表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/101

7話 南国ロマン

 ______まえがき(登場人物のおさらい)______


【佐藤 (Lv.1)】同級生の亜澄に告白された直後、不慮の事故で死亡。踊り子として異世界転生する。特技『インド』なんてものを持つことになったが、どうも怪しい。しかしここにきてその特技を発動することになった。

【トアタラ (Lv.1)】異世界に住む美少女。幸薄そう。

【バクウ (Lv.79)】村の外れに住む大男。戦士。呪いによって闘えない。

【ヤモック (Lv.14)】この異世界のルールを佐藤に教える村人。農夫。胡散臭い。

【パチャン (Lv.?)】ヤモックの義兄。画家。ただし裸婦画専門。




 山賊たちに囲まれた中。

 大空から鳴りひびくヒンディー・ミュージック。

 これがおれの特技だった。

 駄目じゃん。これじゃ、山賊を倒せない。

 おれ、終わった――。




 もうすぐおれは死ぬこととなる。


 ごめん、トアタラ。

 ――1人の少女を守るっことができなかった。

 元気にしてるかな、亜澄さん。

 ――もとの世界に帰ることは叶わなくなった。


 目尻からのしずくが頬に伝わる。


 絶望感に浸っているのに、大音楽はやたらと陽気だ。

 リズムが軽快だからか、不思議と体が乗ってくる。


 異変に気づいたのはこのときだった。


 あれ?


 手足が勝手に動き、踊っている。空からの大音楽に合わせて。

 おれ、こんなにダンスが巧かったっけ?

 キレッキレだった。


 それはおれに限ったことではなかった。

 みんなが踊っている。みんなダンスが巧い。山賊も村人も。

 しかも動きがそろっている。山賊側と村人側に分かれて。


 タララッタ、タァータァー、ターターター♪

 ※著作権の関係で、ここに歌詞や譜面を書くことはできません。


 大空からの歌声。男女が交互に歌っていた。女の声は過剰なまでに甲高い。


 山賊と村人が対峙するように踊る。実際には踊らされている。ステップはときどき小刻みに、そしてときどきダイナミックに。スローとクイックを織りまぜて。


 これは2人の恋の歌だろう。踊り手みんながその感情を表情にだしている。そして全身の動きで、その感情をさらに大きく表現している。これほど豊かな表現力がおれにあったのだろうか。


 どうやら男を演じているのが村人側だ。おれも含まれている。女を演じているのが山賊側だ。次第に踊り手はメインとサブに分かれた。おれが男側のメインになった。女側のメインはバクウを倒した容貌魁偉の男――おそらく山賊の長――だ。

 その他大勢はひき立て役(サブ)に回った。もちろん各個人の意思ではない。大空の意思だ。


 おれは激しく踊った。燃えさかる愛を表現した。肩を揺らす。両手を広げる。

 山賊長も負けてはいない。科を作る。しなやかに艶めかしく踊っている。


 おれたち2人は離れたり、くっついたり。

 山賊長は、2人が離れたときには拗ねた顔に、くっついたときには甘えた顔に。

 その巨顔を気持ち悪いといってはならない。真剣に踊っているのだ。

 2人の息はぴったりだ。


 山賊長が両手をおれの首に回した。おれは唇を子猫ちゃん(山賊長)の右頬に近づける。ギリギリのところで子猫ちゃんにかわされた。今度は子猫ちゃんの左頬に唇を近づける。また子猫ちゃんにひらりとかわされた。ちょっぴり意地悪な子猫ちゃん。


 がっくりうなだれていると、子猫ちゃんのいたずらな唇が、不意打ちのようにおれの右頬を奪った。分厚い唇と口髭の感触が右頬に――。

 全身で喜びを表現する。

 ませた子猫ちゃんの頬を両手で撫でた。


 互いの片手と片手でアーチを作る。二人でくるりと回りながらアーチをくぐる。

 情熱的に抱きしめあった。顔を寄せる。二人の鼻の頭が重なりあった。

 魂を燃やすように見つめあう。

 息がニンニク臭い。


 片手を繋いだまま、両者は体を左右に広げた。これがダンスの最後のポーズだ。

 曲が終わった。この静寂に感慨一入。


 山賊長と心が通じあったような錯覚が続く。

 そんなとき山賊長の首から血飛沫があがった。


 余韻が一気に吹きとんだ。

 山賊長の首には半月刀が刺さっていた。それはバクウのものだ。

 意外なことに、半月刀の柄を握っているのは、少女トアタラだった。


 どういうことだ? ええと……。


 誰もが大空からのヒンディー・ミュージックに操られるように、または憑依されたかのように踊らされていた。このとき各個人の体と心に自由はなかった。強制されていたのだ。その間にトアタラはバクウの半月刀を拝借したということだ。踊りの終了とほぼ同時に、半月刀で山賊長を刺した。どうして彼女はずっと自由に動けていられたのか……。それが不思議で堪らなかった。


 山賊長の巨躯が地面に落ちた。

 精神的支柱を失った山賊たちは、広場から逃げていった。誰も敵討にこない。頭と心がパニックを起こしているのだろう。


 ヤモックがパチャンを連れてやってきた。


「やるじゃないか、佐藤」

「もう何がなんだかわかんないっす」

「これで借金は返せるな」

「はい?」


 ぽかんとしながら首をかしげた。


「佐藤が仕留めたんだから、山賊長こいつの所持品はお前のものになるじゃないか。やっぱり知らなかったか? それがここのルールだ」

「でも、とどめを刺したのは……」


 トアタラに向いた。彼女はバクウの体を起こしている。しかし話は聞こえていたようだ。


「佐藤の特技のおかげです。所持品は佐藤がすべて受けとってください」

「それはできない。ならば折半でどうだ」


 トアタラが首肯する。


「佐藤がそういうのでしたら」


 話は決まった。ではさっそく山賊長の所持金の回収だ。しかしここで目まいを起こしてしまった。人の死体を見るのが初めてだったのだ。しかも彼はさっきまで一緒に熱く激しく踊っていた相手だ。


 パチャンはそれを察してくれたらしい。所持品の確認を代わってくれた。山賊長のポケットを探る。とりだしたのは貨幣袋。中のものをすべてだしてみる。大量のコインを所持していた。どうやらこの世界に紙幣は存在していないようだ。それから薬草や装身具などもでてきた。棍棒、兜、鎧はカネになりそうだ。ちなみにおれやトアタラには大きすぎて、装着できそうもない。


 ヤモックにはこの場で借金の5マニーを支払った。彼は50マニーのはずだと主張したが、そんなのを認めるわけがない。もちろん彼はすぐに折れた。


 このあと負傷したバクウを、トアタラと一緒に小屋まで運んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