63話 ガイド
2棟の丸太小屋には、男女に分かれて宿泊することになった。
男子棟でくつろいでいるとノックがあった。たぶん女子3人とリリサが遊びにきたのだろう。
戸口へいき、開けてやった。
ところがそこに立っていたのは、彼女たちではなく中年男だった。
「突然お邪魔して申しわけございません」
「えっと……。なんでしょう」
「わたしはレヘルと申します。旅人の皆さまにこの町のガイドをいたしましょう」
彼は少し硬いスマイルを送っている。
おれはトジェの実の種子を採りに町へやってきたのだし、セシエたちは地理書の編纂のためにここを訪れているのだ。実のところ観光目的ではないから、町のガイドなんて不要だ。需要があるとしたら……。エルリウスと目を合わせると、彼も首を横にふるのだった。
そういうことだ。レヘルに笑顔を送りかえしてやった。
「ガイドはいりません。気ままに“観光”しますので」
「そうですか」
男は去っていった。
大きな窓を眺めていると、その男は女子棟へと歩いていった。
セシエにぽんと背中を叩かれた。
「それでいい。きっぱり断って正解だ。本当にガイドを雇いたければ、こちらから探すさ。ガイドと自称して近づいてくる者など、あまり信用できないからな。一般に旅人は土地勘がない。したがって事件に巻きこまれやすいし、利用もされやすい。それにトラブル対応だってスムーズにはいかない。いいか、ここはただでさえ異国なんだ。しかも評判の悪いポヌーカの町だということを、決して忘れてはならないぞ」
ガイことガイガーシュトッフがセシエに首肯する。
「長旅の経験からくる勘ですが、どうせまた、別の者が自称ガイドとしてやってきますね」
それが本当ならば面倒なことだ。
もう一度、大きな窓に向いた。そこに見えているのはレヘルの姿だ。女子棟から去っていく。どうやら彼女たちにも断られたようだ。
レヘルが中庭をでたところで、3人の男が現れた。レヘルが頭を小さくふる。4人は一緒に歩き、視界から消えていった。
エルリウスはベッドに深く腰をかけ、背中を壁につけた。口もとに力を入れ、腕組みする。そして疑問を投げかけた。
「ガイドと称す者たちをそんなに警戒する必要はあるのだろうか。もし彼らが金銭目的だというのならば、余計な出費をするつもりはないのだと先に明言しておけば済む話だ。たとえ彼らがどんな悪事を企んでいようとも、ボクらの戦力からすれば害を加えられることもないと思うのだが」
するとガイが冷ややかな視線を彼に送った。
「甘いな、エルリウス。安易に耳を傾けようものなら、執拗につきまとわられるだけだ。それに訪問時はたった1人だとしても、その裏で悪辣非道な組織が構えているかもしれないのだぞ。さっきのレヘルという男の場合だってそうだ。仲間が陰に隠れていたではないか」
ガイは職業柄、裏社会について精通しているらしい。自称ガイドがどれほど危険なのかを、このあといろいろ語ってくれた。もちろん自称ガイドの大半は無害だし、せいぜい金銭トラブル程度で終わることがほとんどだ。しかし厄介な連中は確実に存在する。騙されて牛馬とともに奴隷として売られていった旅人を、ガイは幾度も目にしてきたのだという。
さらにガイはこう予測する。
「次にやってくる自称ガイドは、おそらくこの宿の関係者を称する者、あるいは色気や色目を使う若い女ってところだろう」
なるほど。宿の関係者だといわれれば、気を許してしまいがちだ。色気や色目を使う若い女についてはいう必要もあるまい。
コツ、コツ。
タイミングよくノックが聞こえた。
早っ。てか、ホントかよ。
みんながいっせいにガイの顔をうかがった。
彼は表情一つ変えずに澄ましている。
今回のノックはレヘルのときよりも柔らかな音だったが、さて、どんなやつが訪れてきたのだろう?
戸を開けにいったのは、やはり最年少のおれだ。
把手を握った。戸がギィーと窮屈そうに軋る。
開いた戸の向こうに人の姿が見えた。
若い女が4人――。
おっと違った。訂正しよう。
若い女3人とリリサだ――。
「やっほー」
リリサが手をふっている。みんなで男子棟に遊びにきたようだ。
入ってきたトアタラが「わあ」といって壁や天井を見まわす。
丸太小屋の造りは女子棟と同じだと思うのだが。
リリサはゲーム用のカードをだした。弱いくせに好きだなあ。
しかしここで始まったのは遊びではなく、今後の打ち合わせだった。リリサがしょんぼりとカードを仕舞いなおす。
打ち合わせの結果、明日はセシエたちと別行動することになった。彼ら3人は地理書編纂のための取材をしなくてはならず、おれたち4人はトジェという樹木を探さなければならないのだ。残ったエルリウスはセシエたちについていくようだ。
ところでトジェの木はどの辺に生えているのだろう? こういうことは地元の人に聞くしかあるまい。町の評判がいくら悪いとはいえ、そのくらいは教えてくれると思うのだが……。トアタラやリリサとそんな相談をしていると、ガイが話に入ってきた。
「トジェの木かい? それならば割と見つけやすい。平地ではほとんど見かけないけど、低い山のいただき付近に自生していることが多いんだ。とにかく山にいってごらん。葉っぱが三角の扇形だから、ほかの樹木とは識別しやすい」
情報をくれた彼に感謝した。
ほう、山か。この丸太小屋にくるまでに、山なんて見たっけ?
