表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/101

73話 白い獣神

 目を覚ました火の神は、4本の足で巨体を起こした。しかしまだ眠いのか、大きな目が開ききれてない。それでもおれたちを見咎めると、広がった空間の天井を向き、巨大な口を開けた。鋭い牙が露わになった。火の神はふたたびおれたちを見おろし、口から火炎を豪快に噴射した。


 しかし火炎はおれたちの立つ場所から大きく逸れていった。

 だからといって、ダメージをまったく受けなかったわけでもない。周囲への放熱は強烈で、焦げつくように肌がヒリヒリと痛んだ。


 カスミが杖で地面を叩く。玲瓏(れいろう)とした心地よい音が洞窟内に響いた。

 軽度の火傷を負った肌は、みるみるうちに癒されていった。


「へえ、回復魔法が使えるのね」とシュラー。

「わたし尼僧(サドゥヴィ)なんで」


 とかなんとかいっているが、カスミ自身の力ではなく杖の能力だろ。名称は確か『癒しの杖』だったか。

 でも、おかげで全快した。感謝するぜ、カスミ。


 そんじゃ次はおれの番だな。

 みんな見てろよ。これから披露するのは特技インドの4つ目『ゼロの発見』だ。

 シン先生から使用を止められてはいたが、ここで使わずどこで使えというのだ。


 大きく息を吐き、特技インドを念じた。

 初めて使用する特技にはちょっと緊張するが、ワクワクもしている。


 脳内に光の文字が浮かびあがった。




 特技を使いますか  

 はい  いいえ



 (ああ、でてきた。本当に面倒くさい。だがこれをやらなければ先に進めない)

 (もちろん『はい』を選択した。するとまた文字が浮かびあがる)



 特技を選択してください  

 * インド



 (選択肢は1つしかないのだから、ここは省略できないものだろうか)

 (心の中で文句をいいつつ、『インド』を選択する)

 (ふたたび文字が浮かびあがった)



 特技を選択してください  

 * 本インド

 * 西インド諸島



 (くそっ、イライラしてくる。『本インド』を選択)



 特技を選択してください

 * インド(ボリウッド)

 * インド(沐浴)

 * インド(カラリパヤット)

 * インド(ゼロの発見)



 (よし、やっとでてきたぞ。4段目のインド『ゼロの発見』を選択した)

 (さあ、これはどんな特技なのだろう。怖いけど楽しみだ)



 あなたはゼロの発見を選択しましたね?



 (そのとおりだが)



 本当にいいのですか?



 (もちろんそのつもりだ。早くしてくれ。これ、また時間稼ぎなのか)



 わかりました。でも、どうなっても知りませんよ?

 発動したら最後、キャンセルは不可能です

 いいですか。すべての責任はあなたにあります

 おっと、失礼。もちろん覚悟があって選択したのですよね

 へぇー、漢ですね。そうですか。ならばいいです

 すべてを捨てる勇気ですか。それ美しいですね

 ああ、かわいそうに

 では発動しま……




「待った待った待った待った! わかったよ、キャンセルだ」


 脳内の光は消えた。


 そこまで覚悟できるか! なんだよ、ゼロの発見って。

 こんなに脅してくるんじゃ、ぜんぜん使えないじゃん。


 特技選択をやりなおす。

 発動させたのは、無難なカラリパヤットだ。



 2体に分身したエルリウスは激しい攻撃を展開していた。

 武闘大会での彼との熱戦を思いだす。彼の剣技の恐ろしさについては、身を持って知っているつもりだ。苦戦させられた様々な場面が、いまも脳裏に鮮明に焼きついている。


 一方、ガイの闘いぶりは、今回、初めて目にしたことになる。

 彼もまた相当なダガー使いの手練れだった。とにかく動きが俊敏だ。武闘大会の初戦で敗退したとはとても思えない。あれは対戦相手との相性の問題だったのか。


「ガイのダガー(さば)きは驚異的だな。さすがは暗殺師だ」


 思わず声にだすと、シュラーの耳に届いてしまったらしい。


「佐藤は誤解しているようだけど、暗殺師が必ずしも武術に優れているわけじゃないの。正面から人を殺すなんて、暗殺師としては下策もいいところ。もはや暗殺なんて呼べないわね。兄が最も得意としているのは毒殺。だから毒には詳しいのよ。ちなみにわたしも一緒に勉強したわ」


