52話 戦士エルリウス
ピンチに立たされたおれは、『ボリウッド』『沐浴」に続く3つめの特技インドの『カラリパヤット』を発動した。それ以降、強敵エルリウスの猛攻撃を難なくかわしていった。
再度、リリサの言葉を思いだした。おれの特技と超長剣『魔人のウルミ』の相性についてだ。
もしリリサの考えが正しければ、魔人のウルミは特技と組み合わせることで、無限の可能性を持つことになる。ならば試してみるか。
魔人のウルミを素早くふり、びゅんと刃を鳴らす。
やはりこれまでとは響きが違う。
なおも思うがまま、ムチのようにふり回した。びゅんびゅんと心地よい音を立てている。非常に困難だった武器のとり扱いを、完璧にマスターしているではないか。もとの持ち主だって、きっとこれには敵うまい。
魔人のウルミの剣さばきに、エルリウスは間合いに入ってこられないでいる。胸の奥で地団駄を踏んでいることだろう。
リリサのいうとおり、特技カラリパヤットと魔人のウルミの相性はバッチリだ。
おれは思わずつぶやいた。
「インドすげえ、カラリパヤットすげえ」
これまで防戦に徹してきたが、そろそろ反撃開始といこうではないか。
魔人のウルミを緩急つけながらふっていく。徐々にエルリウスを隅へと追いつめた。
なんだか力の差がありすぎて、物足りない気分にもなってきた。
エルリウスの右肩と両腕、胸部、左脛から、血の赤色がにじみでている。
もはや敵ではない――そう思った。
ところがどうしたことか、彼はうっすらと微笑を浮かべるのだった。
絶望して気が変にでもなったのか?
「はっきりいって、キミのことを見くびっていたよ。まさかこれほどの実力を持っていたとはね。確かに準決勝まで勝ちすすんできただけのことはある。いまの闘い方はキミの特技によるものかな? こうなったらボクも力を温存しておくわけにはいくまい。切り札を見せてあげようじゃないか。『断鋼の魔剣』の底力とボクの特技の連携技を!」
つまり最後の悪あがきをしますってことか。
受けて立とうじゃないか。
彼のレイピア『断鋼の魔剣』がおれに向く。
そのレイピアが2つに分裂した。さらには4つに。
増えた分のレイピアは空中で静止している。剣先はみなこっちに向いている。
それらがまた倍に増え、ふたたび倍になった。よって合計16本に。
これは『断鋼の魔剣』の魔力が為した技か。
まあ、ここまではたいして驚きもしなかった。
だがなんとエルリウス自身も2体となった――。
これには驚愕し、瞠目させられた。
分身? いくら特技だからって、こいつ本当に人間かよ。
彼が分身した結果、レイピアも倍の32本となった。
2体の敵、4つの目、計32本のレイピアの剣先がおれに注目している。
それでも「へえ、面白くなってきた」というのが、カラリパヤットで自信をつけたおれの素直な所感だった。
激しい剣戟が始まった。
特技と特技、魔剣と魔剣の真っ向勝負。互いに一歩もひかない。
前後左右あらゆる方向から32本のレイピアが襲ってくる。
自分でも不思議なくらいに、尋常ではない敵の攻撃に対応している。
カラリパヤット――とにかくとんでもない特技だ。
壮絶な攻防は、すでに30分以上も経過した。
初めこそ両者の力は互角だと思っていた。
だがそれは先走った誤想だった。
カラリパヤットの力はこんなものではなかった。
魔人のウルミを1振りするたびに、この新特技は少しずつ体に適合し、馴染んでいった。まだまだ強くなっていく。その力はまるで底ナシだ。
そして血飛沫が大きくあがった――。
断鋼の魔剣を握る彼の左腕を、魔人のウルミが切りおとしたのだ。
観客席から悲鳴があがる。
エルリウス……。
彼の左手は肘から先がない。
闘技台の上には、左腕と魔剣が転がっている。
おれは茫然となった。
黒服の審判が慌てて闘技台にあがる。
「試合はここまでとする。勝者、86番佐藤」
看護部隊がエルリウスに駆けよる。
おれも駆けよろうとしたが、看護部隊はそれを許さなかった。
「離れてください。ここはわたくしたちにお任せください」
おれのもとには同行係員がやってきた。
「決勝進出おめでとうございます。ここにいましては彼女たちの回復魔法の邪魔になります。急いで退場しましょう」
「でも……」
強引に控室へと連れられていく。
勝つには勝ったが喜べなかった。彼は大丈夫だろうか。勝者への拍手がないのは当然だった。おれも含めてみんなが彼を心配しているのだ。
ぼそりと呟いた。
「エルリウスの腕……。治るだろうか」
「ベルレイムの回復魔法を信じてください。きっと大丈夫です」
きっと大丈夫――。
おれには同行係員が真実をいっているようにも、また嘘をいっているようにも聞こえた。エルリウスの左腕が完治できるか否か、たぶん彼だってわからないのだろう。
同行係員とともに狭い控室で待機となった。
左手のない彼を思いだした。闘技台に転がる腕、噴きだした血飛沫……。
部屋の隅で胃液を吐いた。
床を汚しても同行係員に叱られることはなかった。
しばらくしてノックがあった。同行係員がいったん廊下にでていく。
エルリウスの話だろうか。じっと待った。
同行係員がまた戻ってきた。
「決勝の相手が決まりました。19番のサバール・ハイガーです」
「そうっすか」
エルリウスのことではなかった。
それとも悪い情報を敢えておれに隠しているのか。
1時間ほどしてまたノックがあった。
同行係員が廊下にでた。
戸を開けたまま、ノックの相手と言葉を交わす。
そのあとすぐ、おれに告げた。
「決初戦が始まります。さあ、こちらへ」




