65話 朝食
______登場人物______
【佐藤 (Lv.6)】一人称は平仮名の『おれ』。職業は踊り子。爬虫類が大の苦手。
【トアタラ (Lv.7)】呪いによって人間に変えられてしまった少女。
【リリサ (Lv.30)】ロリっこフェイスの歌女。呪いによって体を男に変えられた。
【カスミ (Lv.1)】佐藤の仲間に加わった尼僧。外見が亜澄と酷似。
【エルリウス (Lv.38)】旅する貧乏貴族。武闘大会で佐藤に敗れている。
【セシエ (Lv.12)】職業は官人。地理書の編纂のため諸外国を歩きまわる。
【ガイガーシュトッフ (Lv.27)】暗殺師。セシエの用心棒。ガイと呼ばれている。
【シュラー (Lv.23)】魔法使い。セシエの用心棒。ガイの妹。
【ゾルネ (Lv.8)】兵士長の孫だと自称する地元の少女。
屋台の生姜ミルク茶屋で、パンや腸詰を食べている。
8人そろっての朝食だ。
「今朝、佐藤はどうして外なんかで寝ていたんだ?」
聞いてきたのはガイだ。
別に外で寝たくてそうしたわけではない。
「夜風に当たりたかったんです」
もちろん嘘だ。
ジャライラの町にいた頃、ある特訓を毎日欠かさずに続けていたが、最近はそれをやる機会がほとんどなかった。特訓とは恐怖そのものである爬虫類に、限界まで近づいていくという過酷なものだ。抵抗なく触れるようになることが目標である。
昨晩、近場の草むらを歩きまわったが、爬虫類を目にすることはなかった。そのため特訓相手として両生類のカエルを選んだ。どす黒くて大きなカエルならばいくらでも見つかった。この町のカエルは見事なまでに大きかった。どれもウシガエルくらいはありそうだった。
怖かった。恐ろしかった。見るのもイヤだった。しかし逃げていては、いつまで経っても爬虫類や両生類が苦手なままだ。トアタラの手をとって踊るためには、この『苦手』を克服しなくてはならない。
草むらで見つけたカエルの近くに立った。
徐々に体を屈めていく。顔までの距離およそ50cm。ああ、気持ちが悪い。もう限界だ。きょうはここまでにしよう。よくがんばったな、おれ。
そこから逃げるように後退した。そのとき何かを踏みつけた。
ぐにゃっとした。
もしかして犬のフンか。最悪だ。
足もとを見てみると……。
ここでおれは失神した。
別の大きなカエルを踏みつぶしていたのだ。
そして明け方、おれはシュラーに発見された。
彼女がそのときのことをみんなに話す。
「草むらの中で犬のフンを、うっかり踏んだのかと思ったわ」
若い娘が犬のフンなんて口にするもんじゃないぞ。しかも朝食中に。
てか、おれの股間を犬のフンだと思ったのか。
「朝露に濡れて風邪をひくといけないと思って、一応起こしてあげたけど」
いやいや。起こしてもらったんじゃなくて、激痛で目が覚めたんだ。
リリサが耳語する。
「この辺の草むらって、佐藤の苦手なカエルが多そうだから、寝るのは気をつけた方がいいんじゃないの」
わかってますって。じゅうぶん、わかってますって。
みんなの食事が終わった頃、ゾルネがやってきた。
挨拶を交わす。丸太小屋へいく途中、おれたちを見つけたそうだ。
「ずいぶん早いじゃないか」
「約束ですから」
そう、彼女とは約束があった。
トジェの木の生息地まで案内してもらうことになっていたのだ。
しかし彼女がこんなに早くくるとは思っていなかった。
いったん丸太小屋に戻って支度する。
もちろん魔人のウルミは持っていくつもりだ。トアタラにも仔龍の短剣を所持するよういっておいた。
丸太小屋を先に出発したのは、セシエたち4人だった。彼らは地理書編纂のために町を歩きまわる。案内が必要なのは、むしろ彼らの方なのだろう。しかしそれをゾルネに頼むことはありえなかった。彼女のことを信用していないのだ。
おれたちも準備ができた。さあ、出発だ。
ゾルネが先導する。カスミの顔はまだ眠たげだ。最高の笑顔を見せているのはトアタラだった。ゾルネと並んで歩き、ナタン村の話をしている。故郷について聞かれると、嬉しそうに答えていた。
おれとリリサは並んで歩き、ときどき遅れそうになるカスミの背中を押してやったり、躓きそうになれば支えてやったりもした。
水田の広がる風景は、まるで日本の田舎のようだ。郷愁に駆られる。じんわりと胸が熱くなってきた。
ちょろちょろと用水路の流れる音がなんとも心地よい。サワガニがたくさん捕れそうだ。風で小さな波が立つのは、池の水面ばかりではない。豊かに穂をつけた稲も、金色に波をうっていた。
もしかするとこの町で、白米が食べられるかもしれない?
そう思うと足が速まった。リリサとカスミを背にして先に進む。ゾルネに追いつき、尋ねてみた。
「この町ってさあ、白米を食べられる食堂ってあるのかな」
びくっと肩が動いた。いきなり話しかけてきたから驚いたのだろう。
「ええ、珍しくありません。あの丸太小屋からだと、ミルコ食堂が近いでしょう。辛いのが苦手でなければ、その店のマトンスープと一緒に食べてみてください。舌鼓を打つこと間違いナシです」
おお、白いまんまが食える!
「焼き魚はない?」
「焼き魚をおかずにしたければ、ルルム食堂がお勧めです」
いいことを聞いた。夕食はそこにしよう。たぶんみんなも反対はしないだろう。
「ところで……」
ゾルネはおれとトアタラの顔を交互に見た。
「……あなたがたの本当の訪問目的はなんでしょう?」
「きのうもいったとおり観光だ。『食』も楽しみたいので、いまはトジェの実の種子が欲しい」
ゾルネが首をかしげる。長い髪がだらりとさがった。
「本当にそれだけですか」
「それだけだ」
「ところで……」
また『ところで』がきた。
「……あなたがたはどうして武器を持ち歩くのですか」
ぎくりとした。
そりゃ、お前たちが信用ならないからだろ。
だが、ここでそうはいえない。
「おれの故郷では、剣などの武器は旅人の命だといわれている。特に必要がなくとも持ち歩いているんだ」
「なるほど、そうですか」
大きな湖が見えてきた。長い橋がかかっている。
いま歩いているのはまっすぐな道。どうやらこの道は橋に向かっているようだ。
おれは足を止めた。
「みんな止まるんだ。ここからひき返すぞ」




