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87話 Sadhvi

 カスミを先頭に、長い階段をのぼっていく。

 いきついたところは洞窟の出口だった。


 その先には何もない。穴の外は断崖絶壁になっているのだ。翼の生えた鳥や化け物ではない限り、実質的に出口としての意味をなさない。

 しかしここからは壮美な大渓谷を眺望することができる。おれはその佳景に目を奪われ、恍惚となった。


 カスミがコホンと咳払いする。


「話を始めてもいいかしら?」


 景色に釘づけとなった視線をいったん休ませ、カスミに向いてみる。


「そうだったな、聞かせてくれ。どうしてカスミがこんなところで、土の魔女のフリなんかしてるんだ」


 カスミは「話、長くなるわよ」といって、石の上に腰をおろした。

 聞き手のおれたちも、岩床に座りこむ。岩壁に立てかけられたカスミの杖が、コロンと倒れた。小さなドクロが外れると『癒しの杖』だったことがわかった。




 ……あの日、魔王の放った『インドラの雷』のせいで、わたしたちは離散したのよね。わたしが生きのびることができたのは、この『癒しの杖』のおかげ。ヤケドやケガは、もうほとんど完治したわ。


 でも周りには、もう誰もいなかった。独りぼっちになって、近場の村や集落を訪れたけど、どこも廃墟だった。


 わたしの職業は知ってのとおりサドゥヴィ。サドゥーの女版ってこと。他者からの喜捨だけで生きていかなくてはならないの。サドゥーやサドゥヴィって、一般に修行僧とか苦行僧とかいわれてるけど、たまーに乞食僧なんて揶揄されることもあるわ。みじめよね。


 それはそうと、人なんてぜんぜん居やしない。当然、誰からも食べ物を与えてもらえなかった。だけどわたしは幸運だった。火の神に勝利してレベルアップしたとき、いくつかの特技を身につけていたから。みんなもわたしのステータスを見たはずよ。覚えてるかしら? その1つが『断食』だった。それを使えば胃に食料を供給せずとも、生きていられるようになったわ。便利といえば便利だけど、肌は荒れ放題なのよね……。


 わたしはあなたたちが生きていると信じていた。きっと生きのびてクルス村に向かうのだろうと思ってた。わたしもそこを目指して歩きたかったけど、みんなとは違って体力がなかった。そのうえ断食中だと、まったく力がでないし。結局、クルス村へいくのは諦めた。


 そんなときにね、魔物が現れたの。魔王の(しもべ)だった。もうここまでかって思った。だけど全身の戦慄はすぐに治まってくれた。不思議とすぐに落ちついてきたわ。わたしはどこまでもサドゥヴィだった。

 世の中には2種類のサドゥヴィがいるの。清廉潔白なサドゥヴィとそれ以外。わたしの場合、どう考えたって後者よね。


 魔王の僕を前にして、口からでてくる言葉は『うそ』や『まやかし』だらけ。うまくいったわ。だってこういうの得意だもの。ある意味、プロなのよ。簡単に信じこませちゃった。わたしが魔王の娘だって。

 最初に遇った魔王の僕が、奴らの中で最下層クラスだったことも幸運だった。そいつは本物の魔王の娘の顔なんて知らなかったの。わたしが仮面を作ったのはそのあとのこと。


 1匹の魔物を信じこませると、あとはもう簡単。そいつを巧みに利用して、次から次へと手下を増やすことができた。そして洞窟のお城に住むことになった。そう、ここよ。


 どうしてこの場所を選んだかというと、あなたたちがきっとやってくると思ったから。だってクルス村から魔界へいくには、方角的に、必ずこの付近を通ることになるでしょ。

 ホント、待ちくたびれたわ。なかなかこないから。もしかしてインドラの雷でそのまま死んじゃってたのかな、とも思った。


 それでも待つしかなかった。


 土の魔女になりきったわたしは、手下に指示して『白い靄の森』を作らせた。小さな宿もね。そしてあなたたちが近くにきたら、もてなしなさいと命じておいた。

 あなたたちは、ようやくやってきた。すっかり待ちくたびれていたけど、森や宿を用意してあげた甲斐があったと思ったわ。


 そしたらどう? 佐藤は喜んでくれたようだけど、トアタラとリリサは暴れだしたっていうじゃない。2人は捕縛させてもらうしかなかったらしいわね。

 でも結局、森の手下たちは、連絡係を除いて全滅。


 だからきょうは、ちょっと強行させてもらった。佐藤の弱点は知ってた。爬虫類系の魔物をぶつけてやれば気絶してくれるし、その佐藤を人質にとればトアタラもリリサも大人しくなる。


 作戦がこんなにうまくいくとはね。そしてあなたたちをこの城に運ばせた。

 ああ、いけない。丁重にっていっておくの、きょうは忘れてた。悪かったわね。


 だけど、なーに? あの役立たずも一緒って。ボボブマっていうんだっけ? 実戦向きな魔法は使えないんでしょ。足手まといは不要。捨てさせたわ。


 廃棄するのにちょうどいい場所があったじゃない。クルス村の近くの山。そういうことよ。峠の番人にプレゼントしてやるの。彼女、若い男の子が好きだったじゃない。でも顔がオッサンだから……喜んでもらえるかどうかはわからないわね。

 

 さてと。みんなで魔王を倒しにいくのよね? そのために、ここまできたんでしょ。心の準備はいいかしら。




「あのさ、カスミ。そりゃそうなんだけど、1つ大きな問題があってさ。おれたちがトジェの実の種子を採りにいったのって、『魔界に通ずる扉の鍵』をシン先生に作ってもらうためだったよな。でもその話はなくなった。シン先生がいないんだ。どうすべきかを考えなくっちゃならない。ここまでやってきたはいいが、いい手がまだ何も思い浮かばないんだ」


 カスミがニヤリと笑う。

 おい、まさか?

 念のため確認してみる。


「もしかして、すでにカスミが作っていたとか……」

「作れるわけないでしょ。鍵なんて使わずに、手下どもに扉を開けさせるのよ」


 確かに開けてもらえるのならば、鍵なんかを作るよりてっとり早い。


「できるのか?」

「さあね。やってみるしかないでしょ」


 カスミはそんな無責任な言葉を吐き、階下にちらりと目をやった。ふたたびおれたちに向くと、口角をつりあげた。


「とりあえず、あなたたち、ゾンビになりなさい」


 はーーーーーっ?

 おれもトアタラもリリサも目を丸くした。


 ゾンビってなんだよ。そんな嬉しそうにいわれても困るんだが。

 死ねってか。


 カスミが舌打ちする。


「ゾンビになれないのなら、そのフリだけでもいいわ。人間のあなたたちと一緒だと、わたしが魔王の娘じゃないってバレちゃうじゃない」



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