72話 暗晦
洞窟から光が消え、いっさいが見えなくなった。
シュラーの光魔法はどうなったんだ。
トアタラもまだ帰ってこない。
ん? 一瞬、何かがおれの手に触れた。
そしてまた刹那に触れた。
なんだ?
おれはそれを捕まえ、しっかり掴んだ。
「これって、リリサの手だな」
「わかるの?」
やはりリリサの声だ。
きっとトアタラが後ろから連れてきたんだな。
「そりゃ、わかるさ。がっちり手をとりあって、一緒に踊ったことあっただろ」
口ではこんなふうに答えたが、実のところ、手の大きさや感触でリリサだと判断したのではない。さっき手を握った瞬間、リリサの微かな吐息が耳に届いたのだ。寂寞とした洞窟の暗闇に、たった1人で残されていたからこそ、親しき仲間であるリリサを感じとれたのだろう。そう、普段ならばリリサだと確信できなかったはずだ。
「1度踊ったきりなのに、わたしの手を識別できちゃうって、やっぱり佐藤はエッチね」
そんなことがいえるとは、少しは元気がでてきたんだな。よかった。
「馬鹿いえ。何がエッチだ? いまはオトコのくせに」
するとリリサは握った手をギュッと締めつけてきた。
「いてててて。やめてくれ、悪かった! ごめんなさい」
満月の夜以外だと、やたら力があるから困る。
「佐藤」と呼ばれた。
その声はトアタラだ。
「この先、少しカーブしていますが、カスミたちがいます。いきましょう」
「カスミたちは無事なのか」
「はい、みんな無事です。でも足を止めたままじっと動きません」
とにかくそれを聞いて安心した。火の神にガブッと食われたわけではなかったのだ。
「わかった。とりあえずいってみよう」
みんなのもとへと向かう。
リリサとは手を繋いだままだ。当然である。光の消えた暗闇の中、暗視のできるトアタラに手をひいてもらわないと歩けない。だがおれは彼女に直接触れられないため、リリサの手を介さなければならないのだ。
トアタラの足音がぴたりとやんだ。リリサは歩行をやめ、おれも立ちどまった。
「シュラー、どうしましたか?」
囁くようなトアタラの声から考えると、シュラーはすぐ近くにいるようだ。
おれはシュラーの返答を聞こうと、耳をすました。
「ごめんなさい。すぐ先に巨大な生物がいるから光を消したわ」
巨大な生物?
くだんの『火の神』に違いない。誰もがそう考えているだろう。
まだそいつに動きがないということは、おれたち一行に気づいていないのか。
「では暗視のできるわたしが、ようすを見にいってきます」
「待て、トアタラ。危険だ。おれも一緒にいく」
「佐藤はここにいてください。1人で大丈夫です。それともわたしと直接、手を繋げますか?」
「いや、それは……」
「安心してください。すぐに帰ってきます」
そういって彼女はいってしまった。
待っている間、心配でならなかった。
女の子1人でいかせてよかったのだろうか。本当はいいはずがない。
いまだトアタラに触れられないおれが悪い……。
ああ、早く帰ってきてくれ。何ごともなく戻ってきてくれ。
「お待たせしました」
トアタラの声に、安堵の息を漏らした。
「無事なんだな?」
「はい、もちろんです。安心してください、といったはずですよ」
「そ……そうだったな。巨大生物っていうのは、いたのか」
「はい、白い獣の姿をしていました。眠っているようです」
真っ暗なのに色まで認識できるのか。トアタラの能力には脱帽する。
白い獣ということは、火の神に間違いあるまい。
「そうか、眠ってるのか。火の神を殺すのなら、いまがチャンスってことだな。みんな覚悟はできてますよね?」
「もちろんだとも」
エルリウスが即答した。ほかのみんなも次々と同意した。
これから始まるのは神殺しだ。
相手はいままでのような魔物や山賊などではない。人の命を喰らう神だ。
全身に戦慄が走った。心臓がバクバクする。
魔人のウルミを握る手に力を込めた。
ガイが妹シュラーに指示をだす。
「明かりをつけてくれ。うっすらとだ。眠っているのなら問題あるまい」
「わかった」
壁が弱く光った。
まっすぐ前方に目をやる。
そこに巨大なケモノが伏していた。
見えたぞ! あれが火の神か。
思わず叫びそうになったが、ぐっと呑みこんだ。
体長は推定5~6mくらいありそうだ。全身が長い体毛に覆われている。ぴくりとも動かない。
エルリウスは断鋼の魔剣を手にとった。トアタラも両手で仔龍の短剣を握りしめる。ガイはシンプルなダガーを1つずつ両手に持った。
おれは特技インド『カラリパヤット』を頭の中で選択した。
エルリウスも特技を発動した。武勇大会準決勝と同様、彼は2体に分身し、レイピアも32本となった。
いっせいに鬨の声をあげ、眠る火の神に襲いかかる。
初っ端から全力の総攻撃だ。
魔人のウルミをムチのようにすばやくふり回す。エルリウスもレイピアの雨を喰らわせている。
ところが火の神の体毛はすこぶる硬く、おれたちの刃は表皮にすら届いていなかった。そればかりか、化け物は目覚めるようすさえも見せない。おれたちの攻撃がまったく通用しないのだ。
「みんな、そこをどいて!」
全員がリリサの声に反応し、その場からいっせいに身をひいた。
無数の針がぽんぽんと連続して火の神を襲った。またシュラーも光の球をぶつけている。だが効き目はないようだ。さすがに神だけのことはある。
神に挑もうなんて無謀だったのか?
「まだよ」
リリサは諦めていなかった。
次に発した魔法は火柱だった。
火の神に火魔法なんて効くとは思えないが……。
しかし紅蓮の炎は勢いのままゴーと轟き、一瞬のうちに周囲の空気までもが熱せられた。近くにいるだけで肌が焼けそうだ。すさまじい威力に、放った本人まで驚愕している。
「わたしの火柱ってこんなに強力だったかしら……」
この強烈な魔法に、おれまで嬉しくなった。
「これはレベルが30になったからだろ。きっとリリサの火柱は、レベルに応じて激しさが増すんだ」
火柱は火の神を包んだ。
火の神はたまらず目を覚ました。
顔を持ちあげ、4つの足で立ちあがる。
火の神に対しても、火柱は有効だったのか?




