に数を増していった。


 そしてついに空に浮く巨大な扉が現れた。

 今度こそ魔界へ通ずる扉なのか。


 魔物たちは翼をはばたかせながら静止した。

 そのうち1匹が扉に向かって叫ぶ。


「魔王様の御愛嬢の御帰還だ。魔界の扉を開けよ」


 静かにゆっくりと扉が開いていく。

 中から2匹の魔物がでてきた。

 翼が優雅に黒光りしている。手には大きな槍を持っていた。


 カスミの乗った駕籠をのぞく。


「出迎えご苦労」とカスミ。

「念のため、ご芳名をいただけますか」


 カスミが返答に窮している。まさか名前を知らなかったのか。


 ここでおれは暴れた。

 魔物に掴まれながらも、手足を激しくバタバタさせる。そして吠えた。


「ウォー、オー、ウォー」


 カスミは2匹の魔物に「待て」といい、駕籠をおれの方へと誘導する。


「静かに!」


 カスミに頭を叩かれ、首根っこを掴まれた。

 彼女の耳が口もとにくる。おれの意図を()みとってくれたようだ。


「名はグラナチャだ」


 小声でいってやった。

 カスミがチッと舌打ちする。


 まさかその舌打ちって、ありがとうって意味なのか?


 駕籠が離れていく。そして扉の前に戻った。

 カスミは平然とした顔で、2匹の魔物に聞きかえす。


「で、わたしの何が聞きたいと?」

「ご芳名です」

「グラナチャだけど何か?」


 2匹の魔物はヒソヒソと話しあい、ふたたびカスミに向いた。


「恐れ入りますが、その仮面を外してくださいませんか」


 どうやらまだ疑っているようだ。

 今度はさすがにヤバいか。


 カスミの手がゆっくりと仮面にかかる。

 手はそのまま動かない。もちろんそれ以上は動かせないのだ。


 カスミがこっちを向く。じっと見据えている。

 いや、もう、おれだってどうすることもできねえよ。


「失礼だぞ!」


 カスミの手下が2匹の魔物に叫ぶと、次々と声があがった。


「失礼だぞ!」「失礼だぞ!」「失礼だぞ!」


 いいぞ、その調子だ。


 ふたたび2匹の魔物がぼそぼそと話しあう。

 そして奴らの視線はカスミの胸部にいった。


 結果、2匹は顔を合わせて首肯し、おれたちを扉の中へと通すのだった。


 ほら、見ろってんだ。おれの提案で命拾いしただろ!

 みんなからは軽蔑の眼差しを向けられたけど、カスミの胸部に布をたくさん詰めこませておいて正解だったじゃないか。

 ああ、あの冷たい視線に、おれはどんなに傷ついたことか……。



 こうして魔界に入ることができた。

 おれのおかげだ。


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