85話 わたしは○の○○よ
魔物たちに連れられ、暗澹とした地下通路を歩く。おれも、トアタラも、リリサも、それから牢獄で一緒になったボボブマも、頑丈なゴムのような物体で、肩から腰までを巻きつけられたままだ。両手は動かない。
ボボブマが騒いでいる。
「くそっ、くそっ、くそっ! ボクのネオ・インドラで、この地下空洞ごと破壊してやりたいよ」
「静かにしろっ」
魔物たちは、激しく反発するボボブマをとり囲み、大勢で殴りつけた。
「痛い、痛い……。ごめんなさい、もう殴らないで。静かにするから殴らないで」
通路は地下広間に続いていた。
先頭を歩く魔物がふり返る。
「お前ら、この先で粗相のないようにな」
「そこに何がいるっていうのよっ」
今度はリリサが叫んだ。
おいおい、こんな状況で、逆らうようなマネは避けとけって。ボボブマのように痛めつけられるだけだぞ。おれがヒヤヒヤしてくる。
案の定、魔物の怒りに触れてしまったようだ。
1匹の魔物が片手でリリサの顔を頬の両側から掴み、そのまま小さな体を持ちあげる。
「お願いだ、やめてくれ。リリサを乱暴に扱わないでくれ。頼む」
当然ながらおれの切願は無視され、魔物はリリサを硬い地面に叩きつけた。ごつっと鈍い音がした。そして髪を掴んで拾い起こす。リリサが表情を歪めている。
リリサ……。見ているのが辛い。痛々しさに涙がでそうだ。
「クソ野郎ーーーーーーーーーーーーーー」
リリサに酷いことしやがって!
おれは思わず声に出した。出さずにはいられなかった。
とはいっても叫ぶことしかできず、ただ悔しさで胸がいっぱいだった。
魔物の膝がとんでくる。おれは床に倒れると、魔物たちが踏みつけてきた。そして蹴りの嵐。
そうだ。それでいい。おれを痛みつけるのだ。リリサには手をだすな。
「おとなしくしろ。向こうにはなぁ、魔王様の御愛嬢がいらっしゃるのだ」
おれはゆっくり体を起こした。
「御愛嬢……」
魔王の娘がいるってことだよな?
さらに魔物はとんでもないことを口にした。
「そのとおりだ。お前たち人間からは『土の魔女』などと呼ばれている」
土の魔女だと??????
そんな馬鹿な! 土の魔女ならば、すでにジャライラの町で倒したはずぞ。聖なる河の水に溶けていくのを、この目でちゃんと見たんだ。
どういうことだ。まだ生きていたのか。それとも蘇生したのか。
そんなことより、今度はどうやって闘えばいい? また沐浴で? それはまず無理だ。土の魔女がまさか同じ手でやられるようなことはあるまい。だいたい、こんなふうに手の自由を奪われていては、泳ぐことなんて不可能だ。底に足のつかないリリサはすぐに溺死してしまうだろう。
やがて眼前に長い階段が現れた。
魔物たちが階下でひざまずく。目上に対しては礼儀正しいやつらだ。
「虜囚を連れてまいりました」
すると階上から返事が聞こえてくる。
「ご苦労」
小さな跫音も耳に届いてきた。土の魔女がやってくる……。
しかし音は階段の途中で止まった。
薄暗がりの中、その姿が見えた。
仮面をつけている。
そういえば土の魔女の仮面ってあんな感じだったな。
敵なのに不思議と懐かしく感じられた。
そいつが階下を見おろす。
「4人もいるが、どういうことだ。3人組ではなかったのか?」
魔物がいっそう畏まりながら答える。
「別の場所からも1人捕らえてきました。ここを襲撃にきた無謀な人間です」
「ほう。ここを襲撃に? なかなかおもしろい。もっとこっちに連れてよこせ」
震えるボボブマを魔物が引き、長い階段をのぼっていく。
「なんだ、この不快な異臭は!」
「この人間の尿臭です」
「ち、近づけるな。そこまででいい。すぐ止まれ。何者だ」
魔物はボボブマの後ろ髪をひきさげ、顔をあげさせた。
ボボブマが、蚊の鳴くような声で答える。
「ボ、ボボブマです」
「ボボボブマ? ふむ、どこかで聞いたことが……」
さすがは大魔法『ネオ・インドラ』の使い手だ。その名が、魔王の娘の耳にも届いていたなんて。
「お前たち、汚らわしいゴミムシは件の廃棄場へ運ぶがいい」
「はっ、ただちに」
魔物がボボブマを連れていく。廃棄場とは死刑場を意味しているのか。
「放せ、放せ。ボクをどこへ連れていくつもりだ。痛い、やめてくれー」
ボボブマは殴られながらも必死に抵抗している。
さきほどはすぐにおとなしくなった彼だが、命のかかった今回は暴れることをやめなかった。
おれたちは彼を助けてやることができない。
両手の使えない身であり、自分たちのことさえどうにもならないのだ。
彼の叫び声は遠くに消えていった。
階下の魔物たちに、魔王の娘が告げる。
「わたしはそこの人間たちに話がある。お前たちはさがれ。そしてこのアジト周辺の警固に回るのだ」
魔物たちは命令を受け、いっせいに去っていった。
おれたちはその場に残された。
仮面をつけた魔王の娘が、長い階段をおりてくる。
土の魔女か……。超長剣『魔人のウルミ』は、もともと彼女のものだった。特技のカラリパヤットやカラリパヤット改の武器として、最高に相性のいいものだったが、またとり返されてしまうのだろう。だが、いまは魔人のウルミを惜しんでいる場合ではない。おれたちの命が危ういのだ。いいや、危ういどころの話ではない。もはや絶望的なのだ。
くそっ、こんなところで死ぬのか。もとの世界に帰りたかった……。
魔王の娘はおれたちの前に立った。
右手にはドクロの杖を持っている。その杖でおれの頭をコツコツと叩いた。
「いい音がするわね。この中はスカスカなのかしら」
こいつ、いいたいことをいいやがって。
今度はリリサの顔をじっと見据えた。視線はさがっていき、胸のあたりで止まった。杖のドクロでリリサの胸部をつっつく。
「まだ子供ね。オトコみたい」
体に巻きついた物体の上からでもわかる、まっ平らな胸元。
そりゃいまのリリサの体はオトコだからな。
てか、お前のオヤジのかけた呪いで、オトコの体にされたんだぞ。だからムネなんてあるわけな……。ムネ? あれ、どういうことだ?
おれは大変なことに気がついてしまった――。
魔王の娘は、次にトアタラの正面に立った。
杖の先をスカートの裾に運んでいく。
「悪ふざけはそろそろやめてください」
トアタラがいった。いつになく強い口調だ。普段は穏やかな彼女が、いまは明らかに怒っている。
へえ、トアタラも気づいたのか。あれは土の魔女じゃないと。
だけど何者なのだろう? 土の魔女を騙るって、いったいどんな奴なのだ。
そいつがトアタラにいい返す。
「に、人間風情がデカい態度をとりやがって」
「怒りますよっ、カスミ!」
カスミ? カスミだと? トアタラはそういったが、カスミなのか?
てか、もう怒ってるし。
「カ、カスミではない。わたしは土の魔女よ。何度でも生き返るの」
「声色を変えたつもりでも、わたしにはハッキリわかります」
「黙りなさい。正真正銘、土の魔女よ」
嘘だ。土の魔女であるものか。それについては断言できる。
まだ認めないつもりならば、今度はおれがいってやる。
大きく息を吸った。そして声を大にする。
「このニセモノめ! 本物の土の魔女はなあ、もっとオッパイがデカいんだよ」




