51話 カラリパヤット
超長剣『魔人のウルミ』が投げこまれた。
審判はそれを見て待ったをかけた。闘技台に魔人のウルミを拾いにくる。
「あのう。それ、おれのです」
「あなたの仲間が投げこんだのですか」
「まあ、そういうことになると思いますけど、2回戦から武器の使用が許されるなんて説明を受けていませんでした。使用させてください」
審判は渋い顔をしている。そして首を左右にふった。
「途中からの使用は認められません。それどころかこれは反則行為です。従いましてあなたを失格とさせていただ……」
「お待ちください」
話に割りこんだのは、対戦相手のエルリウスだ。
「ボクはまったく構いません。使用を許可してあげてもらえませんでしょうか。彼と真剣勝負がしたいのです」
観衆の大拍手が起きた。
くそっ、カッケーじゃねえか。エルリウス!
いままで心の中で『劣化版フェルザヴァイン』なんて呼んでてゴメン。
審判が困った顔になる。くるりと背を向け、主催者に指示を仰いだ。
すると侯爵はゆっくりと首肯した。
魔人のウルミは拾われることなく、審判はそのまま闘技台から退場した。その右手があがる。
「その武器の使用を認めます。試合再開っ」
対戦相手エルリウスに助けられたわけだ。全力で勝負に挑むことが彼への感謝になるだろう。
魔人のウルミの使用が許可されたので、それを拾いあげる。
といっても、いままでこの武器を使いこなしたことはない。
ぶるん、とふり回してみた。
「面白い武器だね」
「魔人のウルミっていうんです。覚悟してください」
「なんだって! 魔人のウルミ? それって土の魔女の……」
彼の顔に驚愕が表れていた。この武器を知っていたのか。
「はい。あなたの『断鋼の魔剣』と勝負です」
「キミと闘えるなんて、これは幸運の極みだよ」
エルリウスの目が輝いた。レイピア『断鋼の魔剣』で攻めてくる。
さて、どうしよう。使用の許可はもらえたが、どんなふうにこれを扱ったらいいのやら。
現状、彼の攻撃をかわすというより、足を使って逃げているような感じだ。おれって本当にカッコ悪い。
魔剣が腕にかすった。血がたらりと滴りおちる。やはり敵は強い。
反撃として魔人のウルミを1振り。案の定かわされた。しかも余裕を持って。
やっぱり駄目か。
「さあ、どうした。早くきたまえ」とエルリウス。
うるさいなあ。
ここはもう一か八か、アレをやるしかないか。
リリサもいってたっけ。魔人のウルミは特技と関係があるのかもしれないとか。
ならば試してやろうじゃないか!
頭の中で特技を念じる。
特技を使いますか
はい← いいえ
特技を選択してください
* インド←
特技を選択してください
* 本インド←
* 西インド諸島
特技を選択してください
* インド (ボリウッド)
* インド (沐浴)
* インド (カラリパヤット)
さて、未使用の特技はただ1つ。カラリパヤットだ。
初めての使用は怖い。どんな特技なのか皆目見当がつかない。勇気がいる。しかし魔人のウルミと関係があるとしたらコレしかない。躊躇している暇はない。いま使用しなければ、確実に試合に負ける。
そうこうしているうちに、エルリウスが詰めよってきた。その分だけ間合いをとるべく、後退しようとする。だが平坦とはいえない闘技台の小さな凹みに、運悪く足をとられてしまった。体がよろける。
彼のレイピアが向かってきた。
体勢を整えきれず、そのまま尻もちをついた。
万事休すか。
もう遅いだろうが最後の抵抗だ。
最下段のカラリパヤットを選択した。
* インド (ボリウッド)
* インド (沐浴)
* インド (カラリパヤット)←
襲いかかる細くて鋭い刃――。
おれは床でくるりと1回転。
なおもレイピアの剣先が追ってくる。
その刃横を素手で弾きかえし、するりと立ちあがる。
あれ? おれ、いまスムーズに効率よく動けたけど。
はて……。
周囲を確認する。
だが何も起きていない。音楽も鳴ってこないし、水も湧きでてこない。
どうした? 新特技のカラリパヤットはいつ発動するのだ。
またもやエルリウスの一撃がきた。
さっと避けた。
今度は連続して突いてきた。
これらもすべてかわした。
えっ、どうしたんだろ?
まぐれでもなんでもいいや。
とにかくラッキーが続いたのだ。たまにはこんなことだってあるさ。
エルリウスもハトが豆鉄砲を食ったような顔になっている。
それにしたって遅い……。カラリパヤットを選択したのに、まだ発動されないのはどういうことだ? 周囲になんの変化もない。
彼がふたたびレイピアを向ける。
ここから断鋼の魔剣による真の猛攻撃が始まった。
ところがそれらをひらりひらりとかわしていく。
本当にどうしたのだ。どうしてこう動けるのだ。すべて偶然なのか。
もしかして、これが特技のカラリパヤットだろうか?
彼の攻撃をすべてかわしている。
レイピアがおれの体に掠る気配すらなくなった。
エルリウスが顔を歪ませる。おい、美男が台無しだぞ。
彼はイライラが募ると、口をへの字に曲げる癖があるようだ。
またレイピアの鋭い突きを、さらりと避けてみせた。
うん、そうだな。この動きはもう新特技カラリパヤットのおかげに違いない!
特技ボリウッドのときとは異なり、体が勝手に動くわけではない。どう動くべきかを体が知っているような感覚だ。
絶え間なく襲いかかる断鋼の魔剣。
だがすべてに身をかわすことができる。
気持ちに余裕がでてきた。これならば負けはしまい。
エルリウスの手が止まった。悔しそうに断鋼の魔剣で土の床を突く。
どうだ、エルリウス。これがおれの新特技だ。
これでも新特技のカラリパヤットは、まだ実力の片鱗を見せたに過ぎなかった。




