4話 森の小屋
不思議な少女にいわれたとおり、森の小屋を目指した。
そこに住む人は本当に仕事を紹介してくれるだろうか。レベル1の踊り子にできる仕事なんてあるだろうか。踊り子といったって、おれは美しくないのだぞ。
小屋が見つかった。優しい人って聞いたが、どんな感じなのだろう。入口の前で深呼吸する。見知らぬ人物に突然訪ねてこられたら、誰だって迷惑に思うはずだ。あれこれ考えると気がひけてくるが、思いきってノックしてみた。
ギーという鈍い音を立てながら戸が開く。
そこから巨顔がでてきた。図体もでかい。小屋の主はゴツい顔の大男だった。まるで鬼のようだ。本当に彼は優しい人なのだろうか。
「なんの用だ、少年」
「突然すみません。相談があって参りました」
「中へ入れ」
小屋に入れてくれた。本当に優しい人かもしれない。巨顔の迫力には気圧されそうだが。
「そこに座れ」
いわれるがままに座った。
「この小屋のことは誰から聞いた?」
「通りすがりの見知らぬ少女からです。彼女の名前は聞きませんでした」
「ふむ。相談とは?」
男に向かって頭をさげる。
「仕事がほしいのです。斡旋していただけませんでしょうか。ボク、無一文ですので。ああ、無一文どころか借金があります。6マニーほど」
「お前、村のものではないな? どこからきた」
「日本という国です」
「聞いたことがない。きっと遠いところなのだろう。おや、待て」
男は立ちあがった。窓へと歩いていく。巨顔を窓からだした。
「ふむ。逃げたか」
「誰かいたんですか」
男は「なんでもない」といって、もとの場所に腰をおろした。そしてステータスを知りたいといってきた。仕事を斡旋するには当然必要な情報なのだろう。もちろん話すつもりだ。しかし大聖堂で見たとおりの内容を伝えようとすると、男は首を左右させた。部屋の隅にある台を指差す。台の上には石板があった。男がいうには昔の戦利品とのこと。
「石板に手をかざしてみろ」
おれはいわれたとおりにした。
石板の上に光の板が浮かびあがった。
あなたのステータスは以下のとおりです。
レベル 1
職業 踊り子
攻撃力 6
防御力 6
持久力 3
敏捷性 11
魔力 1
魔法 使える魔法はありません
特技 インド
所持金 -6マニー
その他 特にありません
大聖堂で見た数値と一緒だ。違うところといえば、所持金が-6になったことと、その他の項目があることだ。へえ、ここでも調べられるのか。
歳を聞かれたので、15だと答えた。男は難しい顔をする。
「齢15にもなって、まだレベル1とは重症だな」
そればかりは仕方がない。
この世界に転生してから、まだ1日も経っていないのだ。
「しかしお前には特技がある。珍しいな。で、インドとはなんだ」
「ボクの知っているインドは国名ですが、特技としてのインドについては、まだ何も知りません」
「自分の特技を知らないのか?」
「はい、知りません。ステータスの各数値についても基準がわからないのです」
すると男は訝しみながらも、村人20歳の平均的なステータスを教えてくれた。
丸腰の状態では、だいたい以下のようになるらしい。
レベル 7か8くらい
職業 村で最も多いのは農夫または農婦
攻撃力 男10 女5
防御力 男10 女7
持久力 男7 女5
敏捷性 男10 女5
魔力 男0 女5
魔法 使えるのは1,000人に1人だといわれている。
特技 使えるのは5,000人に1人だといわれている。
羨ましいことに、村人女子20歳の平均魔力が5になっている。しかし使えるのが1,000人に1人だったら、大抵の彼女たちには無用の長物的な数値ではないか。あるいは魔法を使える1人または数人が平均値をつりあげているのか。
それにしても特技というものが、5,000人にわずか1人しか持てなかったとは! 特技のインドが気になって仕方ない。ああ、なんだか、ほかの人のステータスも見たくなってきたぞ。
「あのう、もし気に障らないようでしたら、あなたのステータスを拝見なんて……やっぱ無理ですよね。いえ、いいんです」
「わしのを見たいか。見てもしょうがないものだが」
男はそういって、石板に手をかざしてくれた。光の板が浮かびあがる。
あなたのステータスは以下のとおりです。
レベル 79
職業 戦士
攻撃力 1823
防御力 257
持久力 201
敏捷性 85
魔力 79
魔法 地割れ、砂嵐、岩石落とし
特技 ホーリーストーム
所持金 48011マニー
その他 呪われています
これには驚いた。あこがれの戦士ではないか。しかも丸腰の攻撃力が4桁。魔法も特技も使える。しかしその他の『呪われています』とはなんだろう。
男が不審そうな面持ちで周囲をキョロキョロする。椅子から立ちあがり、大声で叫んだ。
「さっきから家の周りをチョロチョロしているのは、トアタラか! いるんだろ。鍵は開いている。開き戸から入ってこい」
開き戸が開いた。そこから少女が入ってきた。その顔を見て驚愕した。この小屋を教えてくれた彼女だったのだ。名前がわかった。さきほど男からトアタラと呼ばれていたのだ。
トアタラという少女は怯えつつも、こうべを垂れている。小屋の男とはどういう関係なのだろう。ここへくる前に彼女から聞いた話では、男は彼女を嫌っていながらも食べようとしている、というものだった……。やっぱり意味がわからない。
「ちょうどいい、トアタラ。お前のステータスを少年に見せてやるがいい」
「バクウがそうおっしゃるのでしたら」
小屋の男の名はバクウというらしい。
トアタラは石板に手をかざし、光の板を浮かびあがらせた。
あなたのステータスは以下のとおりです。
レベル 1
職業 愛玩動物
攻撃力 2
防御力 3
持久力 2
敏捷性 2
魔力 10
魔法 使える魔法はありません
特技 天気予報、暗視
所持金 0マニー
その他 呪われています。ただし満月の夜間のみ呪いが解かれます。
えっ、トアタラもレベル1だったのか? おれと同じだ。でも職業が愛玩動物ってなんだよ。人だろ。人なのに愛玩動物って。まあ、人間も動物には違いはないがな。トアタラのことが気の毒に思えてきた。
魔力については10あるのに、使える魔法がないのは残念だ。けれども特技が2つある。そういえば特技って5,000人に1人のはずだけど、ここにいるみんなが使えるなんて。それから『呪われています』がまたでてきたぞ。これってなんだ?
バクウがトアタラに横目を送る。
「さっきから少年のことが、ずいぶんと気になっているようだが?」
「はい、とても親切な方なんです。もしかしたら、わたしでもお友達になれるような気がしまして」
彼女は赤面し、顔を伏した。
そんな態度にでられると、こっちまで赤面してしまう。
バクウが愉快そうに笑った。
このとき、おれは兄の言葉など忘却の彼方にあった。
『未練を残して死んだのなら、あの世からでもインドを目指せ』