71話 魔法使い
魔法陣に着地したシュラーは、山の斜面に横穴があったことを報告してくれた。
そこが『火の神』の棲み処である可能性は高い。
だが横穴までの道なんてない。
急な斜面に手をかけながら、ゆっくりとのぼっていくしかなさそうだ。
中年のセシエには少々きついのか、早くもぜえぜえと息を切らしている。
意外なことにカスミは平気な顔で、斜面をスルスルとのぼっていった。身は軽いようだ。
少し離れたところをのぼっているのはシュラーだ。
ゆっくりと進んでいるが、斜面にほとんど手をかけていない。
魔法だけではなく運動神経もよさそうだ。
彼女に声をかけようとしたところで、シャツの裾を誰かにひっぱられた。
ふり返ると、リリサがいた。
「ねえ、佐藤。横穴まで競争しない?」
「競争か。いいぜ、面白そうじゃん」
リリサとの競争が始まった。
負けてなるものかと全力でのぼっていく。
しかしリリサもなかなか速い。リスのようにちょこちょことのぼっている。
リードしているのは、おれだ。このままいけば勝てる。
リリサ以外の者とは別に勝負していないが、ガイを抜き、エルリウスも抜いた。
さらにカスミを抜いてトップになった。
下方から強風が吹きあがってくる。なんだろうと後方を見おろした。
リリサが斜面から手を離し、左右に大きく広げている。風の力を利用しているわけか。そういえばリリサの魔法に『暴風』なんてものがあったな。
くそっ、風をあんなピンポイントで操れるとは。
「汚いぞ、リリサ。魔法なんて」
「魔法使っちゃいけないってルールはなかったでしょ」
とうとうリリサに追いぬかれた。しかしその途端、下からの強風は安定感を失いはじめ、小さな体がみるみるうちに減速していく。そんなリリサのシャツの背を掴み、ひっぱった。
ふたたびおれが前にでる。
「ずるい、ひっぱるなんて!」
「ひっぱっちゃいけないルールもなかっただろ」
勝ったのはおれだった。
リリサの頬が、ぷぅーっと膨れている。
「さてと、敗者の罰ゲームは何にしよっか」
おれはにんまりと笑った。
「罰ゲームするなんて取決めはしてなかったじゃない」
「勝負なんだから罰ゲームはあって当然だ。よし、決めた。次の満月の夜、おれと一緒に踊るんだ」
リリサはおれの足を踏みつけ、べーっと舌をだした。
さて、全員が横穴の前までたどりついた。
穴はずいぶんと大きかった。しかもかなり奥まで続いていそうな洞窟だ。
リリサが真っ暗な横穴の前に立つ。
なにやらとても張りきっているが……。
「さーて、ここはわたしの出番のようね」
4本の指で作った菱形から、得意魔法の炎球を放出した。
ふわふわ浮きながら、洞窟を照らしている。
「さあ、明るくなったわ。いきましょ」
リリサは何を勝ち誇っているのだ?
どうだといわんばかりの顔を、こっちに向けられても困る。
「あー、すごいすごい」
これでいいのか?
とりあえずそれでよかったようだ。リリサがうなづいている。
「そんじゃ、いこうぜ」
おれはリリサと並んで立ち、洞窟に踏みこもうとしていた。
「待って」
止めたのはシュラーだ。
「確かに明るくはなったけど、洞窟で使用するには熱がこもりすぎるわ。それに炎の光はゆらゆらしていて不安定。ここはわたしに任せてくれないかしら」
リリサは炎球を消した。代わってシュラーが洞窟に1歩踏みこむ。呪文を詠唱すると、洞窟の壁や天井や足もとなどが発光した。光は眩しすぎず、暗すぎず、程よい感じだ。
これがプロの魔法使いの技か。
8人で洞窟に入っていく。シュラーの魔法の光のおかげで、前後30m以内ならばバッチリ見渡すことができる。それでも一応、慎重に進んでいった。
先頭をゆくのはガイとシュラーの兄妹だ。続いてカスミ。その後ろにはエルリウスとセシエ。おれは隣を歩くトアタラに「ちょっと先にいっててくれ」と頼み、最後尾のリリサと並んだ。
シュラーとはだいぶ離れてしまっているので、地面や壁の光はほとんど失われていた。
「どうした、リリサ」
「駄目ね、わたしって」
思ったとおり、落ちこんでいるようだ。
「何いってる。駄目なものか」
「ううん、駄目。自分が嫌になるくらい駄目駄目。シュラーはすごかった。あれが本物の魔法使いなのね。葉っぱの人形で火の神の棲み処を探したり、魔法陣の上で高いところまで浮いたり、洞窟内をいい具合に発光させたり。わたしの魔法なんて全然及ばない。わたし程度で魔王と闘おうと考えてるなんて、本当に馬鹿みたいよね」
リリサは溜息をついた。
おれはもう1度くり返す。
「駄目なものか」
「佐藤はなんの根拠があっていってるのよっ」
リリサが目を剥いた。
ならばおれもいってやる。
「根拠なんかねえよ。だけどリリサは駄目じゃない。本当だ。仲間を信じてみろ。てか、どうした? リリサらしくないぞ。リリサに潜在する魔法はまだまだこんなもんじゃないだろ。なのに、魔法使いごときに魔法で負けるんじゃねえよ。悄気るより先に悔しがれ。悔しがって強くなれ」
最後に人差し指でリリサの頬を、ぐりぐりと捻じりながら突いた。
そしてトアタラの隣に戻った。
「声が聞こえていましたが、励ましてきたのですね。わたしも一緒にいこうと思いましたが、佐藤に任せることにしました。それでリリサはどんな感じですか」
「まだ元気はない。結局、おれは気の利いたことなんていえなかった。むしろ余計に……」
ここでトアタラは「いいえ」とはっきりいった。
「余計に悪化なんてことはありません。実はわたし、あんまり心配していません。だってリリサを信じていますので。佐藤が魔王を倒したいと願っているかぎり、リリサはすぐに立ちなおると思います。そして自分の魔力を高めていくと思います。それは佐藤の役に立とうとしているからです。逆にリリサが魔王を倒したいと願っているかぎりは、佐藤も自分を強化していくのだと思います。リリサに必要とされているからです。2人とも互いのために諦めたりしません。わたしもそうですよ。だってみんな深い深い絆で繋がっているのですから」
ありがとう、トアタラ。
突然、洞窟内の光が消えた。
真っ暗で何も見えなくなった。
シュラーの魔法がその効力を失ったということは、もしかして彼女に何かあったのか? 悲鳴は聞こえなかったが……。
「佐藤はそこを動かないでください。すぐに戻ってきます」
「トアタラ、どこへいくんだ? 見えるのか」
「佐藤はわたしの特技を知っているはずです」
「ああ、暗視っていうのがあったんだっけ」
「はい」




