78話 パンケーキ
「マスター。いい加減、機嫌を直してください」
ガイが話しかけてもセシエはそっぽを向いている。
「拗ねるなんて子供っぽいのですね、マスターは」
シュラーにいわれても反応はなかった。
昨晩、強制的に眠らされたのは、別に用心棒の兄妹のせいではない。実際、あれはカスミとリリサの仕業なのに、とばっちりを受けているのだ。
いろんな種類のパンケーキが、テーブルに運ばれてきた。バターの香りがたまらない。おれのものには、輪切りのバナナがはさんである。ちなみにここはパンケーキ屋だ。
実は今朝、大聖堂でステータス確認したのち、エルリウスと別れた。彼はフアイのもとへいくのだといっていた。おれたちは1人減って7人となり、川辺の町からここまで乗合馬車で移動してきた。といっても道のりは3~4kmくらいしかなく、いまから思えば徒歩でじゅうぶんだった。
この町でもセシエたちと同じところに宿泊した。このパンケーキ屋の向かいの建物が、おれたちの宿屋だ。遅い昼食をこの店に選んだのはシュラーだが、別に彼女がパンケーキを食べたかったからではない。無類の甘い物好きであるセシエの機嫌をとるためだった。
「マスター、そろそろ召しあがってはいかがです? パンケーキが冷めてしまいます」
セシエはガイにいわれても食べようとはしない。
するとシュラーが溜息をついた。
「あーん、って、わたしが食べさせてあげましょうか?」
一瞬固まったのはセシエだけではない。おれもドキッとした。
「いっ、いらんわいっ」
セシエは顔を紅く染めながらも、自分で食べはじめた。
パンケーキを口に運ぶたびに、仏頂面がほころんでいく。仕舞いにはすっかり笑顔になった。しかも3つ目のパンケーキを注文するのだった。
恰幅のいい中年女の店員が、マンゴー入りのパンケーキを運んできた。
「いい食べっぷりですねえ。見ているこっちが気持ちよくなります。ところであまり見かけない顔ですけど、お客さんたちはご旅行ですか」
食べるのに夢中なセシエに代わって、シュラーが答える。
「ええ、旅をしています。クタナの国境を越えてきました」
「そうですか、外国からですか。ならばご存じないかもしれませんね。あさってポヌーカのお祭りがあるんですよ」
ポヌーカ? 確かに店員はそういった。
そういえばあの祭りって、日程が前倒しにならなければ明後日のはずだった。
店員が続けていう。
「残念ながらポヌーカへはいけませんが、お祭りの日には、この町からでも夜空に咲く巨大な『花』が見られるのです。とても壮麗で幻想的です。是非ご覧になってください」
セシエのフォークが止まった。店員を見あげる。
「巨大な『花』ですと?」
「はい。大きな炎によるアートです。あの町には、炎を自由に操る『火の神』がいるのだとか。巨大な『花』はその神様によるものだと信じられています」
火の神が……。
祭りではそんなこともしていたのか。
だけど店員さん、ごめんなさい。
今回、巨大な『花』は見られませんよ。おれたちが倒してきちゃいましたから。
だってあれは人を食う悪しき神なんです。
店員はポヌーカについていろいろと陽気に語ってくれた。ところが途中で声のトーンをさげ、ささやくような内緒話モードに切りかえた。
「実はですね。ポヌーカへの往来は禁止されていますが、川の凍結する真冬になりますと、向こうから町の住人が、氷上を徒歩でこっそり渡ってきてくるそうなんですよ」
セシエが厳しい表情を浮かべる。
「それは恐ろしいですね。いまでも人さらいがくるなんて」
店員が聞きかえす。
「は?」
「はい?」セシエは首をかしげた。
「ええと……」
「ポヌーカから人がくるんですよね。ヤバい連中なんでしょ?」
店員は合点がいったように、大きく首肯した。
「ああ、はい。大変な問題です。恐ろしくて夜も眠れやしません」
なんかおかしい。店員は何かを隠している……。
このとき、実はみんなもそう感じていたらしい。
食休みしてから食堂をでた。
宿屋に荷物を残したまま、別の町へいく。急いでいたので乗合馬車は利用せず、ミニ馬車をチャーターした。もちろん日帰りの予定だ。
ある道具屋に入った。
この店には、ポヌーカを訪れる少し前、エルリウスも含めた8人で立ち寄ったことがあった。
店員はおれたちの顔を覚えていないようすだ。
セシエは適当な毒消しを手にとった。
そして代金を支払う際、鎌をかけるのだった。
「わたしたちはポヌーカからやってきたんです」
嘘ではない。
昨晩、おれたちはポヌーカから川を渡ってやってきたのだ。
店員は笑顔を見せた。
「声がでかいですよ。皆様にはいつもご利用感謝しています。夏にいらっしゃるなんて珍しいですね」
前回、この店員はポヌーカの人々の悪口をいっていた。
殺人、誘拐、強盗、強姦、放火……など町を荒らしにくるのだとか。
それなのに、この変わりようはなんだ?
セシエが話を続ける。
「ポヌーカの町では恐ろしい病が流行りましてねえ。ヒトもモノも足りなくなったんです。ボスからはこの町のいっさいを、かっさらってこいなんていわれまして」
「はっはっは、ご冗談を。それじゃ、どうです? 是非、わたしをさらってポヌーカまで連れてってはくださいませんかねえ」
おれたちは愕然とした。
ここで突然、ガイの表情が豹変する。殺気をまとった暗殺師の顔になった。
懐からアイスピックのような鋭利な刃物をとりだす。
たちまち店員は顔面蒼白となった。ついでに何故かセシエも。




