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68話 アプラーミア村

 57年前の旅人によって記載された羊皮紙によれば、このポヌーカ町はかつてアプラーミア村と称していたらしい。また、エルリウスはそのアプラーミアについて、匪賊の村として有名だったと話す。


「なんだよ、それ」と、おれは思わず声をあげた。


 人を殺して喜ぶという狂気の民衆が住む村――そんなエルリウスの話を頭に入れ、ふたたび羊皮紙を読みはじめた。



 ……この悪名高き村に到着し、私たちは驚愕した。いままで聞いてきた評判はなんだったのだろう。村人たちはとても親切だ。噂は噂に過ぎなかったようだ……



「あれ? 匪賊の村じゃなかったのか」


 エルリウスの話とはまったく違う。というより真逆だといっていい。

 このあと村人に親切にされた話がいくつか続いた。

 別に悪い村ではなかったようだ。


 おれも、トアタラも、リリサも、いつの間にか笑顔になっていた。表情をあまり顔にださないカスミも、きっと胸の内では笑顔になっていることだろう。それらのエピソードを読んでいると、心がぽかぽかと温かくなってくる。人々との心の触れあいこそが旅の醍醐味なのだ。


 ところが話は途中でガラリとようすが変わるのだった。



 ……まったく酷いものだ。私たちは村人の見かけの親切に、まんまと騙されていたわけだ。何が伝統儀式の見物だ! 誘いについていった友人はそのまま捕捉された。おそらく彼はもう殺されているだろう。私たちは奴らの陰謀にまだ気づかない素振りをしていた方がよさそうだ。隙を狙って逃げだすために……



「驚いたかい? これがアプラーミア村の正体だ」とエルリウス。


 目を疑った。その記述の前後をもう一度ざっくり読みかえした。なんだ、この展開は? 旅仲間が捕まって殺されたらしいけど……。村人たちの騙しうちか。


 エルリウスはどうだといわんばかりに、大げさに両手を開いてみせた。そして窓際のベッドに腰をかけた。



 羊皮紙の記述でわかったことだが、村民は『火の神』を信仰していた。低い山のやや急な斜面に、彼らの神が住んでいるらしい。白い毛並みの獣神だ。火の神は村に恵みをもたらすが、生きつづけるためには人の魂を食さなければならない。村民は外部の者を人身御供(ひとみごくう)として『火の神』に捧げていた。


 著者がいうには、旅人は格好の獲物なのだ。

 すべてを読みおえて、体がぶるっと震えた。

 これって本当なのか。


 まあ、でも仮にそれが事実だったとしても昔の話だ。

 現在はこんなことなんて……。

 否、否、否。これまで処々でポヌーカ町の話を耳にしてきたかぎり、現在もたいして変わっていないものだと考えられる。


 ちなみに羊皮紙に書かれた手記によれば、生贄の儀は祭りのたびに執りおこなわれてきたらしい。


 おれも、トアタラも、リリサも、カスミも黙ったままだった。

 ベッドの上に重ねられた羊皮紙が、窓からの風に小さく揺れた。

 エルリウスがそれを手で押さえる。


 おれの背中をポンと叩いたのはガイだ。


「そういえばトジェの実は見つかったのかい」


 敢えて別の話題を振ったのだろうか。


 おれは肩をすくめた。そしてトジェの木は見つかったものの、木の実が人為的に切りとられていたことを話した。


「それは残念だ。わざわざいってきたのに徒労だったかあ。でも人為的に切りとられていたって、どういうことだろうね。トジェの実なんて、普通は食料にも薬料にもならないはずなのに。ところでゾルネとは山頂で別れたのかな? キミたちを丸太小屋まで、送りとどけてくれなかったようだけど」


 実際、まったくの徒労というわけでもない。異国の自然の中を歩くのは楽しかった。珍しい風景や珍しい小鳥にはちょっと感動した。それと一面に広がる水田には懐かしさが込みあげてきた。


