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69話 火の神

 兵士長の息子が町の祭りの誘いにやってきた。祭りは今夜だという。

 しかしきのうの話だと3日後だったはず……。これは怪しすぎる。


「夜までまだ時間がありますので、考えておきます」


 セシエがみんなを代表して答えると、兵士長の息子は笑顔でうなずいた。


「年にたった4回のお祭りです。みなさん、是非いらっしゃってください。夕方、お迎いにまいりますので」


 彼はそういって帰っていった。強引すぎやしないだろうか。


 どうして3日後の祭りが、3日も前倒しになったのだろう? おれたちが明日にでも町外へ出発してしまうかもしれない、とでも思って日程を変更したのか。それはそれで気味が悪いことだ。そこまでしておれたちを祭りに呼びたい理由とは、おそらくは要するに……。


 もちろん他人を疑うのは好きじゃない。好きじゃないけど、ここは外国なのだ。不慣れな土地であることを認識しなくてはならない。疑うことを忘れたら、酷い目に遭う可能性がある。

 これがきっと『旅』の現実なのだ。


 旅……。思い描いていたようなものとはまるで違っていた。正直いって楽しくない。こんなのは苦痛でしかない。どうせ旅をするのならば、途中のあちこちでたくさんの人と出会って、語りあいたかった、うち解けたかった、一緒に笑いたかった。そういうものこそが旅の醍醐味だと思っていた。

 ああ、そうだよな。おれは遊びで旅をしているんじゃなかった。



 窓の外を眺めていたガイが室内に向いた。


「やはり彼ら町の人々には注意をしておくべきだ。俺たちは羊皮紙を残してくれた57年前の旅人に、感謝しなくてはならなくなるかもしれない」


 そのとおりだ。おれは小さくうなずいた。

 実際、兵士長の息子にしろ、レヘルにしろ、ゾルネにしろ、あまり悪そうには見えなかった。だとしても裏で何を考えているかなんてわかりゃしない。57年前のことはいい実例だ。


 この町について、各地で悪い評判は聞いていた。仮に『火の神』への人身御供の話が何かの勘違いだったとしても、悪い噂を裏付ける要素ならば他にもあるのだ。たとえば人為的に切りとられていた『トジェの実』のことだってそうではないか。あれが嫌がらせじゃなかったら、なんだというのだ。

 イタズラ程度に留まるのならまだいい。もし本当に命にかかわるような悪だくみをしているのならば、町の人々を絶対に許すわけにはいかない。


 セシエは羊皮紙をもとの場所に仕舞いなおした。

 ガイがみんなを寄せ、小声でいう。


「俺たちはバラバラにならない方がいいだろう。なるべく固まって行動しよう。用心のためだ」


 反対する者はいなかった。


「ベッドはどうするの?」


 リリサがいった。

 現状、丸太小屋は男4人と女4人(ただしリリサを含む)の棟に別れている。しかし夜間こそ危険なのだ。もちろんそれはみんなも考えていたことだろう。

 ここでガイが提案する。


「向こうの棟からベッドを運んでこよう。ただし4つも運ぶことはない。窓際の空きベッドは俺が使う」


 窓際のベッドは危険だと思われていたため、昨晩は誰もそこを使わなかった。しかしガイは荷物を窓側に投げ、使用中のベッドを妹シュラーに譲った。さすがはセシエの雇った用心棒だけのことはある。ちょっとカッコよく思った。


 さっそくみんなでベッドをとりに女子棟へといった。

 1台につき4人がかりで運ぶ。

 対面でベッドを持つセシエになんとなく聞いてみた。


「そういえば地理書編纂のために、町歩きは続けるんですよね。いつまで休憩しているんです?」


 みんなで固まって行動することになったため、セシエたちの地理書編纂には同行しなければない。彼らが町歩きを再開するときは、おれたちも一緒なのだ。


 セシエが不機嫌そうに口元を歪ませながら答える。


「そもそも休憩をとることにしたのは、地元の連中に邪魔されたからだ。途中で通行禁止などといわれてな。まあ、ようすを見ながらまた始めていくさ」

「通行禁止ですか? 実はおれたちもやられました。なんのつもりなのでしょう」

「まったく、なんなのかな。本当に腹が立つ」



 旧男子棟に8つのベッドが集まった。しかしさほど窮屈な感じはない。


 窓から最も離れたベッドを、ちゃっかりゲットしたのはカスミだ。しかし隣がセシエのベッドだったことに気づくと、たちまちイヤそうな顔になり、エルリウスに無理やりベッドの交代をさせるのだった。素直に従うエルリウスは、さすが女性に優しい貴族紳士だ。


 おれのベッドは大きな窓から2番目に近い。隣はリリサのベッドだった。

 リリサがぼんやり天井を見あげる。


「ねえ、羊皮紙に記載のあった火の神って、本当にいるのかなあ? 白い獣神らしいけど」


 リリサの疑問に即答したのはエルリウスだった。


「その手記に書かれていたとおりさ。絶対にいる。そいつのせいで旅人たちが拉致され、人身御供となってきたんだ」

「エルリウスは自信ありげにいうのね。火の神かぁ。多くの人々の命を奪ってきた恐ろしい神だけど、見てみたい気もするな」


「同感だ。見てみたい。地理書に面白いことが書けるぞ」


 と目を輝かせるセシエに、シュラーが冷めた視線を送った。


「ですが火の神に襲われたらどうします?」

「ええと、そのときは……」


 セシエが口ごもると、エルリウスはさっと立ちあがった。断鋼の魔剣(レイピア)を突きあげる。


「そのときは倒す。人の命を奪うような悪しき神に遠慮は無用」


 そういって断鋼の魔剣をふりおろした。

 リリサが喜色を浮かべる。


「うん、レベルあげのチャンスね」


「そ、そうともさ」セシエが首肯する。彼の目がふたたび輝いた。「いまから火の神の存在を確認にいくのもいいだろう。そうすればあの手記の真偽が判明する。もし本当に人食いの神が実在したならば、人々を守るために退治すべきだ! もう誰も生贄にはされないようにな。へっへっへ、町の奴らめ、崇拝する神を我々が倒してしまったら、どんな顔をするだろう? 長年、旅人や周辺の人々を騙し、人身御供にしてきた報いを受けてもらおうじゃないか」


「マスター、待ってください。みんなもどうかしてるぞ。もし存在するとなると、相手は神だ。その力は計り知れない。弱小な魔物とはわけが違うのだ」


 ガイは反対のようだが、セシエはニヤリと笑みを見せた。


「なーに、大丈夫だ。優秀な用心棒を2人も雇ったんだからな」

「ですがそれは……。わかりました。いきます」


 話は決まった。もちろん、おれも賛成だ。ぜひ火の神を見てみたかった。


 さっそく準備にとりかかった。

 手記には火の神の棲み()も書かれていた。低い山のやや急な斜面――すなわちトジェの実をとりにいった山だ。


 おれたちは休憩ののち、山へと向かっていった。


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