55話 30の壁
看護師たちに見送られながら、病院を退院した。
いまから仲間たちとともに、闘技場前の公園へ向かう。そこにステータス確認用の石板が3つも設置されているらしい。大聖堂でなくともステータス確認ができるなんて、さすが武闘大会の開催される町だけのことはある。
おれたちの中で最もウキウキしているのはリリサだ。なぜなら今度こそレベルが30に達している可能性が高いからだ。
公園に到着したのはいいが、とにかく人が多すぎる。こんなところでステータスを確認しなくてはならないのか。あまり見られたくない数値を、大勢に晒すことになりそうだ……。
3つの石板はどれも空いていた。端にある石板に寄っていくと、案の定、群衆がガヤガヤと集まってきた。それでもリリサはまったく気にならないらしい。だから1番手をリリサに譲ってやった。
リリサが石板に手をかざす。
あなたのステータスは以下のとおりです。
レベル 30
職業 歌女
攻撃力 54 + 1
防御力 50 + 18
持久力 69 + 0
敏捷性 69 + 5
魔力 207 + 11
魔法 炎球 湯球 氷塊 氷結 毒煙 石礫 砂嵐 旋風 暴風
放電 閃光 火柱 水柱 小爆発 千本針 霰 液体凝固
遠声 遠耳 氷柱 氷剣 中爆発 フレア
特技 眠りの唄 混乱の唄 癒しの唄 悪夢の唄 木霊 亡者の唄
所持金 43,110マニー
装着品 小刀 風の帽子 虹のイヤリング 星のペンダント
風の小手 妖精のワンピース 踊り子の靴
その他 呪われています。ただし満月の夜間のみ呪いが解かれます。
「やったー」
リリサがはしゃぐ。レベル30の壁を突破したのだ。
おれやトアタラとハイタッチを交わす。
案内人にもハイタッチを求めると、意外にも華奢な右手が小さくあがった。右手同士が重なり、パチンと音が鳴る。案内人は照れくさいのか、すぐに後ろを向いてしまった。
リリサは旅仲間3人だけではまだ足りぬとばかりに、周囲の野次馬たちともハイタッチを交わしていった。
「レベルアップなんて何ヶ月ぶりかしら」
目に涙をためている。
おれとトアタラであらためて「おめでとう」と祝福した。
「でも30なんかで喜んでちゃいけないのよね。魔王を倒すにはまだ全然足りない。もっとハイピッチでレベルをあげていかなくちゃ」
次のステータス確認はおれの番だ。武闘大会ではボボブマとエルリウスに勝利しているので、うまくいけばレベルが2つあがっているかもしれない。
石板に手を向けた。
あなたのステータスは以下のとおりです。
レベル 6
職業 踊り子
攻撃力 25 + 4 + ?
防御力 20 + 0
持久力 21 + 0
敏捷性 34 + 15
魔力 1 + 5
魔法 使える魔法はありません
特技 インド
所持金 83,198マニー
装着品 盗賊の証 魔人のウルミ 小刀 炎の指輪
その他 特にありません
レベルはあがっていたが、たったの1つだけだった。
ボボブマへの勝利は反映されなかったのだろう。
「準優勝者といったって、たいしたことねえな。まあ、決勝で瞬殺喰らてったしな」
そんな心無い声は外野からだ。
だったらお前が闘ってみろよ。それにおれは瞬殺なんてされてねえからな。このとおりまだ生きている! おっと、あっちの世界で死んだんだっけ。
もちろんレベルが低いのは自覚していることだ。おれに武勇の舞や特技インドがなかったら、とてもじゃないが大会準優勝なんて無理だった。
リリサが耳語する。
「妬みなんて気にすることないわ」
「わかってるさ」
一応、トアタラと案内人もステータスを確認してみた。特別な活躍はなかったため、やはりステータス内容は以前のままだった。ただし厳密にいえば、トアタラの『所持金』の項目には変化があった。それだけだ。
ちなみにこんな結果になっている。
(トアタラ)
