60話 会食
______登場人物______
【佐藤 (Lv.6)】一人称は平仮名の『おれ』。職業は踊り子。爬虫類が大の苦手。
【トアタラ (Lv.7)】呪いによって人間に変えられてしまった少女。
【リリサ (Lv.30)】ロリっこフェイスの歌女。呪いによって体を男に変えられた。
【カスミ (Lv.1)】佐藤の仲間に加わった尼僧。外見が亜澄と酷似。
【エルリウス (Lv.38)】旅する貧乏貴族。武闘大会準決勝で佐藤に敗れている。
【フアイ (Lv.22)】エルリウスとは親友であり従兄弟。武闘大会は予選敗退。
【セシエ (Lv.12)】職業は官人。地理書の編纂のため諸外国を歩きまわる。
【ガイガーシュトッフ (Lv.27)】暗殺師。セシエの用心棒。武闘大会は初戦敗退。
【シュラー (Lv.23)】魔法使い。セシエの用心棒でガイガーシュトッフの妹。
9人という大勢での会食は久しぶりだった。こんなのは中学の給食以来だ。
ちなみに短かった高校時代には……おっと、暗くなるからやめておこう。
エルリウスは貧乏貴族をやっている理由を語ってくれた。1年半前、父親との大ゲンカで邸宅をとびたし、それ以来ずっと旅を続けていたのだ。収入については魔物退治の請負いで得ていた。異国に滞在するフアイに会いにきたのは、今回が2度目だという。
留学生であるフアイは、現在、母方の祖父の屋敷に住んでいるが、その祖父というのはこの国を治める公爵だった。
またセシエは国王の命を受け、諸外国の地理書を編纂することになり、旅を始めたのだ。厳密にいえば国王から直接命令されたのではなく、下請けの下請けとして、その一部を任されたのだという。
諸外国を回って歩かなければならなくなったセシエは、あの武闘大会の本選出場者の中から、用心棒をスカウトしようと決めていた。大会終了後、暗殺者ガイガーシュトッフに声をかけてみたところ、快諾を得たのみならず、魔法使いの妹がお得なセット・プライスでついてきたのだった。
シュラーは兄ガイガーシュトッフを「ガイ」と呼んでいた。いつの間にか皆も彼を「ガイ」と呼ぶようになった。
とりとめもない会話の中で、セシエがおれたちを見ながら目を丸くする。
「これは驚いた。あんたがたみんな武闘大会の参加者だったとは」
どうやらセシエは予選を見ていなかったようだ。
まあ、実のところ武闘大会の参加者といっても、トアタラの場合は大会内容を理解していなかったようだし、カスミはその予選を途中で棄権しているのだ。
しかし決勝に進出したおれとエルリウスのことは、きちんと知っていたようだ。またエキシビジョンで目立っていたリリサのことも、よく覚えていたそうだ。
延々と鶏料理がでてくる。鶏なんてしばらく口にしていなかったが、たまに食べるといいものだ。ただ残念なのは、唐揚げがでてこないことだ。
食が進み、会話も続く。セシエはまたまた目を丸くした。
「これまた驚いた。前代未聞だ。貴族が密入国を試みるなんて」
やはりこの話はインパクトが強い。もしフアイがいなければ立派な犯罪になっていたところだ。エルリウスが苦笑する。
「貴族が国を渡るのは簡単ではないんだ。渡航先で問題が起きれば、戦争のきっかけにもなりかねないからね。だから平民とは違って準備や手続きに手間がかかる」
フアイがエルリウスに注意する。
「平民といういい方は失礼にあたるかもしれないぞ」
「ああ、すまない。庶民もとい民草……」
「平民でいいですっ。もしくは一般市民で」
といってやったら、エルリウスが恐縮した。
エルリウスは父親と絶縁状態のため書類不備が多く、正規の方法では入国できなかったそうだ。それで密入国するに至ったとのことだ。
聞きたくとも聞けなかった疑問だったが、このとおりあっさりと話してくれた。
こんなことなら我慢なんかせずに、初めから質問をぶつけておけばよかった。ただ実際に話を聞いてみると、別にどうってことはなかった。
次に目を丸くしたのは、留学生貴族のフアイだった。
「佐藤たち、ポヌーカにいくって?」
なんだろう。そのポヌーカが悪いようないい方は。
「そうですけど、ポヌーカがどうかしましたか」
「実をいうと……」
彼によれば決して評判のいい町ではないようだ。具体的に何が悪いのかと尋ねてみたが、留学生でしかない彼も詳細まではわからないらしい。ただポヌーカはこの国に属していながらも、ほぼ独立状態にある自治町であるという。そのうえ外部との接触はほとんどないそうだ。
これから訪問する町なのに、なんだかいくのが嫌になってきた。
逆にセシエはこの話に興味を持ったようだ。身を乗りだして聞いていた。
兄に似て薄褐色の肌を持つシュラーが、雇い主の彼に横目を向ける。
「マスター。地理書におもしろいことが書けるかもしれませんね」
セシエは「ふむ」と返事し、フアイに尋ねた。
「その町に、魔物や怪物の噂はなかったのかな?」
「もうしわけないが、それについてもわからない」
「独立状態になった背景ってどんなものだろう?」
「すまない。それもわからない」
すべて謎のようだ。
今度はこっちに顔を向けてきた。
「ポヌーカを訪れてみたくなった。もしよかったら同行させてくれないか」
おれたちと? セシエの同行かあ……。てことは彼の用心棒の暗殺師と魔法使いも、自動的についてくるのか。そいつは助かる。怪しげな土地へいくのなら、頼りになる仲間は多い方がいい。
おれは順にトアタラ、リリサ、カスミの顔をうかがった。3人とも問題はなさそうなので、彼にOKの返事をした。
「面白そうだね。ボクも少しの間、同行してもいいかな」
なんとエルリウスまでもが、おれたちについてくるつもりだ。
彼のような剣豪の同行はすこぶる心強い。
だけどいいのかよ。フアイがいるからこそ入国したんじゃないのか?
