40話 峠
______まえがき(登場人物のおさらい)______
【佐藤 (Lv.5)】一人称は平仮名の『おれ』。職業は踊り子。爬虫類が大の苦手。
【トアタラ (Lv.7)】呪いによって人間に変えられてしまった少女。
【リリサ (Lv.29)】ロリっこフェイスの歌女。呪いによって体を男に変えられた。
【? (Lv.1)】仮面をつけた案内人。
【シン先生 (Lv.99)】謎の占い師。Lv.99というのは自己申告のため怪しい。
クルス村を出発した。
向かうはタシナバンバ渓谷だ。
ここから山道に入るため、馬車での移動はできず徒歩となる。
初めのうちは快調にのぼっていったが、みるみるうちにペースが落ちてきた。勾配は徐々に増し、そのうえ足場も悪くなっている。
表情に疲労を漂わせているのは案内人だ。子供だから仕方あるまい。適度に休憩をはさみつつ、ゆっくりと山道を歩いていくことにした。
草の丈が高くなっていく。山道からケモノ道へと変わっていった。棘のついた草木に悩まされる。
不快なものはまだあった。頭上を覆う喬木の枝々。奇怪な鳥の鳴き声。泥臭い空気。割と近くに見える雨雲……。
「やだなあ、オオカミでもでそうな雰囲気ね」
「リリサはオオカミなんか怖くないくせに」
「怖くはないけど面倒でしょ」
「まあな」
浅い洞窟を見つけた。洞窟というよりは窪みといった方がいいかもしれない。
そこを野宿する場所として、全員が了承してくれた。
意外なことに、みな野宿の経験者だった。リリサの幼げな顔を見て思った。人は見かけによらないものだ。
火を焚き、湯を沸かす。火系統と水系統の魔法が使えるリリサは、野宿するにあたってたいへん重宝した。
翌日は朝から霧がでていた。ただでさえ足場の不安なケモノ道を、よりいっそう慎重に歩かなくてはならない。
休憩をとるたびに思うことがある。クルス村でのステータス確認のときに知ったことだが、案内人が手に持っているは『癒しの杖』というものだ。
その名前から受けるイメージでは、休憩などとらずとも、疲労回復魔法が使えるような気がするのだが……。案内人に尋ねてみたくとも、話しかけることは禁じられている。
2つの山を越えたところで日が暮れた。
そこでまた野宿となった。
翌朝になっても霧が晴れることはなかった。
この日はひときわ大きな山をのぼらなくてはならない。
重く感じる足に鞭打って進む。ときどき案内人の背中を押してやったが、礼をいわれることはなかった。
きつい坂をのぼりきり、どうにか峠までやってきた。
これより先は下り坂だと思うと、少し気分が軽くなる。しかし相変わらず霧が深い。
全員、その場に座り込んだ。この日の19度目の休憩だ。
「つーかまえたぁー」
背後から何者かに抱きつかれた。
誰の声だ? よく聞くトアタラやリリサの声とは違う。また無口な案内人の声でもないような気がする。だいたいあの非社交的な案内人が、このようにふざけることはないだろう。
またトアタラが触れてくることも決してない。おれが嘔吐や失神をしてしまうからだ。
するとリリサか? いやいや、それもありえない。だって背中に柔らかな弾力を感じるのだ。いまのリリサの胸部に、こんな膨らみがあるはずはない。
じゃあ、誰だ!
両手の上からガッチリと抱えられているため、後ろを確認できない。かなりの怪力だ。
正面にトアタラ、リリサ、案内人の3人が見えた。みなこっちに注目している。仮面をつけた案内人の表情は不明だが、トアタラとリリサは唖然としていた。
いち早く我に返ったのはトアタラだった。仔龍の短剣を握りしめる。
「待った、待った。わたしは悪い魔物じゃないわ。人間でもないけどね」
声の主はその手からおれを解放した。
立ちあがってふり向くと女がいた。
女もすーっと立ちあがる。おれより背が高そうだ。ウェーブのかかった銀色の髪が胸まで伸びている。決して太っているわけではないのに、その胸のデカいこと。グラナチャを彷彿させるが、身長がある分こっちの方が大きい。まるで2つのスイカだ。顔立ちに派手さはないが、まあ、じゅうぶん綺麗だといえよう。見た目の歳は20代半ばくらいか。
「いったい、あなたは何者ですか」
睨めつけるような視線を送りながら問うた。
「わたしは峠の番人」
「なんですか、それ」
「この峠を見守る者。いろんな意味でね」
リリサが背中を向けて歩きだす。
「油を売っている暇はないわ。急ぎましょ」
トアタラがリリサの後ろについていく。少し歩いたところでふり返り、おれの顔をじっと見た。早くこいといっているのだろう。
なんだか2人の態度がそっけない。とにかく追った。
かなり歩いたところで気がついた。
案内人がついてきてない。案内人を置いてきてしまったようだ。
「リリサ、トアタラ、止まってくれ。戻ろう。案内人を残してきちゃったようだ」
前を歩く両者の足が止まった。呼びとめられたためではなさそうだ。2人の指先が前方を差した。
突然どうしたんだ?
指先の延長上に視線を注ぐ。
あっ!
おれは夢を見ているのか。まるでキツネにでもつままれたようだ。
どうして案内人がそこにいる? しかも峠の番人と一緒に。
「おかえりなさーい」
峠の番人が笑顔で手をふっている。
どうやらもとの場所に戻ってきてしまったらしい。
「ど、どういうことですか」
「峠の番人であるわたしの許可ナシに、この峠を越えられるわけがないでしょ」
さっぱり理解できない。
峠の番人は嬉々とした顔で、また抱きついてきた。
「若い男の子、つーかまえたぁー」
髪がくしゃくしゃになるまで頭を撫でられた。




