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64話 星空


 ______登場人物______


【佐藤 (Lv.6)】一人称は平仮名の『おれ』。職業は踊り子。爬虫類が大の苦手。

【トアタラ (Lv.7)】呪いによって人間に変えられてしまった少女。

【リリサ (Lv.30)】ロリっこフェイスの歌女(うため)。呪いによって体を男に変えられた。

【カスミ (Lv.1)】佐藤の仲間に加わった尼僧(サドゥヴィ)。外見が亜澄と酷似。

【エルリウス (Lv.38)】旅する貧乏貴族。武闘大会で佐藤に敗れている。

【セシエ (Lv.12)】職業は官人。地理書の編纂のため諸外国を歩きまわる。

【ガイガーシュトッフ (Lv.27)】暗殺師。セシエの用心棒。ガイと呼ばれている。

【シュラー (Lv.23)】魔法使い。セシエの用心棒。ガイの妹。

【ゾルネ (Lv.8)】兵士長の孫だと自称する地元の少女。





 夕方、女子棟の4人と合流し、8人そろって晩飯を食べた。

 晩飯後はそれぞれの丸太小屋に戻った。


 丸太小屋には窓が1つあるが、ガラスは()められていない。この異世界ではガラスが貴重なのだ。窓がこんなに大きいと、冬はどうするのだろう。しかも格子すらないので、防犯において大問題だ。


 男子棟のみんなは寝静まった。おれもウトウトしはじめた頃、窓からの突風に顔を撫でられた。むっくり起きあがり、メガネを探す。ああ、もうメガネはなかったんだっけ。座った状態のまま、大きな窓から外をぼんやりと眺めた。


 女子棟が月明かりでよく見える。そのベランダに人影があった。

 おれも外にでていった。


「トアタラ。眠れないのか」


 夜の静寂に包まれた中庭では、小さな声でも彼女の耳にはじゅうぶんに届く。


「はい、寝つけなくて。佐藤もですか」

「そういうんじゃないけど、風に起こされちゃって」


 トアタラのもとへと歩いていく。彼女もこっちに歩きだした。

 2棟の丸太小屋に挟まれた中庭の真ん中に、木製のベンチがある。ベンチといっても、背もたれのない簡素なものだ。並んで腰をかけた。2人の肩と肩の距離はおよそ25cm。


 この異世界に迷いこんでから、最もつき合いの長い人物はトアタラだ。

 人間となった彼女に初めて会ったのは、美しい満月の翌朝だった。あれから2回も満月がやってきた。それなのに、まだ彼女に触れることができないでいる。


 トアタラの方から吹く風が、甘い香りを運んできた。

 彼女は星空を見あげている。おれも一緒に星を見あげた。


「夜空を見るの、好きか」

「ええ、とても。でも日に日に丸みを帯びてゆく月は、ちょっと怖いです」


 満月に近づいていく月を怖がる理由は、聞かずともわかっている。

 リリサとは真逆なのだ。


「トアタラはこのまま旅を続けてていいのか」

「どういう意味でしょう」


 彼女が小首をかしげる。

 おれは視線を地面に落とした。


「おれとリリサ、それからカスミが旅をしているのは、最終的に魔王を倒すためということになる。もし本当に魔王を倒せたら、奴のかけた呪いのすべてが解かれるはずだ。そうなれば、おれはもとの世界へ帰れるだろうし、リリサは普通のオンナに戻ることができる。でも……」

「はい。わたしは応援しています」


 応援しています、かぁ。

 それでいいのかよ。


「すべての呪いが解かれたら、トアタラはムカシトカゲに戻っちゃうんだぞ」


 彼女はぎゅっと口を閉じた。

 あとから思った。こんな話をするんじゃなかったっと。


 流星が落ちてゆく。

 その直後、彼女の唇が小さく動いた。


「幸せって、そのときには気づかないものです。ずっとあとになってから気づくものです。きっとそれは幸せなときに、もっと幸せなことを考えてしまうからだと思います。わたしはいま、毎日がとても楽しいです。『もし、こうなれば……』という願いも持っていますけど、たぶんそれは贅沢すぎる願望なんだと思います。そんなふうに考えてみると、実はいまが一生のうちで最も幸せなときなのかもしれません。だからこのままもっと旅を続けたいです、だからこのまま佐藤たちの魔王退治を応援していきたいです」


 本当にそんなことでいいのかよ。

 また流れ星が落ちた。


「トアタラはあまり欲がないんだろうな」

「あります。自分でもイヤなくらいに欲深です」


 彼女と向き合った。大きくなった瞳が黒光りしている。


「わたしの1番の夢は魔王を討伐したあと、佐藤とリリサとカスミから『トアタラがいてくれてよかった。おかげで魔王が倒せた』といってもらうことです。だからもっともっとレベルをあげなければなりませんね」


 だけどお前の呪いが解けたら、おれたち人間の言葉なんて、理解できないんじゃないのか。


「魔王のことには関係なく、おれはトアタラがいてくれてよかったと思ってる。一緒に旅をしていて楽しい。リリサもカスミもそう思ってるさ」


 彼女は顔を赤らめた。


面映(おもはゆ)いです。だけど佐藤たちが抱いている願望の成就が伴われてこそ、さっきの言葉をいってもらうことが、わたしの1番の夢になるのです」


 1番の夢があるってことは、2番もあるんだな。


「じゃあ、2番目の夢って?」

「小さな夢です。魔王を倒す前に、先日のリリサのように……手をとって……」


 ますますその頬が紅潮してゆく。彼女は口を噤んでしまった。


「先日って、いつだ?」


 彼女は黙って(かぶり)をふる。

 もう1度聞いた。


「いつのことだ?」

「……この前の満月の晩です。この話はこれで終わりです」


 この前の満月の晩?

 リリサはどうしていたっけ。手をとって?


 思いだした。おれまで赤面してきた。

 そっか、見られていたんだった。


 おれだってトアタラと踊ってみたい。強くそう願っている。

 そのためには早くこの病気みたいなものを克服しなければならない。



 トアタラは先に丸太小屋へ戻っていった。

 おれには、いまからやらなくてはならないことができた。

 ベンチから尻をあげ、歩いていく。



 その晩は丸太小屋に戻らなかった。

 明け方、朝露に濡れたおれを発見したのは、ガイの妹シュラーだった。



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