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58話 仮面


 案内人は子供ではなく若いオンナだった。

 しかも仮面の奥から現れたのは、よく知っている顔だ。


「亜澄さん?」


 間違いではない。亜澄さんがここにいる。

 でも何故だ? もとの世界でおれを待っているはずだったのでは……。

 そんな疑問はどうでもいい。再会できたことが純粋に嬉しかった。


 おれの両手が無意識に彼女の手をとる。

 しかしその手を払われてしまった。


 彼女は眉をひそめた。


「はあ? 誰それ」


 どういうことだ。亜澄さんではない?

 いいや、どこをどう見たって亜澄さんではないか。

 目も鼻も口も頬も、目尻のホクロまでもが、完璧に亜澄さんだ。


「ほら、おれ、佐藤だよ」

「だから何」

「本当にキミは亜澄さんでは……」


 茫然としていると、シン先生の口が動いた。


「その者は……」


 彼がそういいはじめたところで、案内人が声をかぶせた。


「カスミ。わたしの名前はカスミだけど」

「カスミ……?」


 亜澄さんではないのか。顔がこんなにそっくりなのに。

 そっかぁー。『世の中には自分とそっくりな者が3人いる』とか、よくいわれているしな。


 彼女が亜澄さんじゃなかったことは残念だ。

 いいや、喜ばしいことだ。もとの世界でちゃんと生きてるってことだから。


 シン先生がいう。


「その者を同行させることは、お前たちにとって有益だろう。きっと魔王のもとへと導いてくれるはずだ」


 このカスミを仲間に加えることについて、おれは構わない。

 トアタラとリリサとも相談した結果、彼女の同行を認めることにした。


 カスミに問う。


「ちなみにどうして魔王をぶっ潰したいんだ?」

「もちろん事情があるからに決まってるでしょ」


 相変わらずの口ぶりだ。やはり亜澄さんとは別人だ。


「事情って?」

「プライベートなこと」


 話すつもりはないらしい。まあ、人には隠したい秘密があるものだ。

 トアタラが屈託のない笑顔を彼女に向ける。


「嬉しい。わたしにお友達が増えるのね」


 ところがそのカスミときたら、トアタラに冷めた一瞥を残して、そっぽを向いてしまった。


「悪いけど友達にはなれないわ。ただ同行するだけ。ただ衣食住の面倒を見てもらうだけ。一方的に」

「タカる気まんまんね」と苦笑するリリサ。



 こうしてカスミも含めた4人で旅することになった。まずは『トジェの実の種子』を求めて、ポヌーカという町へ向かわなければならない。


 館をでていくとき、シン先生から忠告をもらった。


「よいか、佐藤。『ゼロの発見』は恐ろしい特技だ。肝に銘じておくのだぞ」

「わかってます」


「それからもう1つ……。お前は魔王を倒してインドへいき、もとの世界に戻るつもりなのだな?」

「そうですが」


 シン先生はここで初めて優しい顔を見せた。


「もとの世界では、多くの旅人たちが口々にこんなことをいっている。『どんなにインドへいきたいと願っても、いける人といけない人がいる。インドへいけるのはインドに呼ばれた者だけなのだ』と。佐藤よ、お前も呼ばれるとよいな」


「はい。ボク、必ず呼ばれてみせます! ところでシン先生。ちょっと気になっていたんですが、トサカ鬼の角ってなんだったんです?」

「上質のお香になるのだ」


 そういえば、おれたちが初めてこの館を訪れた日の前日、お気に入りのお香が手に入らなくなったのだと、シン先生が騒いでいたんだっけ。



 ターミナルまでいき、乗合馬車に乗った。


 ポヌーカへいくには国境を越えなくてはならない。面倒なのは通貨が替わることだ。しかし無一文となったおれには、あまり関係ない。苦労かけることになってすまないな、トアタラ、リリサ。



 シャザーツク出発から3日目、ようやく国境の町「東クタナ」へ到着した。

 これから国境を越えて隣町「西クタナ」に入る。

 現在こそ国は異なるが、東クタナも西クタナも昔は1つの町だったらしい。

 だが双方のイミグレでは、出国書類や入国書類をびっしり書かされた。


 いよいよゲートを抜ける。

 なんだろう。このわくわくした気持ちは。

 これが国境越えというものか。

 もとの世界にいたときも、これまで国境越えの経験はなかった。


 西タクナの土を踏んだ。いま国境を抜けたのだ。

 ああ、おれって旅人してるぞ。


 おやっ? なんだか後ろが騒々しい。


「誰か、そいつを捕まえてくれ!」


 男が走ってくる。

 サハラの遊牧民を彷彿とさせる恰好だ。ターバンの下で頭巾を深くかぶっているため、その顔がよく見えない。男を追っているのはイミグレの兵士だ。


 へえ、初めて見た。

 あれが国境名物の密入国者かぁ。


 逃亡者はおれたちの頭をジャンプで超える。

 リリサが両手の指で菱形を作った。


 逃亡者が着地する直前、地面が氷結した。

 氷上に足を置いた彼が、滑りながら体勢を崩す。しかしどうにか持ちこたえたようだ。その反射神経とバランス感覚はたいしたものだ。


 続いてリリサの指の菱形から無数の針が飛ぶ。

 逃亡者は腰のレイピアを抜き、すべてを払いおとした。


 今度は菱形から炎球を放った。

 高いジャンプでそれをかわす。


 一方、おれは先程から頭の中で、武勇の舞のメロディを流していた。

 いまがチャンスとばかりに、逃亡者にとびかかった。


 遠心力を利用した回し蹴りでの攻撃。右足は惜しくも空振りしたが、左足のカカトは相手の左肩に入った。しかしそいつの防御術も巧妙だったため、あまりダメージを与えられなかったようだ。


 まだ終わりではない。すさまじい勢いで氷塊が降りそそぎ、逃亡者を襲う。もちろんリリサの魔法だ。それでも彼のレイピアが氷塊をすべて弾きとばす。なんと頑丈なレイピアだ。


 おれとリリサの連携は決して悪くないはずだ。

 しかし逃亡者はおれたちと互角以上に戦っている。かなりの実力者だ。

 ならば必殺のカラリパヤットを見せてやろうじゃないか。


 ところがその前に、逃亡者は背中から血を流し、身を屈めるのだった。

 いったい何が起きたのだろう……。


 目に映っていることを理解するには、あとほんの少しだけ時間を必要とした。

 その目を擦る。


「トアタラ?」


 逃亡者の背後に立っているのはトアタラだ。

 いつの間に。彼女は相手に気づかれずに忍びよる才能の持ち主だったのか。


 赤く染まった短剣を握りしめた少女が震えている。


「トアタラ、よくやったぞ」

「大丈夫でしたか? 佐藤、リリサ」

「トアタラのおかげでな」


「佐藤?」


 と聞きかえしたのは逃亡者だった。

 おれのことを知っている? まさか、おれの知り合いか。 


 そいつがターバンと頭巾を脱ぐ。


「あなたは……」


 武闘大会の準決勝で対戦したエルリウス・ユハルヒン・サーフ・ムアだった。

 おれが勝手に『劣化版フェルザヴァイン』と呼んでいた人物だ。


 そんな彼がどうして密入国みたいな真似をするのだ?

 しかも貴族だったはずだろ……。何がどうなっている。


 傷を負ったエルリウスは、その場でぐったりしてしまった。

 

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