66話 少女ゾルネ
トアタラ、リリサ、カスミとともにトジェの実の種子を求めて歩いた。案内するのは地元の少女ゾルネだった。しかし橋のかかった湖に近づいたところで、おれはみんなを止め、彼女を睨んだ。
「おい、ゾルネ。お前は何を企んでいる」
「はい? わたしは別に何も企んでいませんが、どうかされましたか」
彼女はおかしそうに笑っているが、おれは冗談をいったつもりなどない。
リリサが隣にきて、シャツの裾をひっぱる。
「ちょっと佐藤、どうしたのよ」
だがリリサに構うことなく、ゾルネに鋭い視線を送りつづけた。
「トジェの木があるところまで、案内してくれるんじゃなかったのか?」
「もちろん、いま向かっているところですよ」
平然といいやがった。その神経の図太さが羨ましい。
「嘘をつくな!」
リリサがまた裾をひっぱった。
いま、いいところなので邪魔しないでほしいんだが……。ああ、もう、わかったから手を放してくれ。仕方なくゾルネに届かないような小声で、リリサに耳語してやった。
「きのうガイが話してくれたことを覚えているか。トジェの木が自生しているところは、低い山のいただき付近なんだぞ」
「うん、聞いたけど」
「ところがこの町はほとんどが平地だ。唯一見える山といったら向こうしかない」
前方の橋から約60度右の方角を指差した。山はそこだけだ。それなのにゾルネはおれたちをこんな方に連れてきた。怪しすぎる。
ゾルネにいう。
「おれたちにはわかる。その先にトジェの木はない」
彼女の隣を歩くトアタラにも声をかけた。
「すまない、トアタラ。ひき返すぞ」
実際、気がひけた。せっかく親しくなりかけたゾルネとの仲を、ひき裂くことになったからだ。しかしもうゾルネのことが信じられない。信じてはならない。彼女が何かを企んでいるのは確実だ。
トアタラはしょんぼりした顔で、おれに従ってくれた。リリサとカスミにも従ってもらった。
「じゃあ、おれたちはこれで」
ゾルネに一礼したのち、踵を返した。
それでも彼女は背中に話しかけてくる。とても落ちついた語調だった。
「お待ちください。確かに方角は違いますが、最終的にトジェの木のところまで案内するつもりでした。ほら、ご覧ください。すぐそこはポヌーカ湖といいます。この地方で最も美しい湖です」
最終的にトジェの木のところまで案内するつもりだと? 笑わせるな。
最も美しい湖だと? お前の主観に興味ねえし。
おれたちを騙せると思ったか。残念だったな。そうはいかねえよ。お前たちポヌーカ町の住人をずっと警戒してたんだ。
なおもゾルネの声が背中越しに聞こえてくる。
「それでは、約束していたルルム食堂までのいき方を教えましょう」
「いいよ。もう白米にも焼き魚にも興味失せたんだ」
後ろ向きのまま、そう告げた。
仲間を連れて、山の見える方向へと歩く。
しばらくの間、後方から彼女の視線を感じていたが、やがてそれは消えていった。
ちょっと気まずい雰囲気が漂っている。4人とも無言だ。おれ1人で決断してしまったことが悪かったのだろうか。きっとそうだ。いまさらだが、もっとみんなの意見を聞くべきだったかもしれない。あるいは、もう少しゾルネのようすを見てから判断した方がよかったかもしれない。
ただあの場ではっきりと断らなければ、ずるずるとゾルネのペースに乗せられ、罠にかけられてしまうような気がしてならなかったのだ。
ここで沈黙を破ったのはカスミだった。おれに一瞥をくれる。
「あなたが悄気てどうするの。彼女を怪しいと判断したんでしょ? じゃあ、しょうがないじゃない。もしかして佐藤のおかげで、命を拾うことになったのかもしれないし。それに関してはあのまま同行してみない限り、正解だったかどうかなんて答えはでてこないけれど、あのとき佐藤の決断がなかったら、とり返しのつかない事態になっていたってこともありえるのよ。もっと堂々としてなさい」
意外だった。おれを励ましてくれるなんて。この人、本当にカスミか?
さらに彼女はトアタラに向いた。
「ねえ、トアタラ。あなたの大好きなお友達が、あなた以上に落ちこんだ顔してるよ。どうする? 佐藤にナタンの村歌でも歌って慰めてやる?」
「は、はい。佐藤が元気になるのでしたら歌います」
慌ててトアタラを止めた。
「待ってくれ。歌はいい。大丈夫だ。おれは別に落ちこんだりしてねえよ」
トアタラは優しい笑顔を見せてくれた。
「ならば歌いません。わたしのことなら気になさらないでください。ゾルネともお友達になれたらいいな、とは確かに思いましたけど、彼女を信じるかどうかは佐藤に従います。たとえそれが誤解だったとしてもいいんです。わたしは佐藤の味方ですから」
リリサが小突く。
「だってさ。よかったね」
「でもリリサはどうなんだ。おれが勝手に決めたことで怒ってるんじゃないのか」
「はあ? まさか。わたしもあの子のことは怪しいと思っていたから。さっきまで黙っていたのは、単に考えごとをしてただけ。もちろんあの子のことだけど」
リリサについては問題なかったようで安心した。
なんか、仲間っていいものだな。
山に向かって歩きつづける。途中で湖の近くも通ったが、さっきの橋からはだいぶ離れていた。遠くに見えるあの橋は実に壮大だった。
麓までやってきた。山は低いし、のぼり道も歩きやすそうだ。
頂上まで、あっという間だった。
ガイによれば、三角形の葉っぱがトジェの特徴だ。それらしい木はすぐに見つかった。なるほど、葉が扇形になっている。付近に同じような木が数本ばかり生えていた。
さっそく実を探してみる……。だが見当たらない。
どうして実がついていないのだろう。
ポヌーカではこの時期、トジェの木がその実をつけているはずなのに。
「ねえ、ほら、見てよ」
リリサのもとにみんなが集まった。リリサがつまんでいる枝に、まっすぐな切断面がある。
「これって、トジェの実が人為的に切られた跡じゃないの?」
リリサのいうとおりだ。刃物で切られたものとしか思えない。
また別のトジェの木にも、同じような切り口の跡が、いくつか見つかった。
考えたくはないが、嫌がらせの可能性もある。おれたちがトジェの実の種子を探していることは、きのうゾルネに話している。またゾルネがほかの地元民に話した可能性もなくはない。
実のついていないトジェの木を眺めながら、しばらく茫然とした。
「いつまでもここにいたって仕方ないじゃない。丸太小屋に帰るわ」
カスミはそういって、1人で山をおりていく。
「待ってくれ」
確かにここにいたって、トジェの実を入手することはできない。
それから武器も持たないカスミを、1人歩きさせるわけにはいかない。
おれたちはカスミを追った。




