61話 大河
______登場人物(8人パーティ)______
【佐藤 (Lv.6)】一人称は平仮名の『おれ』。職業は踊り子。爬虫類が大の苦手。
【トアタラ (Lv.7)】呪いによって人間に変えられてしまった少女。
【リリサ (Lv.30)】ロリっこフェイスの歌女。呪いによって体を男に変えられた。
【カスミ (Lv.1)】佐藤の仲間に加わった尼僧。外見が亜澄と酷似。
【エルリウス (Lv.38)】旅する貧乏貴族。武闘大会で佐藤に敗れている。
【セシエ (Lv.12)】職業は官人。地理書の編纂のため諸外国を歩きまわる。
【ガイガーシュトッフ (Lv.27)】暗殺師。セシエの用心棒。武闘大会は初戦敗退。
【シュラー (Lv.23)】魔法使い。セシエの用心棒。ガイガーシュトッフの妹。
おれたちは8人でパーティを組み、ポヌーカの町に向かっている。
国境を越えてからもう3日目となる。そろそろ目的地に到着してもいい頃だ。
この国に入ってから各地で、ポヌーカの悪い評判ばかりを耳にしている。ところが具体的な話を聞こうとすると、不思議なことに誰もが口を噤んでしまうのだ。
いったいどういうことだ。その町にいったい何があるというのだ。とにかく不気味でならない。
もし1人旅だったら不安はさぞかし大きかったことだろう。しかしこれほどの大人数だ。ポヌーカがどんな町だろうと、きっとなんとかなるに決まっている。
とはいってももちろん油断は禁物だ。気を緩めてはならない。予測もつかないような手段で、何者かが襲ってくるかもしれないのだ。
町外れで乗合馬車からおろされた。
馬車の御者によれば、街道に沿って大きな川が流れているが、ポヌーカはその対岸の町なのだという。
馬車は車輪をきしらせながら去っていった。残されたおれたちは、ただぽかんとするだけだった。川の水面はゆらゆらと陽の輝きを映している。
橋はない。泳げってか? 対岸まで結構な距離があるし、荷物も持っているし、まず無理だ。
川に2艘のボートが物憂げに浮かんでいる。
おれたちは手をふった。すると1艘のボートがこっちにやってきた。
しかし対岸のポヌーカへいきたいというと、首を横にふられてしまった。あの町には関わりたくないのだという。まったくどうしてこの国の人々は、みなポヌーカを嫌うのだろう。こうなったらカネを積むしかない。おれたちの代表として交渉を始めたのはセシエだ。
50マニーの提示から始まり、60、70、80とあがっていくが、相手は首肯する素振りも見せてこない。提示金額は200、300と続いていった。
金額があがるたびにリリサとエルリウスの顔が青くなっていく。
結局、1人当たり480マニーで交渉成立した。どう考えても高すぎる。だがポヌーカへいく方法はそれしかない。
1艘のボートで8人全員を乗せることはできないので、2回に分けて運んでもらうことになった。
ここでリリサが前にでてくる。
「ねえ、佐藤、トアタラ、カスミ。ここはわたしに任せて!」
「何を任せりゃいいんだ」
リリサが呆れたような顔をする。
「決まってるじゃない。ジャンケンよ。どっちの組が先にボートに乗るのか。こっちはわたしが代表ででるから」
いまになって初めて知った。この異世界にもジャンケンはあったんだな。
何やらリリサは勝負に自信アリげだ。ここはリリサに任せることにした。まあ、がんばってくれ。おれはボートの順番などに興味なんてない。
きょうもいい天気だ。おれは木陰に入った。
川に小石を投げると、水面をぴょんぴょんと跳ねていった。
トアタラが草地に歩いていく。
「見つけました。カラスノエンドウです」
種をとり、豆柄を口に運ぶ。
「やめて。それ、うるさいから」
カスミに睨まれると、トアタラは豆柄の笛をしぶしぶ手放した。
ボートの先発組はセシエ、ガイ、シュラー、エルリウスの4人となったようだ。
対岸の町ポヌーカに向かってボートがでていく。
リリサがセシエにジャンケンで負けて帰ってきた。カードゲームだけではなく、ジャンケンも弱かったようだ。
悔しそうに頬をぷうっと膨らませている。たかがボートの順番くらいで。
そんなリリサの頬を人差し指で突っついてやった。
「あれれ? ジャンケンで負けてきたのに、ゴメンの一言もないのかなぁ」
いてっ。人差し指を噛みつかれた。
「ふぉめん」
噛みつきながらゴメンと謝らないでくれ。
指にはしっかり歯形が残っていた。
向こう岸からボートが戻ってきた。いよいよ後発組が出発する番だ。おれたち4人が乗りこむ。
漕ぎ手がオールで岸を押すと、ボートは動きだした。
ボートの進み具合はじれったいほど遅い。手漕ぎだから仕方のないことだが、もしヨットのような帆船だったらどうだろう? リリサの起こす魔法の風で、すぐに到着できたはずだ。
おじさんがせっせとオールを漕ぐ。
トアタラとリリサは楽しそうに、水面に手をつっこんでいる。
「はやーい」
「うん、速いわね」
いーや、ぜんぜん速くないって。
トアタラが笑顔を向けると、漕ぎ手のおじさんは上機嫌になった。
「どうだい、はえーだろ」
これのどこが速いのか理解に苦しむ。きっとカスミだって同意見だと思い、その顔をうかがってみると、気持ちよさそうに居眠りしていた。
まあ、この程度でいちいちイライラしていては、旅などやっていられないのだろうな。おれも旅人らしく、ゆっくりとしたボートの旅を楽しんでみるか。
漕ぎ手のおじさんが舟歌を口ずさむ。
ピチャッと魚が跳ねた。遠くでは水鳥が飛びたった。
「わたし、舟に乗るのは初めてなんです。ひたすら馬車で遠回りしてポヌーカの町に向かうのではなくて、こうしてボートに乗っていけることに感激しています」
トアタラが胸もとで両手を組む。
漕ぎ手のおじさんは笑った。
「ポヌーカっていう町は、馬車で遠回りしたって辿りつけやしねえよ。そこはな、川の中のでっかい島なんだ。ボートがなけりゃいくのは無理ってものだ」
彼の話によると、ポヌーカは2つの大河およびその合流地点、それと両流を結ぶ大運河に囲まれた広大な中州の町らしい。
対岸の先発組が見えた。トアタラとリリサが手をふると、彼らも手をふって返した。そこへ地元民が静かに集まってきた。しかし無邪気な好奇心によるものではなさそうだ。少なくとも彼らに笑顔はない。警戒しているのか。
おれたちのボートは岸に到着した。




