41話 最高級
______登場人物______
【佐藤 (Lv.5)】一人称は平仮名の『おれ』。爬虫類が大の苦手。
【トアタラ (Lv.7)】呪いによって人間に変えられてしまった少女。
【リリサ (Lv.29)】ロリっこフェイスの歌女。呪いによって体を男に変えられた。
【? (Lv.1)】仮面をつけた案内人。
【峠の番人】峠に住む大女。人間でも魔物でもないらしい。若い男の子が大好き。
後ろから抱きつかれて身動きできない。
峠の番人の悪ふざけは、いつまでも続いた。
「ちょっとなんなんですか」
「あなたたちこそ、なんなのかな~?」
こちらが抵抗できないのをいいことに、彼女は頬ずりまでしてきた。
完全なセクハラだ。イヤな気はしないけど。
それより背中に巨大な胸がずっと当たってるぞ?
こんなひどい仕打ちをされても、彼女の問いには真面目に答えるのだった。
「おれたちはタシナバンバ渓谷へいきたいんです」
「だーめー」
彼女の両腕にますます力が入り、おれの体をぎゅっと締めつけた。
「どうして駄目なんです」
「ただでは通してあげないってことよ」
もしかして通行料をとる気でいるのか。
「カネを払えばいいんですね」
峠の番人は軽く溜息をついた。
「はあ、なんか残念。あなたたちもステレオタイプの人間だったのね。おカネで解決しようだなんて。わたし、おカネなんていらないわよ。そんなの使ったことないもの」
やや怒ったように頬を膨らませている。
「別にカネで解決したかったつもりじゃありません。ただあなたがカネを要求しているのだと思っただけす。いったい、おれたちに何をさせたいのですか?」
彼女がにっこりほほ笑む。
「わたしを楽しませてよ」
「楽しませる?」
「そう。順番に1人ずつね。でもあなたは男体を使って楽しませる、というのもアリよ。どうする?」
「ふざけないでください!」
トアタラが辺りをキョロキョロしている。何かトラブルでもあったのか? 声をかけてやりたいが、しがみついている大女が邪魔だ。
彼女に声をかけたのは、その峠の番人だった。
「もしかしてあなたの探し物ってこれ?」
右手でおれを抱えながら、左手を高くあげた。なんと仔龍の短剣が握られているではないか。いつの間にそれを奪ったのだ?
この『峠の番人の早業』に、トアタラもリリサも驚いていた。
「これ、とっても危険だからわたしが預かっておいたの」
峠の番人が仔龍の短剣に口づけする。
おれは背後の彼女に尋ねた。
「どうしてそこに? どんな仕かけですか、魔法で奪ったんですか」
「奪うなんて人聞き悪いわね。預かってるだけなのに。こうやったのよ」
彼女はパチンと指をはじいた。
途端に周囲の霧が晴れあがった。
何かがふわふわと飛んでいた。
よく見ると人間の形貌をしている。といってもムクドリくらいのサイズだ。背中に翼が生えている。その数10匹前後。
どうやらそいつらに仔龍の短剣を盗ませたようだ。
「彼らは?」
「山の妖精よ」
もう一度、パチンと指を鳴らすと、ふたたび薄い霧に包まれた。同時に山の妖精たちも透明化していった。
「さあ、わたしを楽しませなさい。でないと峠を越えられないわよ」
「じゃあ、おれがやります。ショートコントをいくつか……」
立ちあがろうとしたが、峠の番人が放してくれない。
「あなたはいいの。わたしの懐に座っているだけで。あなたのコントなんか聞きたくない」
ここから逃れるチャンスを逸してしまった。
代わりにリリサが前にでてきた。
「仕方ないわね。わたしが歌います」
大きく息を吸う。ゆっくり瞼を閉じた。
ここで峠の番人が声をかける。
「よっ、待ってましたー」
その場の者たちは、みな耳を澄ました。
リリサの美しい歌声が周囲一帯に響いた。それは小鳥のさえずりのようにも、小川のせせらぎのようにも、遠い鐘の音のようにも聞こえた。
メロディーも優しく心を震わせ、ノスタルジックな思いを抱かせる。
歌が終わると、峠の番人は拍手した。
おれもトアタラも、さらには案内人までも拍手していた。
「いいわ、いいわ。最高よ。では次の番」
しばらくしてトアタラが前にでてきた。ガチガチに緊張しているようだ。手と足が交互ではなく、一緒に動いている。
「今度はあなた?」
「はい、トアタラです。ナタン村の村歌を歌います」
「歌はもういいから違うのやって」
「えっ……」
トアタラがフリーズした。
仕方あるまい。やろうとしていたことを、直前で却下されたのだ。ほかのことをやれといわれたって、なかなかすぐにできるのもではない。
「最高級のをお願いね」
あまつさえ意地悪な要求がきた。
「さ、最高級……ですか」
トアタラの額から汗が流れおちる。
なんとか彼女を助けてやりたい。だが、いまのおれにできるのは、心の中で応援することくらいだ。
彼女はしばらく考えこんだのち、意を決したように右手をまっすぐあげた。
「はい。トアタラ、いまから最高級肉の鶏の真似をします」
とても元気な声だ。自信があるのか。
すると突然、コッコッコと雌鶏の鳴き真似を始めるのだった。
折りまげた手をバタバタと羽ばたかせる。
おい……。トアタラ、何を?
羽ばたきながら走りまわるトアタラ。
首の動きや足の運び方など、細かいところまで雌鶏の特徴をよく捉えている。
見事なまでの観察力。本格的なモノマネだった。
だけどそこまでやるか? 似ているのはいいのだが、これではせっかくの美人が台無しだ。あんまりだ。見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
本人は真面目にやっている。すこぶる真剣だ。けれど似ていなくてもいいから、もうちょっと可愛らしくやってほしかった。まあ、そんな愚直すぎるところが、トアタラの可愛らしいところではあるのだが……。
「トアタラ、やめなさい!」
リリサがそういって止めに入った。
しかしリリサの手が体に触れかかる寸前、トアタラは羽ばたきながら身をかわした。完全になりきっている。またリリサが追う。トアタラが逃げつづける。それはまるでイタチが追い、雌鶏が逃げていくような光景そのものだった。
おいおい、リリサまでもかよ……。
やめてくれ、トアタラ、リリサ! 見ているこっちがつらい。
おれを抱えた峠の番人が笑い転げる。
おい、ちょっと手を放せ。おれまでも地面を転がっているではないか。
起きあがった峠の番人が手を叩く。
「最高、最高、最高!」
彼女の拍手が鳴りやまない。
リリサがようやくトアタラを捕まえた。
捕獲された彼女は雌鶏のようにコーコーコーと悲鳴をあげている。
まだ続けたいのか?
「もういい、もういい。じゅうぶんよ。峠を通過させてあげる。仮面の子の芸は免除でいいわ」
案内人はなんの芸もしなくていいらしい。
峠の番人がトアタラに仔龍の短剣を手渡す。トアタラの迫真の演技のおかげで、おれたちは峠を越えさせてもらえることになった。