彼の同行について反対する者はおらず、一時的に8人でパーティを組むことになった。ちなみにフアイは講義があるため、同行できないそうだ。
おれたちはポヌーカの町について、あれこれと思いを巡らせた。
評判の悪い土地というのは、気持ちを不安にさせるが、不思議と好奇心もくすぐるものだ。
しかしセシエは旅が好きではないという。仕事でなければ旅などしたくなかったそうだ。彼はこんな話をしてくれた。
「この旅にでる前のことだが、仲間から忠告を受けたんだ。世の中には旅人を騙したがる人々の多く住む町や村があるものだとな。その土地の相場や事情を知らない旅人は、金銭的なカモだったり、もの笑いの種だったりする。何を買うにも、奴らは平気で10倍、20倍の料金をふっかけてくる。事前に料金交渉をしておいても平気で破る。そのあとで、旅人からどれだけカネを巻きあげたなどと、自慢大会が始まるのだとさ」
酷い土地があるものだ。おれもジャライラ町の宿では結構ぼったくられていたが、正規料金の10倍、20倍なんていうことはたぶんなかった。
リリサが歯を食いしばってうなずいてる。
同じように苦い思いをしたことがあるのだろうか? 尋ねてみようとしたまさにそのとき、リリサは悔しそうにテーブルを叩き、みずから語ってくれた。
「地元民が組織的に旅人を騙すこともあるのよね。わたしの場合、ある場所へいきたくてね、ミニ馬車に乗ったの。もちろん有料よ。だけどおろされた場所はまったく別のところだった。ミニ馬車はもういっちゃったから、おカネは戻ってこないし、文句もいえない。ちょうどそこへまた別のミニ馬車が都合よく通りかかるの。目的地にいきたいって話したら、法外な料金を提示してきたわ。きっとグルだったのね」
「まあ、とんだ災難」とシュラー。「でも旅人を騙すのは人間だけじゃないかもよ。ある呪われた村では、何百年も前に住民がみな死んでいて、村人の正体はすべて幽霊だったなんて話もあるんだから」
「それはもう都市伝説の域だろ。誰が信じるものか」と兄のガイ。「まあ、だけど遠い北の地に、人食い習慣のある集落がいまだにあるらしいぞ」
リリサが柳眉をつりあげながらニヤリと笑う。
「もしポヌーカがそんなところだったら、わたしが町ごと壊滅してあげるわ。レベルアップのためにもなるしね」
一方、トアタラの表情はこわばっていた。スプーンも止まったままだ。
あんな話を聞いたら、そりゃ怖くなるよな。
「トアタラ、大丈夫か?」
彼女の肩がぴくりと動いた。真面目な顔で答える。
「は、はい。大丈夫です。何がでてこようと、わたしが佐藤を守ってみせます!」
そうじゃないって。おれの安全について尋ねたんじゃねーよ。トアタラが怖がってるから声をかけたんだ。
「おれのことは大丈夫だ。きっとポヌーカはそんなに危険な町じゃないさ。気楽にいこうぜ」
もしものときは、むしろおれがトアタラを全力で守ってやるからな。これでも男なんだし。
ポヌーカがどんな町なのか詳細は不明だ。だけどこっちは8人という大人数だ。しかも武術や魔法の手練がそろっている。なあに、すべての不安なんて杞憂に終わるさ。
フアイは馬車で途中まで送ってくれた。
今夜は小さな集落で宿をとることになった。フアイとはそこで別れた。




