75話 町の祭り
シュトラーフィル公アムウ・セーゼランの手記に書かれていた火の神を倒し、丸太小屋に戻ってきた。
これでもう人身御供として、火の神に捧げられることはない。おれたちが町の人々の陰謀をうち砕いたのだ。
リリサの座るベッドを、仲間たちで囲んでいる。
エルリウスはいかにもイケメンらしく、爽やかな笑みをリリサに送った。
「キミの魔法攻撃には舌を巻いたよ。新魔法は『氷柱』それから『氷剣』といってたね。使える魔法の種類がもともと豊富だったとは聞いていた。さらにあれほど破壊力のある魔法まで扱えるようになったなんて、もはや怖いものナシってところじゃないかな」
リリサはみんなから褒めそやされ、さすがにもうウンザリしているだろう。
それでも律義に、笑顔はきちんと返している。
「ありがとう。でも、まだまだよ。あれくらいじゃ、まだ足りないの」
今度はシュラーがリリサの対面に腰をかけた。ちなみにそこはおれのベッドだ。
「まだ足りないって? いったいどこまで貪欲なの。あれよりすごい魔法なんて、ボボブマのネオ・インドラくらいしか知らないわ」
リリサは肩をすくめてから、小さく頭をふった。
「もっとすごい魔法ならまだあるでしょ。魔王の持つインドラの雷とか」
「だってあれは別格よ。いまは普通の人間の話をしてるんだから」
「別格かぁ……」
笑顔を保ったまま、座っていたベッドから立ちあがる。そして大きな窓へと歩いていった。日の暮れてきた外の景色を眺める。うわべの笑顔は消えていた。悔しそうに唇を噛みしめているのが、ちらりと見えた。
別格――。何にも知らないシュラーに悪気はないが、本気で魔王を倒そうとしているリリサにとって、屈辱的な言葉だったに違いない。
それでもリリサはふたたび笑顔を作り、屋内に小さな体を向けた。現実的な話として、魔王の力にまったく及んでいないことは、たぶん他人にいわれずともじゅうぶん理解しているのだ。
おれは大きな窓の前にリリサと並んで立った。片手をリリサの頭に置き、くるりと捻ってまた屋外に向かせた。無理したような笑顔を見ていると、こっちが疲れてくるからだ。
特に会話はしなかった。たまに口を開くこともあったが、それは誰かがリリサに声をかけてきたときに、話を逸らすためだった。
ぼんやり中庭を眺めていると、人影が見えた。
何者かがやってくる。
誰だろう? じっと目を凝らした。
ああ、あれは兵士長の息子ではないか。自称ガイドのレヘルも一緒だ。そういえば兵士長の息子は、夕方に祭りの誘いにくるといってたっけ。
おれは2人がきたことを、屋内の仲間たちに知らせた。
皆、丸太小屋からぞろぞろと外にでていく。そして最後はセシエだ。彼は丸太小屋の戸を閉め、兵士長の息子と向きあった。
「今夜分の宿泊料をまだ払っていませんでしたな。さあ、受けとってください」
「これはこれは、ありがとうございます」
兵士長の息子は代金を受けとり、懐に仕舞った。
そして胡散臭い笑みを浮かべながら、両手を左右に大きく広げる。
「そろそろ祭りが始まります。さあ、一緒にいきましょう。みなさんを驚かせる準備ができています」
ほーら、きたぞ。
57年前シュトラーフィル公アムウ・セーゼランの友人は、伝統儀式の見物に誘われ、地元民にノコノコついていった。その結果、生贄として火の神に捧げられてしまった。
まったくふざけた蛮風だ! いまなお地元民は、おれたちが何も知らないと思いこんでいるだろう。しかし皆、57年前の手記を読み、この町の事実を知った。だから手は打った。おれたちの手で、事前に火の神を始末してきたのだ。奴に食われる心配はもうない。
セシエはいたずらっ子のようにニヤリとした。
「せっかくのお誘いだ。いってみようではないか」
するとシュラーが彼をじろりと睨む。わざわざ誘いに乗るような行為が、悪質なジョークに思えたのか? まあ、実際、そのとおりだろう。どうせ、冷やかしにいきたいのだ。
セシエはそんな彼女のことは気にせず、エルリウスの肩を叩くのだった。
「いくだろ?」
「そうですね。いってみましょう」
おい、エルリウスもかよ。
「佐藤たちもどうかな」
正直なところ気が引けた。だから断るつもりだった。
しかしトアタラが目を輝かせる。
「お祭り、見てみたいです」
彼女の場合、ただ純粋に祭りを楽しみたいだけなのだろう。
リリサもカスミも、それならばと首肯する。だったら、おれだって。
話は決まった。
当然ながらセシエが祭りにいくとなると、用心棒の立場からガイもシュラーもいかざるを得ない。こうして結局、全員が祭りの誘いについていくことになった。
その前に支度をしようと、いったん丸太小屋の中に戻った。
念のため『魔人のウルミ』を持っていくことにした。エルリウスも愛用の『断鋼の魔剣』を腰にさげている。トアタラはリリサに促され、進化した『仔龍の短剣』を手にとった。(ちなみにその剣が名称変更され、『黄龍の聖剣』となったことは後日知った)
兵士長の息子とレヘルに町を案内されながら、祭りの会場へと歩いていく。
笛の音が微かに聞こえてきた。遠くに白煙がいくつもあがっている。
レヘルが祭りについて語った。
「祭りは山の麓で行なわれます。山に眠る火の神が祀られていまして、年に4度、目を覚ますのです。獰猛で恐ろしい白獣の神ですが、この土地に恵みをもたらしてくれるのだと、人々に信じられています。そして町の守り神として、また町の象徴として畏敬されています。みなさんは善良な旅人ですから問題ないでしょうが、もしも悪だくみで訪問されているのでしたら、早急に逃げた方がいいでしょう。激怒した火の神に食われてしまいますからね。ハハハ」
悪だくみ? どっちのセリフだよ。
「勇ましそうな神様ですな。ハハハ」とセシエが豪快に笑う。
山の麓までやってきた。大勢の地元民で賑わっている。
そういえばこの辺って、地元民に"通せんぼ"を喰らったところのちょっと先だ。
通行禁止は祭りのためだったのか?
だとすれば、やはりこの祭りに秘密が隠されていたってことだ。
随所で火が焚かれている。
薪はどこも井形に組まれていた。まるでキャンプファイヤーだ。
兵士長の息子はおれたち8人を、丸太の簡易ベンチに座らせた。
彼はレヘルから布を渡されると、その手を高くあげてみせた。
「この布で、みなさんを目隠しさせてもらいます」
「何っ、目隠しだと!」
ガイが声を荒らげた。
「はい。サプライズを用意していますので」
殺気を漂わせるガイの隣で、セシエは冷静に首を横にふって見せた。
……なあに、火の神は倒している。心配無用だ……
などと目でいっているのが、おれにも伝わってきた。
ガイは少し間を置いてから、しぶしぶ首肯した。
おれたち8人はベンチに座った状態で、背後から1人ずつ目隠しをされていった。




