62話 ポヌーカの町
ボートで対岸に到着すると、先発組のセシエ、ガイ、シュラー、エルリウスが、手をふって迎えてくれた。ボートは後発組のおれたちをおろすと、すぐにいってしまった。
すぐ近くまで地元民が集まってきていた。鋭い視線に、ぎゅっと結んだ口、そして緊迫した空気……。おれたちに警戒しているようすだが、武器らしきものを所持しているふうには見えない。
地元民の中から、1人の男が前にでてきた。
「ここは自治町ポヌーカです。あなたがたの訪問目的をうかがってもよろしいでしょうか」
言葉こそ丁寧だったが、その語調に温かみはない。
彼の問いに答えたのはセシエだった。
「単なる観光ですよ。わたしどもは旅人ですが、ほかの旅人があまりこないような土地を好んで訪問しています。まあ、物好きなんです」
のちほどセシエが話してくれたことだが、地理書編纂の現地調査などと答えようものなら、軍事目的の調査ではないかなどと勘繰られ、追いかえされてもおかしくないのだという。
「そうですか。観光ですか」
男は初めて白い歯を見せた。その笑顔が自然のものなのか、作ったものなのか、その判別は難しい。少なくとも完全に心を開いたわけではなさそうだ。
「ではあなた方を歓迎します。この町でゆっくりなさっていってください」
そういって去っていく地元民を、セシエが呼びとめる。
「わたしたちは宿を探さなければなりませんが、近くに宿はあるでしょうか」
男が足を止めると、ほかの地元民も立ちどまった。
みなセシエを見据えている。
「少し歩きますが構いませんか?」
「ええ、問題ありません。たいへん助かります」
セシエが代表して礼をいい、おれたちは男についていった。
そのあとから多くの地元民たちもぞろぞろとついてくる。
背後の男が尋ねてきた。
「あなた方がこの時期にポヌーカにやってきたのは、やはり4日後に町の祭りがあるからでしょうか」
おれは首を横に大きくふって返した。
「祭りのことは知りません。たぶん4日も滞在することはないと思います」
トジェの木の種子を手に入れたら、さっさと帰るつもりなのだ。
「そうですか」
空は雲1つないのに、やけに寒気がする。ときどき吹く風に鳥肌が立つほどだ。近隣の町や村は夏だったが、この町だけもう秋がやってきたようだ。
後ろからついてくる地元民がひそひそと話をしている。声が小さくて内容はまったく聞きとれない。なんだか嫌な感じだ。
2~3km歩いただろうか。大きな屋敷の前に到着した。外観はあまり宿らしくない。建物を見あげながらセシエが怪訝そうに尋ねる。
「ここは?」
「わたしの家です。父が町の兵士長をしております」
おいおい。やっと辿りついたと思ったらそれかよ。
セシエも不機嫌そうな面持ちになった。
「宿を探しているといったつもりですが」
「生憎、町に旅の宿はありません。ですからここにお泊まりください」
「いや、ちょっとそれは……。困ったな。気を使ってしまう質なもので、一般の民家だと寛げません」
気を使ってしまう質のはずが、本音をいってしまうセシエであった。
1人の女が屋敷に入っていき、またでてきた。彼女が男に耳打ちする。
男は何度も首肯し、最後はこちらに向いた。
「みなさん、古い建造物になりますがよろしいでしょうか。昔、旅の宿として使用していたものがあります」
また長い距離を歩かなければならないのかと思ったが、その建造物は屋敷のすぐ裏手にあった。丸太小屋が4棟。しかしそのうち2棟は大きな損傷があるとのことで、貸すことができるのは残りの2棟のみらしい。
「宿泊料はどのくらいでしょう?」
代表として尋ねたのはやはりセシエだ。さらには差し値を提示するのだった。
「8人で40マニー払いましょう。いかがです?」
「はい、40マニーで結構です」
セシエがきょとんとしている。こんなにあっさり交渉が成立するとは、想像もしていなかったのだろう。おれだって驚いた。
丸太小屋は2棟。全員が1つの棟で寝泊まりするにはやや狭い。したがって2手に分かれての宿泊となった。組み分けはボートに乗ったときと同じでいいと思うのだが、エルリウスがこんな提案をした。
「男女に別れて泊まろうじゃないか。ちょうど半数ずつになる」
いいや、エルリウス。オトコのほうが多いぞ。オンナはたったの3人だ。
「それでいいわ。いきましょ、シュラー、カスミ、トアタラ」
リリサが鍵を受けとり、手前の丸太小屋に入っていく。
おい、リリサ。どうしてお前がそっちにいくんだよ。こっち側じゃねえか。
「ではボクたちは向こうの丸太小屋へ」
とエルリウス。リリサを除く男4人で奥の丸太小屋に向かった。
中はしっかり掃除がされており、古い割には清潔感があった。
大きな窓が1つ。ベッドは5つ。窓際のベッドの奪いあいになるかと思ったら、そうでもなかった。
さっそく窓に歩いていくセシエを、用心棒のガイがひき止める。
「マスター。窓際のベッドは使用しないでください。夜襲があった場合、最も危険な場所になります」
「そ、それもそうだな」
セシエは奥へと方向転換した。
結局、窓際のベッドは誰にも使われなかった。