大きな窓をのぞいてみる。こっちサイドに山はなかった。ならば裏側か。
コン、コン、コン。
ここでまたノックがあった。
おれとガイ、セシエ、エルリウスは互いに顔を見合った。
もしや自称ガイドか。
今回もまたおれが戸を開けた。
「旅のみなさん、こんにちは」
そこに立っていたのは、背筋の伸びた若い女だ。
たぶん年下。もとの世界でいえば中学生くらいに見える。
「なんでしょうか」
「わたしはゾルネといいます。祖父が兵士長をしており、ここの丸太小屋を管理する者です。あなた方を町歩きのお誘いに参りました。町の名所に案内いたしましょう」
ガイの予想が当たった。宿の関係者であり、しかも若い女だ。
ただもっとケバケバしい感じの女がやってくるものだと思っていた。まさか年下っぽい少女がくるとは。
トアタラはおれのいる戸口へと歩いてきて、少女の正面に立った。
「まあ、なんて親切な」
リリサもやってきた。ゾルネという少女を見つめて愛想笑いする。
「だけど、ごめんなさい。わたしたち、おカネをあまり持ってないの。ガイドは雇えないわ」
「ガイド料なんていりません。みなさんのお役に立ちたいだけです。何しろ久しぶりの訪問者ですから。友達として接してもらえれば嬉しいです」
トアタラは目を輝かせながら、おれを見あげた。
「佐藤、佐藤。あの子、友達としてですって」
あー、はいはい。よかったな、トアタラ。
自称ガイドなんて怪しいものだが、トアタラにそんな顔をされてはNoといえなくなる。
確かにポヌーカの町の悪い噂は耳にしてきた。ガイからも旅人を騙す輩の話を聞いている。だがみんながみんな悪人ではなかろう。そんな連中に遭遇する確率なんて決して多くないはずだ。で、この少女はどうだろう……。もちろん外見が非力そうだからといって、簡単に信用するのは愚かなことだ。ただ彼女に裏があるような感じはまったくしない。
まあ、いざとなったら、おれにはカラリパヤットがある。なんとかなるさ。
「それじゃ、キミに案内を頼みたい。おれとこのトアタラをトジェの木の生えた場所まで連れてってほしい。トジェの実の種子が欲しいんだ。ほかの観光スポットには興味ない」
ゴホンとリリサが咳払いする。
「さっき決まったことでしょ。あしたはわたしも一緒よ。置きざりにする気?」
「それじゃ、わたしもっと」
カスミまでもが同行の意思を示した。
トアタラは無邪気に2人の手を握って喜んだ。
しかしゾルネという少女は、不思議そうに目をパチクリさせている。
「トジェ? あなた方がポヌーカにきたのは、観光目的だと聞いていましたが」
「あっ」
しまった! ド忘れしていた。この町には観光目的でやってきたのだと、セシエが地元民に説明していたんだった。それなのにおれはトジェの実の種子が欲しいとか、観光スポットに興味ないとか、うっかり口を滑らせてしまった。
弱ったな。ここはどうやって取り繕えばいいのだろう。
「えーと、観光が目的だけど……。でも普通の観光じゃなくて……。あー、そうそう、『食』を楽しみながら、いろんな町や村を見て回っているんだ。いまはトジェの実の種が食べたくてさあ」
しどろもどろだけど、うまく誤魔化せたか?
「トジェの実の種を食べるなんて変わってますね。初めて聞きました」
誤魔化せてない。
「珍味なんだ。と、特殊な調理方法があって……。でもこの時期に実がなっているのはポヌーカだけだと聞いててさあ」
「そうでしたか。トジェの木ならば生えている場所を知ってます。喜んで案内しましょう」
彼女は笑顔を見せた。今度こそ誤魔化せたか? そうであってくれ。
「それはありがたい。頼むよ」
ゾルネという少女に、案内してもらうこととなった。
セシエが「おいおい、いいのかよ?」などと目でいっている。
大丈夫です、と目で返した。
エルリウスの口もとが笑う。
「佐藤は美女4人も連れての町歩きになるね」
「からかわないでください」
だけどエルリウス。美女4人じゃないぞ。3人だ。いまのリリサはオトコだからな。もし4人にするならば、そこにいるシュラーを入れなければならない。
あらためてゾルネに向いた。
「きょうは到着初日で疲れている。あしたお願いしてもいいかな」
「はい。では明日の朝に参ります」
彼女は丸太小屋を去っていった。
おれがベッドに腰をかけると、ガイが寄ってきた。
「自称ガイドの件ではいろいろ脅かしたかもしれないが、あの少女ならば心配は杞憂に終わるだろうさ。ただし最低限の警戒だけは絶対にしておくように」
彼の忠告に礼をいった。




