84話 牢獄へようこそ
目が覚めた。ここはどこだ?
ハッとして大声をあげる。
「うわー、死ぬぅーーーーー」
空高く飛んでいた。
大地はどこまでも遠い。幼かりし日に東京タワーの展望台から見おろした衝撃的な情景を思いだす。当然ながら、いま下方にはビルも道路もない。起伏に富んだ赤土の大地が広がっているだけだ。
厳密にいえば、おれが飛んでいるわけではない。
おれの体をガッチリと掴んでいる奴が飛んでいるのだ。
ここで放されたら即死間違いナシ。
巨大な目玉が何体も一緒に飛んでいる。
それはカラスのような黒い羽毛に覆われ、アホウドリのような巨大な翼が生え、コンドルのような鋭い足爪を持っている。
おれを掴んでいる奴も、同種の化け物に相違なかろう。
トアタラとリリサの姿も見つかった。
おれと同様、化け物に掴まれて飛んでいる。
みじめなだな、おれたち。
いったいどうしてこうなった。リリサには大魔法フレアがある。あとメガフレアとかいうのもあるんだっけ。だから化け物ごときに負けるはずがないだろ?
目玉の化け物は徐々に高度をさげていった。グランドキャニオンを彷彿とさせる壮麗な渓谷が見える。やがてその谷底へと降下していった。
岸壁に巨大な穴が空いている。化け物たちは穴の縁に立った。そこは大きな地下空洞のようだ。
化け物たちは着地の際、体を変形させていた。おれたちを掴んだ足は手の形に変わり、大きな翼は逆に足の形へと変化している。
依然として、おれ、トアタラ、リリサは掴まれたままだ。そのうえ太いゴムのようなもので、両手ごと上半身を巻かれている。
魔人のウルミなど一切の所持品も、ここで奪われてしまった。
必殺の特技『カラリパヤット改』を発動させようにも、こう両手を塞がれては役に立ちそうもない。ほぼ足だけで闘うカポエイラとは違うのだ。リリサも指が使えないため、魔法を操れないでいる。
化け物たちに囲まれながら、地下空洞内を歩かされた。
悔しいが従うしかなかった。
いきついたところは監獄のような部屋だ。そこへ3人一緒に入れられた。
化け物たちはおれたちを閉じこめると、部屋から去っていった。
少し落ち着いたところで、ずっと抱えていた疑問を2人にぶつけてみる。
「どうしておれたちは捕まったんだよ。リリサには強力魔法があるんだろ?」
リリサは柳眉を逆立てた。
「はあ? 何いってんの。佐藤のせいでしょ!」
えっ、おれのせい? そうなのか。
きのう、消えた森からひたすら歩きつづけた。そして今朝、奇妙な魔物の襲撃に遭った。となれば、おれのカラリパヤット改、リリサのフレアやメガフレア、トアタラの黄龍の聖剣が活躍することになる。
そのはずだった……。
まあ、確かにおれはドジを踏んだ。
だってあれではどうしようもない。奇妙な魔物によって投下されてきたものが、グロテスクなオオトカゲの怪物だったのだ。全長は20mを超えていただろう。その異常な大きさの分だけ、トカゲとしての気持ち悪さも倍増されていた。一見しただけで失神させるほどの破壊力があった。
気づいてみたら空の上を飛んでいたわけだ。かつて武闘大会の決勝でサバール・ハイガーに敗れたが、あのときとまったく同じ理由だといっていい。
ああ、どうして爬虫類恐怖症を克服することができないのだろう。たくさん特訓してきたのに。
「だけどさあ、リリサたちまでも魔物や怪物に勝てなかったのか」
爬虫類が苦手なのはおれだけのはず。
「気絶した佐藤が人質にとられたってこと。だからわたしたちは、やつらに抵抗できなかったのよ」
「おれを人質に? そういうことか。ごめん」
頭の悪そうな化け物のくせに、人間に近い知能もあったとは。
さて、この状況……いまはまだ大丈夫だが、まもなく非常にマズいことになる。極めて危機的だ。尿意や便意を催したとき、惨憺たる地獄の苦しみが待っているのだ。
ん? 匂うぞ。
鼻にツンとくるアンモニア臭……。
「誰かいるわね?」
監獄部屋の隅に、リリサが目をやった。
おれとトアタラもそっちに向いた。
人影が見える。人間か?
慎重に近づいていった。
猛烈に臭い。アンモニア臭はこいつからだ。
暗がりの中、うっすらと顔が見えた。
あっ、こいつは……。
おれは驚愕の声を発した。
「ボボブマ!」
3人でクルス村を出発してから、初めて生きた人間に会った。
しかも見知り越しの人物だなんて。
「キ……キミは、武闘大会の……佐藤か?」
「そうですけど、どうしてあなたがここに」
「捕まったからに決まってるだろ! もう丸1日ここにいるんだ」
そうか、丸1日……。そりゃ、漏らすしかない。お気の毒に。
だけどたった1日でこの悪臭かよ? まるで人間じゃないみたいだ。
肉ばっかり食ってるせいじゃないのか。
まあ、匂いの強弱はともかく、おれもあと数時間も経てば同じ状態になるのだ。
おれだけじゃない。トアタラだって、リリサだって……。
「キミたちこそ、どうしてここにきたんだ」
「魔界にいくところだったんです。もちろん魔王を倒すために。でもこのとおり化け物に捕まっちゃいました」
「じゃあ、ボクと同じってことかぁ」
「えっ、ボボブマは1人で魔王を倒そうと?」
「もちろん仲間はいたさ。それが1人減り、2人減り……。そしてきのうの襲撃の際、ボクを置いてみんな逃げていってしまったんだ」
「つまりボボブマは逃げ遅れたんですね?」
「うるさいっ!」
その後、おれたち3人は自然とボボブマから離れていった。もちろん鼻が曲がりそうだったからだ。
トアタラやリリサの口数が減っていく。いよいよ膀胱が窮地に立たされたのか。
跫音が近づくのが聞こえた。
何者かがくる。
やってきたのは大勢の魔物だった。
そのうちの1体が前にでてくる。おれたちを見てニヤリとした。
「お前たちの死刑執行は近づいた。その前に、あの方の尊前へいってもらう」
ここからどこかに連れられるようだ。
あの方とは誰だ? もしや魔王?




