67話 手記
______登場人物______
【佐藤 (Lv.6)】一人称は平仮名の『おれ』。職業は踊り子。爬虫類が大の苦手。
【トアタラ (Lv.7)】呪いによって人間に変えられてしまった少女。
【リリサ (Lv.30)】ロリっこフェイスの歌女。呪いによって体を男に変えられた。
【カスミ (Lv.1)】佐藤の仲間に加わった尼僧。外見が亜澄と酷似。
【エルリウス (Lv.38)】旅する貧乏貴族。武闘大会で佐藤に敗れている。
【セシエ (Lv.12)】職業は官人。地理書の編纂のため諸外国を歩きまわる。
【ガイガーシュトッフ (Lv.27)】暗殺師。セシエの用心棒。ガイと呼ばれている。
【シュラー (Lv.23)】魔法使い。セシエの用心棒。ガイの妹。
【ゾルネ (Lv.8)】兵士長の孫だと自称する地元の少女。
おれ、トアタラ、リリサ、カスミの4人で山をおりている。山頂でトジェの実を得ることはできず、落胆しながら丸太小屋に帰るところだ。
なんだろう。前方に5~6人の地元民たちが立っている。
彼らはおれたちに気づくと大声をあげた。
「ここは通行禁止だ。ひき返してくれ」
はあ? どういうことだ。さっきこの道を歩いてきたばかりだぞ。なんで帰り道が通行禁止になるんだよ。まさか、また嫌がらせのつもりだろうか。
怒鳴りかえそうとすると、リリサがシャツの裾をひっぱった。
「彼らのいうとおり、ひき返しましょ。わたしたちはこの町の部外者なのよ。何か理由があるのかもしれないし」
「佐藤、遠回りしましょう。わたし、みんなでお散歩するのが大好きです」
トアタラまでがそういうのだった。
2人にいわれてはしょうがない。いいたいことをグッと呑みこみ、代わりに小さくうなずいた。カスミも舌打ちしたあとで踵を返した。
山道を再度のぼり返し、大きく迂回して宿の丸太小屋へと向かう。
丸太小屋への帰り道、彼らへの怒りは消えたわけではないが、長閑で美しい風景を眺めながら歩いていると、少しばかり心が落ちついてきた。
丸太小屋が近くなった。道はその先で、別の細道と交差している。
ちょうどそこから人が歩いてくる。顔が見えた。おれはハッと息を呑んだ。
偶然にもゾルネだったのだ。
彼女とすれ違う。
言葉を交わすことはなかった。彼女は無表情に会釈したのち、そのまま通りすぎていった。トアタラが寂しそうに彼女の背中を見送る。
トアタラ、諦めてくれ。あいつと友達にはなれないんだ。
丸太小屋に帰ってみると、ちょっとした騒ぎがあった――。
おれたちが中庭までやってくると、シュラーが丸太小屋の女子棟ではなく男子棟からでてきた。周囲をきょろきょろしている。
「佐藤、ゾルネは一緒?」
シュラーは何を警戒しているのだろう。
「いいや、もういない」
「ならばよかった。みんなこっちにきて」
そういって、おれたちみんなを男子棟に連れていく。
シュラーのほかにも、エルリウス、セシエ、ガイの全員がそろっていた。
なんだか異様な空気に包まれている。
「やあ、戻ってきたか。もっと遅くなると思っていたよ」
セシエはそういいながら布のようなものを差しだした。よく見るとそれは羊皮紙だった。
「なんですか、それ?」
羊皮紙をのぞいてみる。小さな文字がびっしりと書かれていた。何枚も重なっている。
セシエが見つけたらしい。話によるとこういうことだ――。
セシエたち一行は休憩のため、いったん丸太小屋に戻ってきた。ベッドに仰向けになったセシエは、小さな違和感を抱いた。ちょうど正面に見える天井に、手のようなものが、うっすらと描かれていたのだ。その描かれた手は、人差し指だけを伸ばしている。まるで『この先を見ろ』といっているかのようだった。
「へえ。手ですか」
天井を見あげてみると、セシエのいうとおり、薄いシミのようなものがあった。なるほど人間の手に見えなくもない。
セシエは続けてこんなことを話した――。
この絵を不思議に思ったセシエは、指の向いた先へと視線を移してみた。すると天井と壁の間に、微妙な隙間があるのを発見した。何かありそうだと思い、椅子に乗って隙間を調べてみた。そこで見つけたのが、この羊皮紙というわけだ。
