70話 シュラー
______登場人物______
【佐藤 (Lv.6)】一人称は平仮名の『おれ』。職業は踊り子。爬虫類が大の苦手。
【トアタラ (Lv.7)】呪いによって人間に変えられてしまった少女。
【リリサ (Lv.30)】ロリっこフェイスの歌女。呪いによって体を男に変えられた。
【カスミ (Lv.1)】佐藤の仲間に加わった尼僧。外見が亜澄と酷似。
【エルリウス (Lv.38)】旅する貧乏貴族。武闘大会で佐藤に敗れている。
【セシエ (Lv.12)】職業は官人。地理書の編纂のため諸外国を歩きまわる。
【ガイガーシュトッフ (Lv.27)】暗殺師。セシエの用心棒。ガイと呼ばれている。
【シュラー (Lv.23)】魔法使い。セシエの用心棒。ガイの妹。
【ゾルネ (Lv.8)】兵士長の孫だと自称する地元の少女。
山に向かって歩いている。
はたして『火の神』は存在するのか。そいつは人の命を奪う獣神だというが、どれほど恐ろしい力をもっているのだろう……。
でも、こっちだって負けちゃいない。おれには特技インド『カラリパヤット』がある。それにリリサだってレベルが30に達したわけだし、戦士エルリウス、暗殺師ガイ、魔法使いシュラーという新たな仲間も加わったのだ。とても心強い。
神に挑むエルリウスの目つきは真剣で、刃物のように鋭かった。もはや冗談のいえる雰囲気ではない。ガイからは殺気立ったオーラが放たれている。シュラーやセシエの表情も険しい。
トアタラに至っては石化しているかのように表情が硬い。コチコチだ。火の神によほど恐怖を感じているのか。
大丈夫か、トアタラ。無理しなくてもいいんだぞ。
……などといったら失礼になるだろう。ではどう声をかけてやったらいいのか。
そんな彼女と目が合った。おれの視線に気づいてしまったようだ。
「ま、任せてください。イザとなりましたら、わたしが佐藤を守りますから」
そうじゃないって。むしろそれはこっちのセリフだ。きっと誰よりも怖がっている仕方くせに。でもおれがしっかりしていないから、トアタラにそんなことをいわせてしまったのだ。
「おれのことは大丈夫だ。なんたって特技インドがあるんだからな」
「そうでしたね」
よかった。彼女の表情が少し和らいだ。
それにしてもリリサはさすがだ。恐ろしい火の神を相手にするかもしれないというのに、何故そんなウキウキした顔でいられるのだ。まるで遠足にいくようではないか。レベルあげのチャンスだというのは理解できるのだが……。
最も緊張感がないのはカスミ、お前だ。どうして歩きながらアクビなんかできるんだよ。みんなが守ってくれると思っているのか。それとも火の神が存在するなんて思っていないのか。
山への道を歩いていると、前方から数人の男たちが駆けよってきた。
さっそく妨害が現れたようだ。
「ここから先は通せません。通行禁止です」
道を塞ぎ、仁王立ちする。
対峙するガイの殺気が一段と増した。だがセシエが彼の腕を掴む。
「通れないのなら仕方がない。みんな、ひき返すことにしようか」
彼らの姿が見えなくなるところまで後戻りし、そこで作戦会議となった。
道を変えたところで、また邪魔は入るだろう。ならば道以外のところから侵入できないものか。たとえば林や川を抜けて。ただそれをやると、衣服が汚れてしまうから、ちょっとイヤだ。
「あの、これ、使えませんでしょうか?」
トアタラが白闇の鏡をとりだした。最後に使用したのはクルス村だったか。体を透明にして進んでいくわけだな。
しかしリリサが難しい顔をしている。
「それねえ……。この前、見せてもらったけど、全員の姿は消せないわね。帯びている魔力が小さすぎるから。この人数だと何往復もしないと」
いいアイデアだと思ったが、全員が使うには無理があったか。
シュラーが白闇の鏡をのぞく。
「へえ、姿を消せる魔法の鏡ってこと? それならわたしの魔法増幅術でなんとかなるかも。要するに、一時的に鏡の能力を強化すればいいのよね?」
さすがは魔法使いだ。そんな術を身につけているとは。
シュラーが白闇の鏡を片手に持った。
