7話 南国ロマン
______まえがき(登場人物のおさらい)______
【佐藤 (Lv.1)】同級生の亜澄に告白された直後、不慮の事故で死亡。踊り子として異世界転生する。特技『インド』なんてものを持つことになったが、どうも怪しい。しかしここにきてその特技を発動することになった。
【トアタラ (Lv.1)】異世界に住む美少女。幸薄そう。
【バクウ (Lv.79)】村の外れに住む大男。戦士。呪いによって闘えない。
【ヤモック (Lv.14)】この異世界のルールを佐藤に教える村人。農夫。胡散臭い。
【パチャン (Lv.?)】ヤモックの義兄。画家。ただし裸婦画専門。
山賊たちに囲まれた中。
大空から鳴りひびくヒンディー・ミュージック。
これがおれの特技だった。
駄目じゃん。これじゃ、山賊を倒せない。
おれ、終わった――。
もうすぐおれは死ぬこととなる。
ごめん、トアタラ。
――1人の少女を守るっことができなかった。
元気にしてるかな、亜澄さん。
――もとの世界に帰ることは叶わなくなった。
目尻からのしずくが頬に伝わる。
絶望感に浸っているのに、大音楽はやたらと陽気だ。
リズムが軽快だからか、不思議と体が乗ってくる。
異変に気づいたのはこのときだった。
あれ?
手足が勝手に動き、踊っている。空からの大音楽に合わせて。
おれ、こんなにダンスが巧かったっけ?
キレッキレだった。
それはおれに限ったことではなかった。
みんなが踊っている。みんなダンスが巧い。山賊も村人も。
しかも動きがそろっている。山賊側と村人側に分かれて。
タララッタ、タァータァー、ターターター♪
※著作権の関係で、ここに歌詞や譜面を書くことはできません。
大空からの歌声。男女が交互に歌っていた。女の声は過剰なまでに甲高い。
山賊と村人が対峙するように踊る。実際には踊らされている。ステップはときどき小刻みに、そしてときどきダイナミックに。スローとクイックを織りまぜて。
これは2人の恋の歌だろう。踊り手みんながその感情を表情にだしている。そして全身の動きで、その感情をさらに大きく表現している。これほど豊かな表現力がおれにあったのだろうか。
どうやら男を演じているのが村人側だ。おれも含まれている。女を演じているのが山賊側だ。次第に踊り手はメインとサブに分かれた。おれが男側のメインになった。女側のメインはバクウを倒した容貌魁偉の男――おそらく山賊の長――だ。
その他大勢はひき立て役に回った。もちろん各個人の意思ではない。大空の意思だ。
おれは激しく踊った。燃えさかる愛を表現した。肩を揺らす。両手を広げる。
山賊長も負けてはいない。科を作る。しなやかに艶めかしく踊っている。
おれたち2人は離れたり、くっついたり。
山賊長は、2人が離れたときには拗ねた顔に、くっついたときには甘えた顔に。
その巨顔を気持ち悪いといってはならない。真剣に踊っているのだ。
2人の息はぴったりだ。
山賊長が両手をおれの首に回した。おれは唇を子猫ちゃんの右頬に近づける。ギリギリのところで子猫ちゃんにかわされた。今度は子猫ちゃんの左頬に唇を近づける。また子猫ちゃんにひらりとかわされた。ちょっぴり意地悪な子猫ちゃん。
がっくりうなだれていると、子猫ちゃんのいたずらな唇が、不意打ちのようにおれの右頬を奪った。分厚い唇と口髭の感触が右頬に――。
全身で喜びを表現する。
ませた子猫ちゃんの頬を両手で撫でた。
互いの片手と片手でアーチを作る。二人でくるりと回りながらアーチをくぐる。
情熱的に抱きしめあった。顔を寄せる。二人の鼻の頭が重なりあった。
魂を燃やすように見つめあう。
息がニンニク臭い。
片手を繋いだまま、両者は体を左右に広げた。これがダンスの最後のポーズだ。
曲が終わった。この静寂に感慨一入。
山賊長と心が通じあったような錯覚が続く。
そんなとき山賊長の首から血飛沫があがった。
余韻が一気に吹きとんだ。
山賊長の首には半月刀が刺さっていた。それはバクウのものだ。
意外なことに、半月刀の柄を握っているのは、少女トアタラだった。
どういうことだ? ええと……。
誰もが大空からのヒンディー・ミュージックに操られるように、または憑依されたかのように踊らされていた。このとき各個人の体と心に自由はなかった。強制されていたのだ。その間にトアタラはバクウの半月刀を拝借したということだ。踊りの終了とほぼ同時に、半月刀で山賊長を刺した。どうして彼女はずっと自由に動けていられたのか……。それが不思議で堪らなかった。
山賊長の巨躯が地面に落ちた。
精神的支柱を失った山賊たちは、広場から逃げていった。誰も敵討にこない。頭と心がパニックを起こしているのだろう。
ヤモックがパチャンを連れてやってきた。
「やるじゃないか、佐藤」
「もう何がなんだかわかんないっす」
「これで借金は返せるな」
「はい?」
ぽかんとしながら首をかしげた。
「佐藤が仕留めたんだから、山賊長の所持品はお前のものになるじゃないか。やっぱり知らなかったか? それがここのルールだ」
「でも、とどめを刺したのは……」
トアタラに向いた。彼女はバクウの体を起こしている。しかし話は聞こえていたようだ。
「佐藤の特技のおかげです。所持品は佐藤がすべて受けとってください」
「それはできない。ならば折半でどうだ」
トアタラが首肯する。
「佐藤がそういうのでしたら」
話は決まった。ではさっそく山賊長の所持金の回収だ。しかしここで目まいを起こしてしまった。人の死体を見るのが初めてだったのだ。しかも彼はさっきまで一緒に熱く激しく踊っていた相手だ。
パチャンはそれを察してくれたらしい。所持品の確認を代わってくれた。山賊長のポケットを探る。とりだしたのは貨幣袋。中のものをすべてだしてみる。大量のコインを所持していた。どうやらこの世界に紙幣は存在していないようだ。それから薬草や装身具などもでてきた。棍棒、兜、鎧はカネになりそうだ。ちなみにおれやトアタラには大きすぎて、装着できそうもない。
ヤモックにはこの場で借金の5マニーを支払った。彼は50マニーのはずだと主張したが、そんなのを認めるわけがない。もちろん彼はすぐに折れた。
このあと負傷したバクウを、トアタラと一緒に小屋まで運んだ。