表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/101

79話 噂


 ガイは鋭い刃物を店員の首につき立てた。


「おい、忘れたか。お前は数日前、ポヌーカの住人たちのことを、俺たちにこう話してたんだぞ。『殺人、誘拐、強盗、強姦、放火など、悪のかぎりを尽くして周辺の町を荒らしにくる』とかな」


 ようやく店員は先日のことを思いだしたようだ。


「ああ、あなた方はあのときの……」

「何故、嘘をついた?」

「い……いえません」

「なんだとっ」


「やめなさい、ガイ!」


 ガイを止めたのは、意外にもカスミだった。


「暴力で脅すなんて最低よ。あらまあ、こんなに怯えちゃって可哀そうに」


 カスミが店員の頬を撫でる。


「ホント、乱暴ね。怖かったでしょ? もう大丈夫。安心していいのよ。前回、嘘をついたことは、わたしからも彼に謝っておくわ。だからどういうことなのか、きちんと彼に真相を話してあげて。ね?」


 彼女は、店員の口を割らせようとするガイに、ただ加担しているだけだった。決して人徳者になったわけではなかったのだ。


「あら、いいたくないの? じゃあ、どうして嘘をついたのか。それだけでいいから教えてやって」


 嘘つけ。どうせ、それだけで終わるはずがないだろ。

 店員は震えながら白状した。


「あのとき、あなた方が貴族の仲間だと思いましたので……」

「貴族?」

「1人、やけに高貴な感じの方がいらっしゃいましたではありませんか。雰囲気で貴族だとわかりました」


 ああ、ここにはいないが、エルリウスのことだ。


「貴族がいたら嘘をつくって、いったいどういうことかしら?」

「り、理由だけ話せば、許してくれるのでは……」


 そう。さっきカスミは確かにそういった。

 カスミがくり返す。


「貴族がいたら嘘をつくって、いったいどういうことかしら?」


 カスミは口もとに微笑を浮かべながら、店員が答えるのをじっと待っている。

 こいつ、きっと、ろくな死に方はしないだろうな。


「ご機嫌をとったまでです。貴族階級の方々はポヌーカを憎んでいますから」

「へえ、おもしろそう。全部話して」


 ほーら、話がぜんぜん違うじゃないか。カスミ、お前って本当にひどい奴だな。


 店員が黙っていると、カスミが首をかしげる。


「どうしたのかな? あなたのためを思って聞いているのよ。だって……さもないとあなたの命が心配だから。というのはね、彼、暗殺師なの。もちろんわたしはあなたの味方よ。彼を止めてみせるわ。そのためにはあなたの勇気も必要。さあ、思いきって、わたしに教えて」


 怯える彼は、しぶしぶ口を開くのだった。




 ……50年以上も昔のことになります。あの町がアプラーミア村と呼ばれていた頃、この地方で最も栄えていました。その富に目をつけた公爵は、アプラーミア村だけに増税を課しました。しかし村民は大反発し、独立なんて話を持ちだしました。


 当然ながら公爵の逆鱗に触れてしまいました。内戦の始まりを誰もが予感していました。しかし軍隊を持つ公爵であっても、あの村を制圧するのは難しいだろうと考えられていました。

 実は当時から、あの村には守護神がいるのだと噂が流れていたのです……。




「守護神?」


 おれは思わず声をあげた。


 そっか。きっと火の神のことをいっているのだ。

 まあ、おれたちの前では、敵じゃなかったが。

  ※しかしそのとき佐藤はあまり活躍しませんでした。




 ……はい。字義どおりその土地や民を守る神です。噂を耳にした公爵は情報収集に着手し、スパイも送りこみました。その結果、国の軍隊では(かな)いそうもないと判断されたようです。


 そこでとられた策が経済封鎖です。あの村への往来が禁止となりました。すなわち一切の取引ができなくなったのです。当然、国じゅうで不満があがりました。なぜならあの地は国内屈指の穀倉地帯であり、有名な酒造地域であり、また鉱物資源にも恵まれていました。


 すると今度は公爵側が民衆の不満を逸らすため、デマの利用を試みました。とにかく嘘をでっちあげ、村の評判を落とそうと必死になりました。殺人、誘拐、強盗……。

 しかしその村の人々が穏やかなことは誰もが知っていました。民衆は貴族に対する不信感を募らせ、反感を抱いていくばかりでした。ですが昔からわたしたち平民は、やはり貴族という支配者には逆らえません。嘘だと知りつつも、真実だとして聞くしかなかったのです。


 貴族たちの前では、わたしたちも彼らの悪口を叩きます。彼らの流した噂を信じていることになっています。でなければ安寧に暮らせませんからねえ。


 結局、村は独立とまではいきませんでしたが、自治町となりました。その際、美しい湖にちなんでポヌーカと名称が変わりました……。




 真相を知ったおれたちはショックを受けた。

 刃物を持ったガイの右手もだらりとさがっている。


 みんなで低頭して店をでた。


 なんということだろう。

 おれたちはポヌーカで、とんでもないことをしてきてしまったのだ。


「エルリウスがこの話を知ったらどうなるだろう?」


 ぽろりと口にすると、セシエがこういった。


「彼がこの場にいなくて何よりだ。このまま知らない方がいいだろう」

「いいえ、マスター。知るべきです。その責任はあります」とシュラー。


 しかしセシエは首をふる。


「彼は外国からきたとはいえ、貴族だぞ。あっち側の人間だ。もちろん決して悪い人物じゃないのは、じゅうぶん承知している。だが考えてみろ。彼の性格ならば、この国の公爵に猛反発するに決まってる。もしやり方を間違えればどうなると思う? ポヌーカとの闇取引の摘発はいっそう強化されてしまうぞ。そうなった場合、最も困る人たちとは誰なのかを考えるべきだ」


 エルリウスは、短い期間だったが、一緒に旅をしてきた仲間だ。それなのに彼にだけ内緒にするというのは、あまり気分がよくない。でも仕方がないのかもしれない。

 まあ、彼に再会することなんて、もうないだろうけど。



 馬車に乗って、宿をとった町までひき返してきた。

 セシエたちの3人部屋と、おれたちの4人部屋は、薄い板の壁で仕切られている。


 ベッドに座って考えごとをしていると、トアタラが近づいてきた。

 おれに両手を差しだす。紫色の袋を手のひらに乗せていた。


「これ、覚えていますか?」

「えっと、なんだっけ」

「ポヌーカのお祭りのとき、ゾルネが緑色の袋と交換してくれたものです」


 ああ、そんなのあったな。

 だけど怪しいから捨てたはずだ。


「佐藤がゴミ箱に投げいれましたから、わたしがもらっちゃったんです。まだ中身は見ていませんが、佐藤に返しますね」

「いいよ。なんだかもう受けとりづらくて」

「では、わたしが袋を開けてみます」


 真っ黒な粒がたくさんでてきた。

 おれはそれを掴み、隣の部屋に駆けこんだ。


「ガイはいますか」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