6話 参戦
______登場人物のおさらい(再)______
【佐藤 (Lv.1)】異世界転生した主人公。特技『インド』を具有しているが、いまのところは未使用。はたしてその実力は……?
【トアタラ (Lv.1)】異世界に住む美少女。幸薄そう。
【バクウ (Lv.79)】村の外れに住む大男。戦士。魔法も特技も使える。
【ヤモック (Lv.14)】この異世界のルールを佐藤に教えた村人。農夫。胡散臭い。
【パチャン (Lv.?)】ヤモックの義兄。画家。ただし裸婦画専門。
逃げることにトアタラが抵抗するのは、想定していたことだ。それでも強引に手をひいて走った。この場から逃げなくてはならない。彼女を守らなくてはならない。山賊が奪っていくものは金品財産ばかりではないのだ。きっと容姿端麗の女たちも彼らのターゲットになりえる。
追ってくる山賊は一人。それでも足はすこぶる速く、おれたちは追いつかれてしまった。
小屋のキッチンから勝手に持ってきた包丁をぎゅっと握りしめた。額から汗が流れでる。その山賊は足の速さからすると、レベルがかなり高いのだろう。しかも探検を手にしている。包丁なんかで敵うはずがない。絶体絶命のピンチだ。
「うっ」
なぜか声をあげたのは山賊だった。
山賊の後ろに誰かいる。ヤモックだ。彼の銛が山賊の背中につき刺さっている。山賊は地面に崩れおちた。得意顔のヤモックがいう。
「そいつに追われている佐藤が見えたんでな」
「ヤモックさん、ありがとう」
「なあに、佐藤には16マニーを貸したままだ。返済ナシに死なれてたまるか。あれ、60マニーだったか?」
「6マニーですよ! 6マニー」
さっき礼をいって損した気分だ。
「ほう、佐藤。ビジネスが巧くなったな。このどさくさに値引き交渉とは」
「どさくさを利用しているのは、あんたの方でしょうが!」
「いいぜ。もし山賊の奴らを俺たちが無事に撃退できたら、特別に6マニーまで値引きしてやる」
借金はもともと6マニーじゃん。ならば……。
「いやいや、フレンドプライスの5マニーで」
「よし商談成立だ」
これで借金は5マニーだ。ヤモックはいい人だ。
あれ? もし無事に撃退できなかったら、60マニーなどといいだすつもりか?
ヤモックが戦場の中央広場へと走って行く。
それに遅れてトアタラまでも、バクウのいる広場に向かって走っていった。
「ああ、待ってくれ」
くそっ、おれも闘うしかないのか。倒れた山賊の短剣を拝借し、彼女を追った。右手に短剣、左手に包丁。一応は二刀流のつもりだ。広場のようすが見えてきた。広場でバクウが地面に伏している。山賊側が圧倒的優勢なようすだ。
おれとトアタラの前に、また1人の山賊が立ちはだかった。そいつはトアタラを見て、下品な薄笑いを浮かべやがった。汚らわしい視線をトアタラに送るんじゃねえ! おれだって、やるときにはやるんだ。短剣を敵に向けて突っこむ。しかし山賊の短剣に軽く払いとばされてしまった。左手に持っていた包丁を右手に持ちかえる。
相手は強い。勝てる気がしない。どうしよう。
またもやおれはトアタラの手を掴んで走った。
今度の山賊はあまり足が速くないようだ。しかしトアタラが抵抗しているため、追いつかれるのも時間の問題か。どうして彼女はいっしょに逃げてようとしてくれないのだ。
ならば一か八かの勝負にでてみよう。ここでアレを使わずにどこで使う?
おれは5000人に1人という特技の具有者だ。
特技インド――。
その内容は不明。頼りないけれど、これしか残っていないのだ。
足を止めた。
「トアタラ、特技ってどうやれば使えるんだ」
「はい? ええと、人それぞれだと聞いてます。わたしの場合は、使いたいと思うだけで、自然に使えます」
思うだけでいいのか。とりあえず強く念じてみよう。
特技を使いたい、特技を使いたい、特技を使いたい、特技を使いたい……。
脳内に光の画面がでてきた。
やったぞ、成功だ!
特技を使いますか
はい いいえ
もちろん「はい」だ。「はい」を念じるとその文字が光った。
そして画面が切りかわる。
特技を選択してください
* インド
選択も何もインドしかねえだろ、とつっこんでみる。
するとインドの文字が光った。
IDおよびパスワードを入力してください
ID 「 」
パスワード 「 」
「おーい、トアタラ。IDとパスワードって何を入れればいいんだ」
「IDとパスワードですか? おそらく佐藤は雑念が多いから、変なのがでてくるのだと思います。無視してみてはいかがでしょうか。集中してください」
えっ、無視でいいのか。よし、集中だ。
画面の文字が消え、次の文字が現れた。
あなたはインドを選択します。
本当にインドでいいですか。
はい いいえ
迷わず「はい」だ。
途中キャンセルはできません。
それでもインドを選択しますか。
はい いいえ
少し不安になってきた。それでも「はい」を選択した。
そして次の画面に一驚を喫するのだった。
誠にもうしわけございません。残念ながらタイムアウトとなりました。
しばらく時間をおいてから、もう一度やりなおしてください。
「ふざけんな!」
思わず大声をあげた。そのせいで多くの山賊たちの視線が集まってきた。目立ってはいけないところで目立ってしまった。レベル1のおれに山賊たちの剣が向き、槍が向く。たちまち囲まれてしまった。さっきの山賊にも追いつかれた。もう駄目だ。そう思ったときのことだった。画面がふたたび替わる。
冗談です。
お待たせしました。
準備のためにお時間をいただきました。
それではいまから特技インドを発動します。
キャンセルはもうできませんよー。
どうぞ最後までお楽しみください。
いよいよ特技が発動するらしい。
ところでトアタラの特技は『天気予報』と『暗視』だった。そう、必ずしも特技が戦闘用とは限らないのだ。不安で不安で仕方がない。戦闘に無関係な特技だったらどうしよう。なんだかそんなオチがつくような気がする。おれは祈った。
ああ、頼む。この状況から救ってくれ。インド様、インド様、インド様!
曇り空が晴れていく。雲が猛スピードで流れていく様は、まるでコマ送りの映画を見ているようだ。
山賊たちが不思議そうに空を仰ぎみる。村人たちも上空を見て唖然とする。
空全体が鳴った。
雷ではない。大音響の音楽だ。
ああ、聞いたことがある。これはヒンディー・ミュージックだ。
耳が痛くなりそうなほどの音量には迫力がある。
このリズムに体が乗っていくようだ。
つうか、なんだよ。特技インドって音楽鑑賞することかよ。
あー、これは駄目なやつだ。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
山賊に殺される。この世界にきて早々死ぬのか。もとの世界に戻れないのか。
くそー! 特技を信用したおれが馬鹿だった。
チェンジだ、チェンジ。インドからタイに替えてくれ、台湾に替えてくれ、インドネシアでもいい。