 トジェの実が切断されていたことは、ガイも奇妙に思ったようだ。それからゾルネのことも、やはり信用していない感じだ。


「はい、ゾルネとは山をのぼる前に別れました。おれたちをまったく別な方向に連れていこうとしてたんで」

「キミたちをまったく別な方向にって……。気味が悪いな」


 あのとき彼女は『遠回りしてきれいな湖を見せたかった』などと言い訳をしていた。しかし羊皮紙の手記を読んだあとで、彼女の行動を思いかえしてみると、怪しいことこのうえない。

 結局はもとの話題に戻ってしまうのだった。



 カスミがおれのもとに歩いてきた。


「ねえ。わたしたちはいつまでこの物騒な町にいるわけ? トジェの件は諦めるしかないんだし、もう用事はなくなったのよね」


 そうだな。さっさと町をでた方がいいかもしれない。

 トジェの実はこの町でしか入手できないわけではない。時期をずらせば別の土地で手に入るのだ。


「キミたち、もう少しこの町に留まってくれないか。帰るときは一緒に帰ろうじゃないか」とセシエ。


 彼らは地理書編纂のためにここを訪れている。

 だがあんな恐ろしい手記を見てしまったら、心細くもなるのも当然だ。きっと仲間が欲しいのだろう。

 何しろおれたち4人は、一応、武闘大会出場者であり、さらにおれ個人についていえば準優勝しているのだ。


 じゃあ、どうしようか。まずトアタラに尋ねてみると、こう答えた。


「このまま町をでていくのは気がひけます。みなさんは旅仲間ですから」

「おお、ありがとう、トアタラ。キミは本当に心優しい女性だ」


 セシエがトアタラの手を握ろうとする。

 そこへシュラーが間に入った。


「こらこら、女の子の手を握ろうとしないっ」


 セシエをトアタラから遠ざける。

 続いてベッドに座っているリリサに聞いてみると、ぴょんと跳ねおきた。

 何故かその場でくるりと一回転。敬礼のポーズをとってみせた。


「裏で糸を引く強大なラスボスが、町に存在していることをむしろ望みます。そいつを倒して、レベルをあげることが明日への一歩となります」


 よくわからないことをいっているが、リリサもトアタラと同様、要するに旅仲間を見捨てられないのだろう。

 セシエはここでもリリサの両手を握りかかるが、シュラーの鋭い視線にその手をひっこめた。


 さて、最後はカスミに尋ねようと思ったが、彼女は自分から口を開いた。


「あの手記が本当だとすれば、命を狙われる危険があるのよね?」


 小首をかしげながら、じっとセシエを見据えている。

 彼は諦めたようにガックリとうなだれた。


 ここに留まるにはトアタラ、リリサ、カスミの同意が必要だ。

 もし1人でも反対者がいれば、おれはセシエの要望を拒否するつもりだった。


 カスミが舌打ちする。


「だらしないわね。わたしを説得もできないの?」

「えっ」と驚くセシエ。


 再度舌打ちした。


「だからさあ。仕事を終えて無事に町からでられたら、国一番の高級食堂で美味いものをたらふく食わせてやる、くらいのことはいえないの?」

「わ、わかった。約束する」


 3人がOKしたので、おれが反対する理由はない。

 話は決まった。


 外からノックがあった。

 戸を開けてみると、きのうの男が立っていた。確か兵士長の息子だったか。


「みなさん、お揃いですね。ちょうどよかった。実は今夜、町の祭りがあります。どうぞいらしてください」


 途端に屋内の空気が緊迫感を帯びた。みんなの表情が硬くなっていく。

 いま彼は、町の祭りが『今夜』だといった。


 昨日の話だと祭りは3日後だったはず……。


 何があった? どういうことだ。?


 羊皮紙の記述によれば、祭りの際に生贄の儀があったとされているが……。

 きな臭さがプンプンと漂ってきた。



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