レベル 7
職業 愛玩動物
攻撃力 17 + 75
防御力 23 + 8
持久力 16 + 0
敏捷性 14 + 5
魔力 39 + 16
魔法 使える魔法はありません
特技 天気予報、暗視 物品鑑定
所持金 13,301マニー
装着品 白闇の鏡 仔龍の短剣 魔女のローブ 大地の靴
光の髪飾り 魔女のイヤリング 聖水の指輪
その他 呪われています。ただし満月の夜間のみ呪いが解かれます。
(案内人)
レベル 1
職業 サドゥヴィ
攻撃力 3 + 1
防御力 4
持久力 3
敏捷性 2
魔力 10 + 16
魔法 使える魔法はありません
特技 おねだり たかり ゆすり カツアゲ
所持金 0マニー
装着品 癒しの杖 僧侶の証
その他 特にありません
城下町ベルレイムを軽く観光したのち、乗合馬車でシャザーツクへ向かった。
しかし何かを忘れているような気がする――。
乗合馬車の乗客たちは、おれたちに気づくと大騒ぎした。
芸術的なパフォーマンスを披露したリリサと、武闘大会準優勝者のおれの人気っぷりは、半端ではなかった。
気をよくしたリリサは、揺れる馬車の中で5回も歌を歌わされた。
おれもエルリウスとの準決勝戦を長々と語らされた。
さらにはジャライラで土の魔女を倒したことまで、ついうっかり口にしてしまうところだった。土の魔女の名前がでたところで、もしリリサが止めてくれなかったら、ちょっとヤバかったかもしれない。どこに魔王やその眷属が潜んでいるのかわからないのだ。
馬の休憩時間となった。乗客たちにとってのトイレタイムでもある。
用がなくとも客車からおりた。狭いところに座りつづけていると、体が疲れてしまう。馬車の周囲を少し歩き、軽いストレッチをした。
顔をあげると空が青かった。大草原の地平線を見渡す。
クラゲの怪物がでてきたのは、この付近だっただろうか。いまのおれにはカラリパヤットがある。もう怖くはない。
ところでやはり何かを忘れているような気がする。それがなんであるのか思いだせない。はて……。
「佐藤」
おれを呼ぶのは案内人だ。話しかけてくるとは珍しい。
じっとおれの顔を見据えている。
怒っているのだろうか。相談事だろうか。それともお腹が空いたのだろうか。
仮面のせいで表情が読みとれない。
「急にどうした」
「馬車の中での話について」
ああ、準決勝の剣戟か。
自慢しすぎだとか、調子に乗りすぎだとか、武勇伝はみっともないとか、そんなことをいいたいのだろうか。
「ええと、エルリウスとの……」
「そんなくだらないことじゃない」
「く、くだらないって」
案内人が強い語調でいう。
「ツ・チ・ノ・マ・ジョ」
口を滑らせかかったアレか。
「それ、なんだっけ」
「とぼけないで!」
誤魔化すことはできないようだ。いいだろう。案内人もいまは旅の仲間だ。正直に話してやってもいい。
「そいつはジャライラの町でおれと闘った。最後は特技インドの前に散っていったんだ」
「ふうん。意外」
案内人はそういって背を向け、馬車の方へと歩いていく。
トアタラが近づいてきた。
「どうかしましたか」
「いいや、別に。ただ土の魔女のことを、案内人に教えてやっただけだ」
「そうですか。そろそろ馬車が出発する頃です。わたしたちも乗りましょう」
狭い馬車の車両に戻った。
馬車が出発する。
山が見えてきた。風車が遠くで回っている。懐かしい風景だ。
大きな橋を渡り、馬車ターミナルで停車。やっとシャザーツクに到着だ。
車両からおり、体を伸ばす。ただ座っていただけなのに、旅は疲れるものだ。
さっそくシン先生のいる館へと歩いていった。
やはり何かを忘れている……。
次回投稿は1/18となる予定です。
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