「みんな、手を繋いで横一列に並んでくれないかしら。この鏡の力で全員の姿を消せると思うから」
とりあえず8人が手を繋いで横並びになればいいらしい。
さっそく手をとりあった。
鏡を持つシュラーが兄ガイの手をとり、ガイがエルリウスと繋いだ。エルリウスはカスミの手を握り、カスミはトアタラと手を合わせた。
またセシエがリリサの手を掴むと、リリサはおれと手を結んだ。つまりこう並んでいる。
鏡――シュラー――ガイ――エルリウス――カスミ――トアタラ
佐藤――リリサ――セシエ
あとはトアタラとおれが手をとれば、みんなが横一直線に並ぶことに……。
ちょっと待て。そんなの無理だ。できっこない。
彼女に触れたらまた失神してしまうではないか。
「いいわ。場所交代ね」
リリサが気を利かせてくれた。
おれとリリサが入れ替わる。
鏡――シュラー――ガイ――エルリウス――カスミ――トアタラ
リリサ――佐藤――セシエ
このように並びなおし、トアタラとリリサが手をとった。これで全員が一列に繋がったことになる。
おれの左手はリリサ、右手はセシエと繋いでいる。
まあ、左手は問題ない。リリサはオトコだが、繋ぐのは構わない。
だけど右手はなんだかイヤだ。汗ばんでいるし、妙に熱がこもっている。
まあ、しょうがないか。我慢しよう。
しかしセシエが愚痴る。
「なんだ、残念だよ。せっかく若い娘さんと手を繋いでいられるかと思ったのに」
おいおい、おれだってあんたとは手を繋ぎたくなかったんだ。
それはそうとな、オッサン。リリサは若い娘さんじゃないんだぞ。
「マスター? その位置が嫌でしたら、わたしと兄の間に入りますか」
「いや、ここでいい。だってなんだかシュラーの目つき、怖いから」
おれたちは白闇の鏡の力で姿を消し、山へと向かっていった。
さすがは魔法使いの術だ。今度は地元民とすれ違っても、気づかれることはなかった。なんの障害もなく進んでいく。
山の麓にやってきた。それぞれ手を放す。
シュラーは鏡をトアタラに返した。
しかし困ったぞ。火の神は山のどこに潜んでいるのだ? 山の斜面といっても広すぎる。では手分けをして探そうか? いやいや単独行動は危険だ。
セシエが指先で顎を掻く。
「ここからどうやって探せばいいのだろう」
「わたしに任せてもらえませんか、マスター」
シュラーは3枚の落ち葉を拾った。葉を器用に折ったり切ったりし、人の形に仕あげた。葉っぱの人形ってところだ。
それを高く放りあげ、人差し指をつき立てた。それを肩の高さでくるくると回す。薄褐色の細くて長い指が、優雅に艶めかしく動いている。
おれは無意識のうちに、彼女の仕草を恍惚と眺めていた。
おっと、いけない、いけない。変なふうに誤解されてしまう。
慌てて視線を切り、上を向いた。
葉っぱの人形は上空からひらひらと舞いもどり、彼女の指先に止まった。
「大地の子よ、我を火の神のもとへ導いておくれ」
彼女が命じると、葉っぱの人形はふたたび宙に浮きあがった。それはまるで意思を持っているかのようだった。
セシエが驚愕の眼差しを送る。
「シュ、シュラーよ。そいつが火の神のもとに案内してくれるのか?」
「はい、マスター。火の神が存在すればの話ですが」
葉っぱの人形がふわふわと宙を泳いでいる。
おれたちはそのあとを追った。
ある場所にくると、葉っぱの人形はぴたっと静止した。
セシエがそれを指差す。
「止まったぞ、シュラー。どういうことだ?」
「火の神は実在したようです。おそらくは、この上かと」
火の神は実在したらしい――。
シュラーは地面に魔法陣を描き、ぶつぶつと呪文を唱えはじめた。
その唇の動きが止まると、空を仰いだ。
彼女の体が浮きあがる。そのままどんどん上昇していく。
そしてまたおりてきた。
「棲み処への入り口らしきものを見つけました」
「すっげえ、シュラーは空を飛べるんですね!」
おれは感嘆のあまり声をあげ、彼女に駆けよった。
「いいえ。飛んだのではなく、ただ浮いただけよ」
「天女かと思ったッス」
「ご冗談を」
ちなみに彼女によれば、息を止めている間だけ、描いた魔法陣の上に浮くことができるそうだ。