「いったい何が書かれていたんですか」
「町のことが記載されている。ここを訪れた旅人が残した手記だ」
セシエはそう答えたが……。ちょっとひっかかるところがある。
「変ですねえ。この町って評判がとても悪いから、旅人なんてこなかったんじゃないんですか」
「そうだ。佐藤のいうとおり、長い間、外部の人間はこの町にきていないだろう。しかしこれは57年前に書かれらものだ。この手記には日付がある」
セシエの指差したところに日付があった。
この手記を残した人物名も記載されていた。『シュトラーフィル公アムウ・ゼーゼラン』というらしい。
「偶然にもボクの母が、シュトラーフィルのゼーゼラン家の生まれだ」とエルリウス。
つまりエルリウスの親戚が、57年前に旅人としてやってきて、丸太小屋に手記を残していったのだ。羊皮紙は長い年月を経ても、丸太小屋の所有者に気づかれなかったことになる。
もしセシエのようにベッドに寝そべれば、羊皮紙を発見できていたであろう。しかし所有者はそんなことをしなかった。
わざわざ手記が見つけにくくしてあるのは、丸太小屋の所有者に気づかれたくなかったからだと考えられる。それは何故だろう。あとからくる旅人のために、こっそりと残したものなのか? だとすればここに書かれているのは警告や忠告か?
とにかく羊皮紙に目を通してみようか。
……私がこのアプラーミア村を訪れる前、様々な噂を耳にしてきた……
おいおい、ここはポヌーカ町のはずだぞ。
「アプラーミア村ってなんだ?」
首をかしげるおれを見て、エルリウスは得意げに目を細めた。
「驚いたかい、佐藤。ここはアプラーミア村だったんだよ」
ここがアプラーミア村だとすると、ポヌーカ町ではなかったのか?
いいや、そんなはずはなかろう。ここの住民ははっきりとポヌーカだといっていた。町外の人々だって同様にそう呼んでいたではないか。
「それはおかしいんじゃ……」
エルリウスは前髪を掻きあげた。
「ここがポヌーカなのは間違いない。村だった頃の旧称ってことさ。でもまさか、あの有名なアプラーミア村だったとはね。村の呼称を変えることで、悪い評判を払拭したかったのだろうな」
「はて、有名だったか?」とセシエ。
彼もエルリウスとともに羊皮紙を読んでいるはずだ。しかし『有名』ということについては同意しかねるようすだ。
エルリウスはガイとシュラーにも目を合わせるが、両者とも首を横にふるのだった。つまりアプラーミア村という名称を、それまで知らなかったようだ。ついでにトアタラもリリサもカスミも初耳だといった。
「驚いたな。みんな本当に知らなかったのかい? ほら、『匪賊の村』として有名な……。うーん、一般的にあまり有名ではなかったのかぁ」
エルリウス以外は誰も知らなかった。
ここでカスミが舌打ちする。
「ああ、くだらない、馬鹿みたい。みんながその羊皮紙の記述に大騒ぎしてるのって、地名が変わってたからってこと?」
どうして彼女はこういつも態度が悪いのか。
外見は亜澄さんと似ていても、中身は大違いだ。
ガイが首を横にふる。
「もちろん地名なんてどうでもいい。重要なのはその先だ。さあ、読みつづけてくれないか」
カスミの視線がふたたび羊皮紙に向いたところで、エルリウスはストップをかけた。
「ちょっと待ってくれ。その先を読む前にボクの話を聞いてくれないか。かつてのアプラーミア村についてだ。みんなが知らなかったとなると、話しておいた方がいいと思ってね」
エルリウスはアプラーミアについて語りだした――。
アプラーミアはかつて村全体が極悪非道な匪賊の巣窟だった。住民はそこを訪れる者たちの命や金品を奪うどころか、周辺の村々にもしばしば手を伸ばしていた。彼らは人の殺害をなんとも思わず、むしろそれを見て喜ぶほどだった。その殺し方も極めて残酷・残忍で、まるで悪魔そのものだった。
「なんだよ、それ」
おれは思わず声をあげた。




