81話 懐かしいテーブル
食堂は改装されていた。
しかしテーブルや椅子は古いままだ。
奥のテーブルについた。
客も店員もおらず、がらんとしているが、もう少し経てば昼時になる。
店員はまだやってこない。客がきたことに気づいていないのか。
厨房に向かって大声をあげてもいいが、ゆっくり待つことにした。
別に急ぐ用事もないのだ。
おれは鼻歌を歌っていた。
ナタン村の村歌だ。
跫音に気づき、鼻歌をやめた。
顔をあげると1人の女が立っていた。手にはメニューを持っている。
突如、彼女の頬に大粒の雫が伝わった。
「久しぶりだな、トアタラ」
「はい、ご無沙して……」
彼女は涙にむせび、もう言葉にならなかった。
その手からメニューがするりと落ちた。
おれが拾いあげる。
彼女が少し落ち着いてから、また声をかけた。
「長かった髪、切ったんだな。短いのも似合ってるぞ。でも驚いた。ここで働いてたなんて」
「はい……。ここにいれば必ず佐藤に会えると信じてました」
おれも、ここならみんなと会えると思っていたんだ。
あれからもう何ヶ月経っただろうか。
ここというのは、山陰の村クルスのことだ。
この食堂にきたのも2度目となる。おぼろな記憶では、この位置に座っていたのはリリサだ。弱いくせにカードゲームに熱中してたっけ。
トアタラに尋ねる。
「ナタン村やジャライラ町には、いってみたか?」
「ナタンには最初にいきました。ですが、もう誰も住んでいませんでした」
やはり、そうか。
「じゃあ、ジャライラは?」
「リリサが見てきたといってます。誰も住んでいなかったそうです」
「リリサは生きてるんだな?」
「はい、生きてます。このクルス村にいます」
よかった。
「カスミは?」
トアタラは悲しそうに首を横にふった。
「まだ会えていません」
カスミのことは心配だ。あいつはまだレベルが低いし、魔法も使えないはずだ。この世知辛くなった世の中で、尼僧などに喜捨してくれる人なんて、もうほとんどいないだろう。
ちなみにカスミがいきそうな場所といえば、真っ先にシャザーツク村が思いつく。しかしそこが廃墟となっていたのを、おれが直接確認してきた。当然、シン先生にも会えなかった。
シン先生はあの惨事を事前に占えなかったのだろうか。
魔王が約300年ぶりにインドラの雷をぶっ放すことになったって。
シン先生より格上の魔王に関することなので、占うのは無理だったのか。
ところで不思議なことに――というか幸いなことに――おれはシン先生にかけられた呪いが解かれていた。もちろんその呪いとは、いっさいのカネを所持できなくなるというものだ。おれはカネを持てるようになったからこそ、こうして食堂に入ってこられたのだ。
でもどうして呪いが解かれたのだろう……。呪いをかけたシン先生の身に何かあったからか? シン先生は『魔界に通ずる扉の鍵』の作製を呪いの条件としていたが、それが不履行となったためか? あるいはこんな世の中になったので、呪いを解いてくれたのか?
シン先生に会えないため、答えなんて知りようがない。いったいどこにいるのだろう。生きていてほしい。
カスミ、ヤモック、パチャン、バクウ、踊り子ギルドの仲間たち、エルリウス、セシエ、ガイ、シュラー、それから他のみんなの無事も祈りたい。
ゾルネたちに謝りにいけなかったことは、いまでも心残りだ。たぶん一生……。
火の神もまだ瀕死のままでいるかもしれない。
「佐藤!」
呼ばれてふり向くと、戸口に別の少女の姿があった。
幼く見える顔が、たちまちくしゃくしゃになった。
そして走りだし、とびこんできた。
「佐藤! 佐藤! 佐藤!」
「リリサ、本当に無事だったんだな」
再会できて嬉しいよ。
「佐藤! 佐藤! 佐藤! 佐藤! 佐藤!」
懐でリリサが泣きつづけた。
「こうしておれやトアタラが生き残れたのは、リリサ、お前のおかげだよ」
あのとき咄嗟に大魔法『氷柱』を放ってくれなかったら、みんな一瞬で焼け死んでいたところだ。リリサの氷柱がインドラの雷をある程度防いでくれたことは大きい。さらにあとから炎のような熱風がやってきたが、それもずいぶんと和らげてくれた。
しかし灼熱の暴風は半日近く経っても鎮まらず、とうとうおれたちはバラバラになってしまった。
おれの場合、やけど等のひどいケガは、1ヶ月足らずでほとんど回復した。
それは新しい特技インド『瞑想』の力によるものだ。即効性はなかったものの徐々に傷を癒すことができた。火の神を倒したときにレベルがあがり、特技インドを3つも獲得したが、瞑想はそのうちの1つだった。
「2人とも大ケガしたんじゃないのか?」
泣きやまないリリサに代わり、トアタラが答えてくれた。
「はい、リリサもわたしも、もう大丈夫です。時間はかかりましたが、やけどや打撲は完治しました。『聖水の指輪』を覚えていますでしょうか。あれには微弱ながら治癒魔法が秘められていました。それと毎日、リリサが『癒しの唄』を歌ってくれましたから」
「そっか」
泣きやんだリリサが、ようやく顔をあげた。
「佐藤。早く……早く魔王を倒しにいきましょ」
「ああ、そのつもりだ」
しかし結局『魔界に通ずる扉の鍵』は、シン先生に作ってもらえなかった。
魔界にいけるかどうかなんて、わかりゃしない。
それでも魔王のいる魔界を目指してみることにした。
トアタラも一緒にいくといっている。
「だけどその前に、メシ食わせてもらえないかな?」