 毒殺とは怖いな。ガイ&シュラー兄妹は敵に回したくない人物だ。


 ここであることに気づいた。

 ああ、そういうことだったのかもしれない。


「ところでトジェにも毒はありますよね?」

「へぇー。よく知ってたわね」


 年上のお姉さんに感心されると嬉しいものだ。


「やっぱりそうでしたか。単なる推測だったんですけど。トジェの生息地や葉っぱの形について、ガイは詳しく教えてくれました。ずいぶん精通しているようでしたが、それはトジェが毒を持つ植物だったからかなって、さっき思ったんです」


「なるほどね。冴えてるじゃない。でも兄はここ数年、トジェの樹液採取なんてしてないのよ。樹液から毒素を抽出するのに、とても手間がかかるから」


 いててて。誰かに耳をひっぱられた。

 横目に見てみると、リリサではないか。柳眉を逆立てている。


「集中しなさい! いまは戦闘中よ。みんな真剣に闘ってるの」


 ごもっとも。


 あらためて魔人のウルミを握りなおし、ムチのようにビュンビュンとふり回す。

 シュラーとリリサも様々な魔法を連発した。


 火の神はまだ寝起きのせいか、ぼんやりしたふうであり、敏捷性を大きく欠いていた。奴の繰りだす攻撃なんて空振りばかりだ。逆におれたちの剣や魔法を浴びつづけている。それでも防御力は異様なほど高かった。実のところ、ダメージを喰らったようすはほとんどない。


 そんな白い獣神の攻撃に変化があった。

 まずいことにターゲットを1人に絞ったようだ。貧乏くじをひいたのはトアタラだった。


 巨大な前足を高くふりあげ、トアタラに狙いをつけている。

 もはや彼女はそこから逃げることなんて不可能な状況だった。両手に持った仔龍の短剣を、ただじっと正面に構えている。



 トアタラが危ない!


 洞窟に入る前のトアタラの言葉を思いだした。

 ……イザとなりましたら、わたしが佐藤を守りますから……

 僅か1秒足らずの間に、頭の中で何度も反芻した。


 違う、おれがトアタラを守るんだ!



 彼女のもとへ猛ダッシュする。おれが駆けつけたところで何もできないかもしれない。奴の強大な前足には、どんな防御をしようと、一瞬のうちに踏みつぶされるだけだろう。それでも夢中で走っていた。


 トアタラの方へと手を伸ばす。

 彼女の素肌に触れれば、もちろんおれは気絶する。顔が間近にくれば嘔吐する。

 だがそんなことまで、この頭は回っちゃいなかった。


 地面を大きく蹴り、一気に跳びこんだ。



 同時に火の神の前足がトアタラを襲ってきた――。

 ここでリリサが叫ぶ。


「いっけぇーーーーーーーー! わたしの新魔法」


 指で作った菱形から、無数の氷塊が噴きだした。それらがいったん洞窟の天井を覆いつくすと、氷の剣となって豪雨のごとく降りそそいだ。辺りの空気は凍るように冷えきった。


 火の神の動きは止まった。間一髪だった。

 数多の氷の刃が頑強な白い毛皮を貫いていた。


「どうかしら? この魔法は『氷剣』っていうの」

「最高よ。すごいじゃない」


 シュラーがリリサの魔法を褒めた。エルリウスもガイも感心している。

 だがおれは、この偉大な新魔法の余韻に陶酔している余裕なんて、まったくなかった。


「大丈夫か、トアタラ?」


 トアタラがうっすらと紅潮する。


「はい。佐藤こそ大丈夫ですか」

「少し擦りむいただけだ。どうってことない」

「そうではなくて、その……。こんなに接近して平気なのですか」


 えっ?


 おれは硬い岩床に転がっている。がっちりトアタラを抱えながら。

 たったいま、そんな状況に気づいてしまった。

 彼女の素肌への直接的な接触はないため、失神に至ることはなかった。しかしその顔がすぐ鼻先に迫っており、いまさらながら吐気を催すのだった。


 んぐぐぐぐ。吐いてたまるか。


 吐くな、堪えろ、堪えろ、堪えろ。ここは友情のために堪えるんだ。

 そしてこの病気みたいなものを克服するのだ!


「佐藤が嘔吐しない……。もう大丈夫なのですね。この日をどれほど待っていたことでしょう。わたし、うれ……」


 トアタラが目にいっぱい涙を溜めたところで、おれは我慢しきれずに吐いてしまった。


 あー、やってしまった。

 しかも彼女の衣服まで汚している。


 本当にごめん。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