76話 目隠し
火の神が祀られる山麓付近で、おれたちは丸太のベンチに横並びに座らされ、さらには布で目隠しにされた。ただし強要されたわけではなく、そうするように頼まれただけだ。
ここは悪名高きポヌーカ村だ。あの手記を読んだ直後ならば、目隠しなんて要望には、絶対に耳を貸さなかったことだろう。しかしおれたちはそれを平然と受けいれた。
なぜならおれたちの手で、すでに人食いの火の神を倒してしまっているからだ。もちろん地元民はそのことを知らない。
目隠しされたままベンチが浮きあがった。どこかへ運ばれていくようだ。
てか、ベンチを移動させるのなら、それを先にいってくれ。急にふわっと持ちあげられたら、さすがにおれだってビックリするぞ。
いったいどこに連れていかれるのか。いま思うと目隠しを許すというのは、油断しすぎていたのかもしれない。手記には記載がないだけで、ほかにも強敵が存在している可能性だってあるのだ。
時間の経過とともに、少しずつ不安が募っていった。このまま連れられていって、本当に大丈夫だろうか。断った方がよかったのではないのか……。
そう思っているのは、おれだけではなかったようだ。セシエの声がした。
「我々をいったいどこへ運んでいくつもりなのでしょうな?」
セシエはわかりやすい。彼は不安な気持ちを隠すために、わざとイライラしたような声をあげたのだ。
兵士長の息子が明るく丁寧な口ぶりで答える。
「さきほど話しましたとおり、サプライズがあります。そのために最もよい位置まで移動させてもらいます」
何? 最もよい位置だと? なるほど。火の神にパクリと食わせるのに、都合が『最もよい位置』ってわけか。
しばらくして、座っているベンチが地面におろされた。
ここはどの辺だろう。目隠しされたまましばらく待たされた。
何も見えない。目を開けさせてもらえない。
聞こえてくるのは、地元民のひそひそ声。内容はまったく聞きとれない。
ただ微かに草木の香りがするのみだ。
そして5分、10分と過ぎていった。
おーい、まだかー。
ああ、じれったい。もう帰りたくなってきた。いつまで目隠しされなくてはならないのか。
「みなさん、いったん目隠しは外させていただきます。予定が変更となりました」
レヘルの声だ。おれたちはやっと目隠しを外してもらえるようだ。
予定の変更については想像できる――。
当初、地元民は目隠されたおれたちを、そのまま火の神に捧げるつもりだった。しかしいつまで経っても火の神が現れない。だから生贄の儀式を諦め、おれたちの目隠しを解くことにした。
――どうせそんなところだろう。
人身御供なんかにされて堪るかってんだ。
顔の布を外され、目を開けた。
正面に見えているのは、崖のような山の斜面だ。そこに大きな横穴がある。
火の神のいた例の洞窟と、たぶん繋がっているのだろう。
地元民がざわついている。
「どうしたんだ。火の神が現れないぞ」
「まだ眠っているのか」
「遅すぎる」
「火の神は何をやっている」
「神も寝坊をするのか」
そりゃ、現れないさ。いまは瀕死状態だからな。
おれはすっとぼけて、レヘルに聞いてやった。
「火の神が現れないって声が、あちこちから漏れてるようですけど? この洞窟の中に神様がいるんですか」
「はい……。実はサプライズのつもりでした」
「現れないっていうのは、もしかしてボクたち旅人に恐れをなしたのですかねえ」
首をかしげてみせると、彼の眉がヒクッと動いた。神を侮辱されて怒ったのかもしれない。
「ご冗談を。火の神が人を恐れるものですか」
「まっ、それもそうですね。神様が人に倒されることなんてないですからね。よっぽどアレな神様じゃないかぎり」
セシエが笑いを堪えている。
数人の男たちが歩いてきた。白髪の老人ばかりだ。
兵士長の息子が彼らを紹介する。中央にいる人物が、ポヌーカの副町長とのことだ。年の割に背筋がピンと伸びており、どこか気品も感じられる。
副町長はおれたちと挨拶を交わすと、こんなことをいった。
「まことに残念です。祭りを行なうのが、どうやら早すぎたようです。本来、祭りは3日後の予定となっていましたが、日程を無理に前倒ししたことが原因だと思われます。本日、火の神は現れません。みなさんへのサプライズにしようと考えておりましたが、結局、叶いませんでした。しかし祭りはまだまだ続きますので、どうぞお楽しみください」
セシエが白々しく天を見あげる。
「いやあ、火の神ってものを見たかったですなぁ。ガイ、シュラー、聞いたか? せっかくの機会だったけど見られないってさ。残念だ」
ガイもシュラーも返事はせずに無言でいた。
副町長と男たちは低頭し、その場を去っていった。兵士長の息子も彼らとともにいってしまった。しかしレヘルはここに残った。
人々が木材を大量に持ってきた。大勢で組み立てはじめる。
レヘルの説明によれば、組立式の簡易櫓を建てているそうだ。
彼らは手際がよく、櫓はあっという間に組まれた。30分もかからなかった。もとの世界の田舎で見かけたことのある『火の見櫓』に少し似ている。ただしそれほど大規模なものではなく、高さはせいぜい5mほどだ。
1人の男が櫓にのぼり、布の袋を上から撒きはじめた。
袋の色は紫、黄、緑の3種類だ。人々は手を伸ばし、撒かれた袋を掴みとろうとしている。日本の餅撒きによく似た光景だ。
こっちにも緑色の袋が飛んできた。
ダイレクトキャッチはせず、ただ見送った。
地面に落ちた袋を誰も拾いにこない。だからおれが手にとってみた。
中に何が入っているのだろう?
好奇心に駆られて、開けてみようとしたが、すぐに手は止まった。それが怪しげだからというより、おれが部外者だからという理由の方が大きかった。こういうのは地元民が拾って楽しむものだ。向こうの方へ投げかえそうか。
そんなとき眼前に現れたのはゾルネだった。レヘルの隣に立ち、おれたちに一礼した。昼間の気まずさはどこへやら。けろっとした面持ちで、袋撒きの櫓に手を向ける。
「これは伝統的な催しです。縁起ものを撒いているのです。袋の中は大半が菓子ですが、それ以外にも様々なものがあります」
しかしおれが手にしている緑色の袋を見ると、深く頭を垂れた。
「ごめんなさい。その袋を差しあげるわけにはいきません」
「あ、そう? じゃ、ゾルネにやるよ」
こんなのぜんぜん欲しくないから。
そんなことより、早く頭をあげてくれ。おれが恥ずかしいだろ。
ほら、櫓を囲む群衆が、こっちを見てるじゃないか。
彼女は緑色の袋を受けとるや、すぐに櫓の方へ投げてしまった。
あっ、せっかく……。ま、いっか。
「緑色のものは子供用です。10歳以上の者が持つと災いがくるといわれています。代わりにこちらをどうぞ」
差しだしてきたのは紫色の袋だった。
欲しくないどころか、怪しさ満点だったので、受けとりたくはなかった。
だが、つき返すのもなんだし、この場はもらっておくことにした。
一応、笑顔を作って礼もいった。




